15. ミュウ、授業に参加する
15. ミュウ、授業に参加する
一時間目は算数の授業でした。先生は算数の問題をいくつか黒板に問題を書くと、みんなのほうを振り向きました。
「はい、この問題、わかった人いるかな?わかった人は手を挙げて。」
「はい、わかりました。」
「ギュイ!ギュイ!ギュイ!」
算数が得意なカル君が手を挙げると、一番後ろの席に座っているミュウも短い前足を上げて鳴き始めました。
タイミング良く鳴くミュウに、教室がドッと沸きました。
「アハハハ、ミュウも授業に参加してる!」
「先生、ミュウちゃんも答えがわかったみたいです!」
「先生、ミュウを当てて!」
眠そうな顔をしていた子供たちが、一気に活気づきます。
「はい、はい、はい、みなさん、静かに。ミュウちゃんはドラゴンですから、算数はわかりませんよ。はい、では、カル君、答えを黒板に書いてください。」
ラウル先生は子供たちの声を軽く受け流して、カル君を指しました。
「ちぇっ、つまんないの~」
「な~んだ、ミュウちゃんを当てればよかったのに!」
「え~、先生、ミュウを指してよ!」
先生がカル君を当てたので、教室のあちこちから不満の声が上がります。
「では、次の問題。」
ラウル先生はまたもや子供たちの声を無視して新たな問題を黒板に書きました。
――さっき鳴いたのは偶然だろう。
「ハイ、わかりましたっ!」
「ハイ、先生、わかった!わかった!」
「先生!先生!」
子供たちは先生のことなどそっちのけで、ミュウの反応見たさに後ろを振り返りながら手を挙げます。子供たちに期待に応えるかのようにミュウも短い前足を上げて鳴き始めます。
「ギュイ!ギュイ!ギュイ!」
「アハハハ」
みんなは笑いを堪えることができませでした。
「ハイ!ハイ!ハイ!」
「ギュイ!ギュイ!ギュイ!」
「すっげえ!」
「キャハハハ」
ミュウが前足を上げたり、鳴いたりする度にみんなは机を叩いて喜びました。中にはピィーピィーと指笛を鳴らす子もいます。収拾がつきません。
「皆さん、皆さん、静かに!後ろばかり見ないで、前を向いてください!」
しかし、誰もラウル先生の言う事など聞きません。
子供たちが大きな声を出せば出すほど、ミュウの鳴き声も大きくなります。いつもなら静かなはずの午前中の教室が異様な熱気に包まれていました。
ミュウは人間の言葉はあまりよくわかりませんが、人の心を読み取る能力に長けています。「じゅぎょう」というものが何かはよくわかりませんが、大勢の子供たちと一緒に何かをするのはとても楽しいということだけはすぐにわかりました。
――ドラゴンは知能が高いっていうけど、算数ができるのかな。まさかねぇ…
そんなミュウをリューイだけはちょっと引いて見ていました。前々から思っていましたが、ミュウはかなりのお調子者のようです。
その後も先生が問題を出す度に、ミュウも一緒になって答えようとするものですから、騒ぎはおさまるどころか、益々(ますます)大きくなっていきました。
いつもは手を挙げない子まで積極的に手を挙げるので、黒板に書かれた問題は脅威のスピードで解かれていきました。中にはわからないのに手を上げている子もいるようですが...
――コイツ…
ミュウの隣に座っていたリューイは、机の下からこっそりミュウの足を蹴飛ばしました。
そんなことが20分ほど続いたでしょうか。あまりの騒がしさに、隣のクラスのアベロ先生が様子を見にやって来ました。アベロ先生と一緒にちゃっかり教室を抜け出してきた子供たちも数人、付いきています。
「あっ!ドラゴンがいる!」
「すげぇ!本物だ!」
「いいなぁ~」
――本当だ!いいなぁ~
思わず子供たちと一緒にそう呟きそうになったアベロ先生は、慌てて言葉を飲み込みました。
「ふぅ~、今日は充実した一日だった。」
ラウル先生は椅子をギシギシいわせながら、大きく伸びをしました。
「ラウル先生、今日の授業、すごく盛り上がっていましたね。」
若い男の先生が、ラウル先生の後ろから声を掛けました。
「これは、これは、アベロ先生、お疲れ様です。」
ラウル先生はのけ反ったまま、首をぐるりと回すと、若い先生に返事をしました。この若い先生こそ、何を隠そう子供たちと一緒になって「いいなぁ」と呟きそうになった「アベちゃん」こと、アベロ先生でした。
「うちのクラスにまで声が聞こえてきましたよ。なんだか、すごく盛り上がってしましたね。何があったんですか?」
同学年担当のリロ先生も、話に参加してきました。
「いえね、うちのクラスに新しい生徒が入ったんですよ。お蔭で授業が盛り上がったのなんのって。ねっ、アベロ先生。」
「はい、私もチラッと覗かせてもらったのですが、すごい盛り上がりでした!」
なんとも羨ましい話を小耳に挟んだ先生たちが、ぞくぞくとラウル先生の周りに集まってきました。
「なんですか?何の話ですか?ラウル先生、教えてくださいよ。」
「実は――」
ラウル先生に代わってアベロ先生が先生たちに何があったかを教えてあげました。
「な、なんですか、それはっ!羨ましいっ!」
「ほんと、羨ましいわぁ~。うちのクラスなんて、誰も手を挙げなくて。」
「ほう、素晴らしいですな~」
話を聞いた先生たちは口々(くちぐち)に叫びました。口調に羨ましさが滲んでしまうのを隠しきれません。
アベロ先生が代わりに説明している間、ラウル先生は今日、一日を振り返っていました。今日の授業を思い返すと、胸に熱いものが込み上げてきます。
――思えば苦節ン十年。今まで、いろいろな手を使って生徒たちの関心を引こうとしたが、どれもこれもイマイチだった。ときにはやり過ぎて「キモイ」とまで言われたこともあったが、今日、やっと俺の念願が叶った。あんなふうな子供たちと一つになって熱く授業をするのが俺の夢だったのだ!ああ、教師になって本当に良かった!ジ~ン
ラウル先生は一人、感動を噛みしめていました。
――ただ...あのぽっと出の怪獣が…俺が何年、苦労しても出来なかったことを簡単にやってのけたかと思うと、素直に喜べない気もするが…しかし、それもこれもすべては、あの怪獣を受け入れた俺の心の広さと生徒を思う熱い気持ちがもたらした結果だ…
「ラウル先生、心の声、ダダ漏れですよ。」
アベロ先生が小さな声で囁きましたが、感慨に浸るラウル先生の耳には入らないようでした。
「ラウル先生は心が広いんじゃなくて、単に新しい物好きなだけだですよね?」
リロ先生がアベロ先生にそっと耳打ちをします。リロ先生は可愛い顔に似合わないシビアな発言で有名でした。そんな同僚たちをよそに、ラウル先生は尚も一人感慨に浸るのでした。
――んっ?何かすごい視線を感じる…
気が付くと、ラウル先生は羨望の眼差しを一身に浴びていました。
「ラウル先生…」
「はい、なんでしょうか?」
未だ夢から覚めやらん様子のラウル先生にコトホラ先生が声を掛けました。
「詳しいことはアベロ先生から伺いました。あの…こんな事を言ってはなんですが、ミュウちゃんをうちのクラスに貸していただけないでしょうか?」
「うちのクラスにも!」
「うちも!」
「お願いしますよ。」
先生たちは口を揃えてお願いしました。
――う~ん、良い気分だ。
先生たちからこんなふうに頼りにされたのは、長い教師生活でも初めてかもしれません。
「コホッ」
ラウル先生は心の中を悟られないように軽く咳払いをすると、困った顔をしてみせました。
「いや~、貸すといっても、ミュウちゃんは物ではありませんしね。なによりも、リューイくんの側を離れようとしませんのでねぇ。どうしたものですかなぁ。」
「それでは、2クラス合同授業ということではどうでしょうか?」
「それはいい!」
「グッドアイデアですね!」
「面白そう!」
先生たちは合同授業の様子を想像して、早くも盛り上がっています。
「みなさん、ちょっと、待ってください。それはあまりにも安易過ぎませんか?面白さや盛り上がりだけを追求した授業が、果たして子供たちのためになるのか-―」
――このままでは、合同授業が行われるのは必至。なんとしても食い止めなければ!
合同授業はいろいろと面倒な手続きが必要です。それまで黙って事の成り行きを見守っていた教頭先生は、慌てて先生たちの間に割って入りました。しかし、誰も教頭先生の言う事になど耳を貸そうはしません。それというのも、先生たち自身がミュウと授業をしてみたい、否、遊んでみたという気持ちを抑えきれなかったからです。
ラウル先生を取り囲んでいた先生たちが興奮してぐいぐいとラウル先生に迫ってきます。頭上では教頭先生が何か言っています。ラウル先生は一人座ったまま、満足そうに顎の髭をザリザリと撫でていました。
その後、暫くの間、リューイたちの学校で合同授業が続いたのは言うまでもありません。
子供たちが授業の内容をちゃんと理解したかどうかはさておき、ミュウが参加した授業は毎回、とても盛り上がったのでした。
めでたし。めでたし。




