10. ケサランパサラン?
10. ケサランパサラン?
「ミュウ、ただいまっ!お母さん、ミュウはいい子にしていた?」
夕方になって帰ってきたリューイは、勢い良くドアを開けると真っ先にそう訊ねました
。しかし、家の中からは何の返事もありませんでした。弟のフューイの声もしません。どうやら、お母さんたちは近くのスーパーに買い物に出掛けたようです。
「まったく~、お母さんったらあ~。また、カギを掛け忘れている。ちゃんと戸締りしなくちゃだめじゃないか…」
リューイはぶつぶつと独り言をいいながら、玄関からミュウを呼びました。
「ミュウ~、おいで~」
しかし、いくら呼んでもミュウは出て来ませんでした。
「おかしいなぁ、寝てるのかな…」
人気のない家の中は、いつもより声が響くような気がします。
「みんな、どこに行っちゃったんだろう?」
とにかく、この静けさは妙です。どれだけ呼んでもミュウがウンともスンとも言わないのも変です。泥棒でも入ったのでしょうか。リューイは訝しみながらも、玄関のドアを閉めて二階に上がろうとしました。そのときです。リューイはドアの内側に何本もの深い引っ掻き傷があるのに気が付きました。
――ヤバいっ!
直観的にミュウの仕業だと悟ったリューイは、反射的に自分の体でドアの傷を隠そうと
しました。しかし、すぐにお母さんがいないことを思い出して、リューイは体の力を抜きました。それにしても、硬い樫材がこんなに深くえぐれるなんて、赤ちゃんとはいえドラゴンの爪の破壊力は凄まじいものがあります。
――お母さんが帰ってきたら、なんて言おう…
「はぁ~」と深いため息を漏らすと、リューイはミュウを探しに二階へと上っていきました。
子供部屋のドアを開けると、一瞬、目の前が真っ白になりました。部屋中に白いフワフワしたものが舞っています。
――なに、コレ?まさか、ケサランパサラン!?
リューイの頭の中にはすぐに、「幸せを呼ぶ謎の白い生物」の名前が浮かびました。ケサランパサランがこんなに大量発生しているなら、どれだけの幸運が舞い込んでくるかわかりません。リューイは目の前に浮かんでいる白いフワフワした物を掴んでみました。しかし、よく見てみると、それは「謎の白い生物」などではなく、ただの鳥の羽でした。それにしても大量です。
「なんで鳥の羽が家の中に?」
よくわからないまま部屋を見渡すと、ビリビリに裂かれた布団が目に入りました。
――どうして布団が破けているの?!なに?なにが起こったの?
そのときです。リューイは部屋の隅からじっとこちらを見ているミュウに気が付きました。ミュウはリューイと目が合うと、部屋の隅に溜まっていた羽毛の中に頭を突っ込んで隠れようとしました。
「あーっ!ミュウっ!」
「クー」
「クーじゃないよ!ミュウっ!何やってんだよっ!」
リューイのご機嫌を取るように甘えた声で鳴くミュウに、沸々(ふつふつ)と怒りが込み上げてきました。
「なんでこんなこと、するんだよっ!また、お母さんに怒られるじゃないか!」
とんでもないことをしてくれました。布団はビリビリに破けているし、玄関のドアだって傷だらけです。絶体絶命の大ピンチです。
声を荒げるリューイを、ミュウは横目でちらっと見ました。どうやら、悪いことをしたという自覚はあるようです。
「ミュウ!悪い子!そんな顔をしたって、ダメなんだからねっ!」
リューイは腰に手を当てました。
――怒り方がママさんにそっくり…
珍しく本気で怒っているリューイをみて、ミュウは羽毛の山の中に一生懸命隠れようとしました。
「ただいま~」
そこへ、タイミング悪くお母さんとフューイが帰ってきました。お母さんは、二階から聞こえてくるリューイの怒声に何事かと目を丸くしました。一体、何があったのでしょうか?お母さんは買い物袋もそのままに、二階へと上がって行きました。
ドアを開けたお母さんを最初に出迎えたのは、フワフワと舞う白い物体でした。
「まあ、何これ?」
リューイの新しい遊びかと思ったお母さんは一瞬、笑いかけましたが、すぐに笑顔が凍りつきました。白い物体が何であるか、そしてその原因を作ったのは誰であるかを一瞬で悟ったからです。目の前でお母さんの目がものすごい角度にまで吊り上がっていきました。
――すごい、人間って本気で怒ると目が吊り上がるんだ…
羽毛が一つ、ふわりふわりと舞い降りてきて、お母さんの髪に付きました。
「ミュウっ!このいたずら鳥っ!バカ鳥っ!」
お母さんの怒りが爆発しました。ミュウがこの家に来てから早三ヵ月間。その間、お母さんは毎日、ミュウのいたずらに耐えてきました。しかし、もう限界です。
限界を超えたお母さんの怒りは凄まじく、髪の毛が逆立って見えるほどでした。怒髪天を衝くとは、まさにこのことでしょう。
お母さんの様子を見ていたミュウは、羽毛の山では心もとないと感じたのか、リューイの後ろへと移動しました。その行動がまた、お母さんの怒りに火を注ぎます。
「あちゃー」
額に手を当てて、天を仰いでいる息子の表情も気に入りません。
「このバカ鳥!何度、言ったらわかるの!今日という今日は許しませんからねっ!お尻か
らフィリングを詰めて丸焼きにしてやるっ!」
「ママ!やめてっ!ミュウは鳥じゃないよっ!」
リューイは思わず叫びました。
「ママですって?」
怒りの矛先が、今度はリューイへと向かいました。
「あっ!」
リューイは慌てて口を押さえました。
お母さんの機嫌を取ろうとして、無意識に「ママ」なんて甘えた呼び方をしてしまいました。それがかえってお母さんの怒りに油を注いでしまったようです。
「ママじゃないっ!」
「じゃあ…パパ…」
リューイの声が小さくなります。
「パパでもないっ!」
お母さんは腰に手を当てると、ぐっとリューイに顔を寄せました。
「リューイィィィ、あなたは、ちゃんとミュウの世話ができるって言ったわよね?」
――こ、こわい..
「…うん…」
リューイはアゴを引きながら、頷きました。
「なのにこれはどういうこと?この責任は誰がとるの?」
「マ…おかあさん… だって、ミュウはまだ赤ちゃんなんだから、許してあげてよ…」
リューイの声が自然と小さくなります。
「ミュウが赤ちゃんですってぇ?これのどこが赤ちゃんなの?!こんな力の強い赤ちゃん
は見たことがないわっ!見てごらんなさい、お布団がビリビリよぉぉぉっ!」
お母さんは「キィー」っと叫びました。
――漫画みたいだ…
実際に「キィー」っと叫ぶ人を見たのは初めてです。妙なところで感心するリューイでしたが、そんなことで感心している場合ではありません。
「お母さん、ごめんなさいっ!ミュウを許してあげてっ!ミュウも反省してるからっ!」
――こうなったらひたすら謝るしかないっ!
リューイは子供心にも、自分の母親が我を失うくらい怒り狂っているがわかりました。
目の前で漫画のように「キィー」っと叫んでいるのは、自分の母親なのです。自分の母親でなければ、明日、学校でみんなに面白おかしく話して聞かせるのですが。
「ごめんなさいっ!ごめんなさいっ!」
リューイは必死になって叫びました。
しかし、お母さんはそんなことでは許してくれませんでした。
「ミュウが反省しているですって?これのどこが反省しているように見えるのかしら?」
ものすごいつり目でリューイを睨みつけます。
「許せませんっ!もう限界ですっ!森に返してらっしゃいっ!」
リューイとミュウは、お母さんから最後通牒を突き付けられてしまいました。




