14. ミュウ、学校へ行く
14. ミュウ、学校へ行く
「スゲー、本物のドラゴンだ!」
「マジ、かっけー!」
「きゃ~、かわいい!」
ミュウが校門をくぐると、あちらこちらに散らばっていた子供たちが、わらわらと集まってきました。
「えへへ、そんなにカッコいいかな?」
リューイは自分が褒められたかのように、照れくさそうに頭をポリポリとかきました。
ミュウは尻尾をブンブンと振りながら、子供たち一人一人の顔を不思議そうに見上げています。ミュウの尻尾が左右に動くたびに、校庭の砂が小さく舞い上がります。
「大人しいのね~。名前、なんていうの?」
「ミュウだよ。赤ちゃんの頃、ミュウミュウって鳴いていたから、ミュウって名前にしたんだ。」
「ふ~ん、そうなの。ミュウちゃん、よろしくね。」
一人の子が恐る恐る手を伸ばしてミュウの頭にそっと触りました。ミュウは、気持ち良さそうに目を細めています。
――♪
一人がミュウを触り始めると、我も我もと皆が一斉に手を伸ばします。
「ねえ、ねえ、見てっ!このコ、背中にリュックを背負っているよ。かわいいっ!」
誰かがミュウの背中のリュックを指差しました。
「キャー、かわいいっ!」
女の子たちの間から、歓声が上がります。女の子が指摘したように、今日のミュウの背中の水色のリュックを背負っています。ミュウの体に合わせた特大サイズのリュックは、この日のためにお母さんが町中を探し回って見つけてくれたものでした。さらに、首には緑色のバンダナも巻かれています。ミュウの太い首にも巻けるようなバンダナは見つからなかったので、お母さんが手作りしました。
ミュウ自身はバンダナにもリュックにもまったく興味がなかったのですが、母さんがミュウを見てあまりにも「かわいい、かわいい」と喜ぶものですから、最後にはミュウもなんとなく楽しくなってきました。
ちなみに、リューイも水色のリュックを背負い、緑色のバンダナを巻いています。ミュウとお揃いです。余った布でお母さんが作ってくれました。
リューイはバンダナを巻くのが嫌で嫌で仕方がなかったのですが、お母さんはお揃いじゃないと可愛いくないと言って、譲りませんでした。そのことでリューイとお母さんは朝から大喧嘩です。
数分間の言い争いの後、最終的に折れたのはリューイでした。くだらないことで言い争いするのが面倒になったのです。意見と利害が対立したときに「譲歩」という大人の対応をしてみせたのは、10歳の息子のほうでした。そんなところはお父さんに似たのかもしれません。しかし、ちゃっかり交換条件を提示して、今日の夕ご飯を「ハンバーグとスパゲッティとグラタン」にさせたあたりは、お母さん似かもしれません。
女の子たちはお揃いのバンダナに気付くと、顔を見合わせてクスクスと笑い出しました。
――ほら、みろっ!
リューイは心の中でお母さんを呪いました。
――笑われているじゃないか!だから、嫌だって言ったのに!
しかし、女の子たちの評価はリューイが思っているようなものではなかったようです。
「お揃いのバンダナしてる!」
「かわいい~!」
女の子たちのボルテージは上がるいっぽうです。仕方がありません。可愛い物を前にすると興奮を抑えられなくなるのが女子という生き物なのです。
「あっ、リュックもお揃いだ!」
その言葉に数人がリューイの背中を覗き込みます。
「ホントだ!かわいいっ!」
お揃いのリュックとバンダナは女子には大変、好評のようでした。
――だから、言ったでしょ。お揃いにしたら可愛いって!
お母さんの得意気な顔が目に浮かびます。
――はぁ~
リューイは心の中でため息をつきました。褒められても恥ずかしいことには変わりがありません。それに気になるのは女子よりも男子の反応です。「カッコつけ」と思われやしないかとリューイは内心、ビクビクしていました。しかし、男子の中でそのことに触れる者はいませんでした。男子的にも無問題、というかどうでもいいようです。リューイは少しほっとしました。そのリューイ的には大問題だったバンダナですが、夢中で遊んでいるうちにどこかに落としたようで、気がついたらなくなっていました。もちろん、リューイは失くしたバンダナをわざわざ探すなんて奇特な真似はしませんでした。
「そのリュックの中には何が入ってるの?」
ミーくんがミュウの背中のリュックを指差しました。
「開けてみる?」
「うん、見たい!見たい!」
子供たちは興味津津でした。実はリュックの中身はリューイも知らないのです。朝はお母さんと喧嘩をしていましたから、それどころではなかったのです。
「え~、なに、なに?」
子供たちは押し合い圧し合いしながらリュックの中を覗き込みました。リューイもさり気なさを装いつつ中を覗き込むと、リュックの中には緑色の草がぎっしりと詰め込まれていました。独特の香りがします。
「何、これ?」
どうやらリュックの中身はイノンドのようでした。
「ミュウのお昼ごはんだよ。」
「お昼ごはん?!」
輪の中からどっと笑い声が上がりました。
突然のドラゴンの出現にテンションの上がっている子供たちは、何を聞いても可笑しくて仕方がないようです。
「ドラゴンって草を食べるの?」
「ミュウは草食なんだよ。」
「食べるところ、見てみたい!」
「食べさせようぜ!」
子供たちに揉みくちゃにされながらも、ミュウは輪の中で大人しくじっとしていました。ミュウは子供たちから発せられる「かわいい」「楽しい」「面白い」「カッコイイ」という感情にがミュウを包み込みます。悪い気がするわけがありません。
しかし、上級生の中には
「なんだ、コイツ、草食かあ。たいしたことないじゃん。」
「肉食竜が一番、強いんだぜ。」
などとわざと乱暴なことを言う子たちもいました。
ミュウはけなされているのがわかったのか、喉の奥からキュウ、キュウという音を発しながら、自分を馬鹿にした男の子の肩に前脚を載せました。
「うわっ!こいつ、でけえっ!」
ミュウに前脚を載せられた男の子は、思わずよろめきました。ミュウには男の子の顔をペロペロと舐めています。
「オレよりでけえっ!生意気!」
「あっ、コイツ、翼があるぞ!」
子供たちは団子状態で押し合いながらも、口々(くちぐち)に勝手なことを叫んでいます。騒ぎは当分、治まりそうにありませんでした。
さて、登校初日にして、あっという間にみんなのアイドルになったミュウですが、そもそも、何故、ミュウが学校にいるのかという事について説明致しましょう。遡ること、半月前。ミュウのいたずらが原因で、リューイとミュウは家出をしました。家出した二人が向かった先はおばあちゃんちです。おばあちゃんの家にお泊りすることを果たして家出と言えるのかどうか?作者としては甚だ疑問ではありますが、本人たちが家出だと主張しているのですから、ここは家出ということにしておきましょう。二人はおばあちゃんの家で自由気ままな二週間を過ごしました。
二週間後、お母さんに呼び戻されて渋々(しぶしぶ)、家に帰ったリューイとミュウは「もう二度といたずらはしません」という誓約書にサインをさせられました。ミュウは字が書けないので、誓約書に手形を押しました。
家出の件があってからミュウのいたずらは激減しましたが、代わりにリューイが学校に行く時間になると、激しく鳴くようになってしまいました。リューイに置いてきぼりにされたのが余程、嫌だったのでしょう。リューイの脚に必死で縋りつくミュウを押しとどめるのは大変でした。ミュウの力は日に日に強くなっています。ミュウを押さえきれなくなったお母さんは、校長先生に事情を説明し、ミュウも学校に行かせてくれないかとお願いしてくれました。平和なキリキア国では、何事ともおっとりしたものです。学校側は思ったよりもすんなりと許可を出してくれました。
こうして二人は晴れて一緒に登校できるようになったのですが、もちろん、ミュウを学校に連れて行くことについては、まったく不安がなかったわけではありません。しかし、他に方法がないのですから、仕方がありません。とりあえず、一度、学校へ連れて行ってみて、様子を見ようということになりました。なんと、学校ではミュウのために机と椅子も用意してくれるというではありませんか。
――これがゆとり教育というものなのか…
のんびり屋のお父さんでさえも、この話をお母さんから聞いたときはちょっと驚きました。
――緩いとは思っていたけど、まさかここまで緩いとは…
自国の緩い教育制度に一抹の不安を覚えるお父さんでした。




