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竜の赤ちゃん、拾いました。第一章~第三章  作者: 小川せり
第二章 幻を見る者
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15. ミュウ、授業に参加する

15. ミュウ、授業(じゅぎょう)参加(さんか)する



一時間目は算数の授業(じゅぎょう)でした。先生は算数の問題(もんだい)をいくつか黒板(こくばん)に問題を書くと、みんなのほうを()()きました。

「はい、この問題、わかった人いるかな?わかった人は手を()げて。」

「はい、わかりました。」

「ギュイ!ギュイ!ギュイ!」

算数が得意(とくい)なカル君が手を()げると、一番後(うし)ろの席に(すわ)っているミュウも(みじか)前足(まえあし)を上げて鳴き始めました。

タイミング良く鳴くミュウに、教室がドッと()きました。

「アハハハ、ミュウも授業(じゅぎょう)に参加してる!」

「先生、ミュウちゃんも答えがわかったみたいです!」

「先生、ミュウを当てて!」

眠そうな顔をしていた子供たちが、一気に活気(かっき)づきます。

「はい、はい、はい、みなさん、静かに。ミュウちゃんはドラゴンですから、算数はわかりませんよ。はい、では、カル君、答えを黒板に書いてください。」

ラウル先生は子供たちの声を軽く()(なが)して、カル君を()しました。

「ちぇっ、つまんないの~」

「な~んだ、ミュウちゃんを()てればよかったのに!」

「え~、先生、ミュウを指してよ!」

先生がカル君を当てたので、教室のあちこちから不満(ふまん)の声が上がります。

「では、次の問題。」

ラウル先生はまたもや子供たちの声を無視(むし)して新たな問題を黒板に書きました。

――さっき鳴いたのは偶然(ぐうぜん)だろう。

「ハイ、わかりましたっ!」

「ハイ、先生、わかった!わかった!」

「先生!先生!」

子供たちは先生のことなどそっちのけで、ミュウの反応(はんのう)()たさに後ろを()(かえ)りながら手を挙げます。子供たちに期待(きたい)に応えるかのようにミュウも短い前足を上げて鳴き始めます。

「ギュイ!ギュイ!ギュイ!」

「アハハハ」

みんなは笑いを(こら)えることができませでした。

「ハイ!ハイ!ハイ!」

「ギュイ!ギュイ!ギュイ!」

「すっげえ!」

「キャハハハ」

ミュウが前足を上げたり、鳴いたりする度にみんなは机を(たた)いて(よろこ)びました。中にはピィーピィーと指笛(ゆびぶえ)を鳴らす子もいます。収拾(しゅうしゅう)がつきません。

「皆さん、皆さん、静かに!後ろばかり見ないで、前を向いてください!」

しかし、誰もラウル先生の言う事など聞きません。

子供たちが大きな声を出せば出すほど、ミュウの鳴き声も大きくなります。いつもなら静かなはずの午前中の教室が異様(いよう)熱気(ねっき)(つつ)まれていました。


ミュウは人間の言葉はあまりよくわかりませんが、人の心を読み取る能力に()けています。「じゅぎょう」というものが何かはよくわかりませんが、大勢(おおぜい)の子供たちと一緒に何かをするのはとても楽しいということだけはすぐにわかりました。

――ドラゴンは知能(ちのう)が高いっていうけど、算数ができるのかな。まさかねぇ…

そんなミュウをリューイだけはちょっと()いて見ていました。前々から思っていましたが、ミュウはかなりのお調子者(ちょうしもの)のようです。


その後も先生が問題を出す度に、ミュウも一緒になって答えようとするものですから、(さわ)ぎはおさまるどころか、益々(ますます)大きくなっていきました。

いつもは手を挙げない子まで積極的(せっきょくてき)に手を挙げるので、黒板に書かれた問題は脅威(きょうい)のスピードで()かれていきました。中にはわからないのに手を上げている子もいるようですが...

――コイツ…

ミュウの(となり)(すわ)っていたリューイは、机の下からこっそりミュウの足を蹴飛(けと)ばしました。


そんなことが20分ほど続いたでしょうか。あまりの(さわ)がしさに、隣のクラスのアベロ先生が様子(ようす)を見にやって来ました。アベロ先生と一緒にちゃっかり教室を抜け出してきた子供たちも数人、()いきています。

「あっ!ドラゴンがいる!」

「すげぇ!本物(ほんもの)だ!」

「いいなぁ~」

――本当だ!いいなぁ~

思わず子供たちと一緒にそう(つぶや)きそうになったアベロ先生は、(あわ)てて言葉を()()みました。



「ふぅ~、今日は充実(じゅうじつ)した一日だった。」

ラウル先生は椅子(いす)をギシギシいわせながら、大きく()びをしました。

「ラウル先生、今日の授業(じゅぎょう)、すごく()(あが)がっていましたね。」

若い男の先生が、ラウル先生の後ろから声を()けました。

「これは、これは、アベロ先生、お(つか)(さま)です。」

ラウル先生はのけ()ったまま、首をぐるりと(まわ)すと、若い先生に返事(へんじ)をしました。この若い先生こそ、(なに)(かく)そう子供たちと一緒になって「いいなぁ」と(つぶや)きそうになった「アベちゃん」こと、アベロ先生でした。

「うちのクラスにまで声が聞こえてきましたよ。なんだか、すごく()()がってしましたね。何があったんですか?」

同学年(どうがくねん)担当(たんとう)のリロ先生も、話に参加(さんか)してきました。

「いえね、うちのクラスに新しい生徒が入ったんですよ。お(かげ)で授業が盛り上がったのなんのって。ねっ、アベロ先生。」

「はい、私もチラッと(のぞ)かせてもらったのですが、すごい盛り上がりでした!」

なんとも(うらや)ましい話を小耳(こみみ)(はさ)んだ先生たちが、ぞくぞくとラウル先生の(まわ)りに集まってきました。

「なんですか?何の話ですか?ラウル先生、教えてくださいよ。」

(じつ)は――」

ラウル先生に()わってアベロ先生が先生たちに何があったかを教えてあげました。

「な、なんですか、それはっ!(うらや)ましいっ!」

「ほんと、(うらや)ましいわぁ~。うちのクラスなんて、(だれ)も手を挙げなくて。」

「ほう、素晴(すば)らしいですな~」

話を聞いた先生たちは口々(くちぐち)に(さけ)びました。口調(くちょう)(うら)ましさが(にじ)んでしまうのを(かく)しきれません。


アベロ先生が()わりに説明(せつめい)している間、ラウル先生は今日、一日を()(かえ)っていました。今日の授業を(おも)(かえ)すと、(むね)(あつ)いものが()()げてきます。

――思えば苦節(くせつ)ン十年。今まで、いろいろな手を使って生徒(せいと)たちの関心(かんしん)を引こうとしたが、どれもこれもイマイチだった。ときにはやり()ぎて「キモイ」とまで言われたこともあったが、今日、やっと(おれ)念願(ねんがん)(かな)った。あんなふうな子供たちと一つになって熱く授業(じゅぎょう)をするのが俺の(ゆめ)だったのだ!ああ、教師(きょうし)になって本当に良かった!ジ~ン

ラウル先生は一人、感動(かんどう)()みしめていました。

――ただ...あのぽっと()の怪獣が…俺が何年(なんねん)苦労(くろう)しても出来(でき)なかったことを簡単(かんたん)にやってのけたかと思うと、素直(すなお)(よろ)べない気もするが…しかし、それもこれもすべては、あの怪獣(かいじゅう)を受け入れた俺の心の広さと生徒を思う熱い気持ちがもたらした結果(けっか)だ…

「ラウル先生、心の声、ダダ()れですよ。」

アベロ先生が小さな声で(ささや)きましたが、感慨(かんがい)(ひた)るラウル先生の耳には入らないようでした。

「ラウル先生は心が広いんじゃなくて、(たん)に新しい物好きなだけだですよね?」

リロ先生がアベロ先生にそっと耳打(みみう)ちをします。リロ先生は可愛(かわい)い顔に似合わないシビアな発言(はつげん)有名(ゆうめい)でした。そんな同僚(どうりょう)たちをよそに、ラウル先生は(なお)一人感慨(かんがい)(ひた)るのでした。


――んっ?何かすごい視線(しせん)(かん)じる…

()()くと、ラウル先生は羨望(せんぼう)眼差(まなざ)しを一身(いっしん)()びていました。

「ラウル先生…」

「はい、なんでしょうか?」

(いま)だ夢から()めやらん様子(ようす)のラウル先生にコトホラ先生が声を掛けました。

(くわ)しいことはアベロ先生から伺いました。あの…こんな事を言ってはなんですが、ミュウちゃんをうちのクラスに()していただけないでしょうか?」

「うちのクラスにも!」

「うちも!」

「お願いしますよ。」

先生たちは口を(そろ)えてお願いしました。

――う~ん、良い気分だ。

先生たちからこんなふうに(たよ)りにされたのは、長い教師(きょうし)生活(せいかつ)でも初めてかもしれません。

「コホッ」

ラウル先生は心の中を(さと)られないように軽く咳払(せきばら)いをすると、(こま)った顔をしてみせました。

「いや~、()すといっても、ミュウちゃんは(もの)ではありませんしね。なによりも、リューイくんの(そば)(はな)れようとしませんのでねぇ。どうしたものですかなぁ。」

「それでは、2クラス合同(ごうどう)授業(じゅぎょう)ということではどうでしょうか?」

「それはいい!」

「グッドアイデアですね!」

面白(おもしろ)そう!」

先生たちは合同(ごうどう)授業(じゅぎょう)様子(ようす)想像(そうぞう)して、早くも盛り上がっています。

「みなさん、ちょっと、()ってください。それはあまりにも安易(あんい)()ぎませんか?面白(おもしろ)さや盛り上がりだけを追求(ついきゅう)した授業(じゅぎょう)が、()たして子供たちのためになるのか-―」

――このままでは、合同授業が行われるのは必至(ひっし)。なんとしても()()めなければ!

合同授業はいろいろと面倒(めんどう)手続(てつづ)きが必要(ひつよう)です。それまで(だま)って(こと)()()きを見守(みまも)っていた教頭(きょうとう)先生(せんせい)は、(あわ)てて先生たちの間に()って(はい)りました。しかし、(だれ)も教頭先生の言う事になど耳を()そうはしません。それというのも、先生たち自身がミュウと授業(じゅぎょう)をしてみたい、(いな)、遊んでみたという気持ちを(おさ)えきれなかったからです。

ラウル先生を取り囲んでいた先生たちが興奮(こうふん)してぐいぐいとラウル先生に(せま)ってきます。頭上(ずじょう)では教頭先生が何か言っています。ラウル先生は一人座(すわ)ったまま、満足(まんぞく)そうに(あご)(ひげ)をザリザリと()でていました。


その後、(しばら)くの間、リューイたちの学校で合同(ごうどう)授業(じゅぎょう)(つづ)いたのは言うまでもありません。

子供たちが授業の内容(ないよう)をちゃんと理解(りかい)したかどうかはさておき、ミュウが参加(さんか)した授業は毎回(まいかい)、とても()()がったのでした。


めでたし。めでたし。





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