9. 男の子、ガッコウへ行く
9. 男の子、ガッコウへ行く
このお話を読んでいる良い子の皆さんの中には、リューイはいつ学校に行っているんだろうと疑問に思われた人がいるかもしれませんね。良い子の皆さんのために、ここで少しキリキア国の教育制度についてお話ししようと思います。
キリキア国では、子供たちは自分の好きな科目を選ぶことができます。例えば、体を動かすことが好きな子は体育だけを選択しても良いし、イラストレーターや漫画家になりたい子は一日中、絵を描いていてもOKです。コックさんやパティシエになりたい子は、小さい頃からプロの料理人について学ぶことができます。デザイナーになりたい子は、一日中、服を縫っています。アイドルになりたい子は、声楽、ダンス、演劇などを基礎からみっちり学びます。研究者になりたい子は一日中、白衣を着て研究室にこもっていてもOKですし、先生と一緒に野山や海に出てフィールドワークをこなすこともできます。中には新種の生き物を発見した子もいますし、病気に強い新しい野菜を生み出した子もいます。
皆が同じ事をしなくてもいいので、ゆっくり学びたい子は時間を掛けて学ぶことができますし、逆にすごく頭の良い子はさっさと勉強を終わらせて残りの時間は好きなことをして過ごすことができます。飛び級も可能です。
また、子供たちは選択科目以外の授業にも自由に飛び入り参加することもできますので、暑い日の水泳、雪の日の体育(雪合戦)、調理実習などはいつも大盛況です。
キリキア国の人達は子供たちの個性を尊重し、多種多様性に富んだ教育制度に誇りを持っています。キリキヤ国の高度な技術、医学、芸術、農業などはすべてこのような教育制度の賜物と言ってもよいでしょう。
では、このお話の主人公リューイは何を学んでいるのでしょうか。リューイは将来、ゲームを作りたいと思っていたので、プログラミングを中心に学んでいます。プログラミングだけではなく、機械工学にも興味があるようで、コンピュータを組み立てたりもしているようです。ちなみにリューイのお父さんは飛行機の設計技師です。
さて、皆さん、今日はリューイが久しぶりに学校へ行く日のようです。朝から何やらバタバタしているようです。ちょっと様子を見てみましょう。
「ねぇ、おかあさん、おかあさんってば!ちょっと来て!」
玄関からリューイの大きな声が聞こえてきました。
「なあに、リューイ?どうしたの?」
朝ご飯の後片づけをしていたお母さんが、キッチンから出てきました。
「お母さん、ミュウが外に出ちゃうから、ちょっと押さえていて。これじゃあ、学校に行けないよ!」
リューイはドアの隙間から片足を外に出したまま、片手でミュウを押さえていました。頭を押さえられたミュウは、キュイ、キュイと鳴いています。
「ごめんよ、ミュウ。今日は学校に行く日なんだ。連れていきたいけど、学校はペット禁止だから、ミュウは学校に入れないんだよ。」
リューイはミュウを優しく諭すように話し掛けました。ミュウは首をかしげてリューイの言葉をじっと聞いていましたが、すぐにまたリューイと一緒に外に出ようとしました。
――ガッコウ?ガッコウってなに?どこでもいいから、ボクもリューイと一緒に行きたいっ!
この三ヵ月間、ミュウとリューイは朝から晩までいつも一緒でした。急に一人にされそうになり、ミュウは強い不安を感じていました。リューイがいなくなったら怖い魔女…ではなく怖いママさんと二人っきりです。そんなの死んでも嫌です。
体は大きいとはいえ、ミュウはまだ孵化後三ヶ月の赤ちゃんでした。誰がミュウを責めることができるでしょうか。リューイは後ろ髪を引かれる思いでした。
まれにペットの犬が学校までついてきてしまい、子供たちが騒ぎ出すことがあります。子供たちは大歓迎ですが、先生にとっては迷惑な存在でしかありません。ましてやドラゴンなんて問題外です。
――でも、ミュウを学校に連れていったら、楽しいそう。
リューイはほんの一瞬、ミュウを内緒で学校に連れて行こうかとも考えましたが、リューイの考えを見透かしたかのようにお母さんがミュウに話し掛けました。
「ミュウ、ドラゴンは学校には行けないのよ。今日は家でお留守番しましょうね。」
お母さんは猫なで声でミュウに話し掛けました。その声をちょっと怖いと感じたのか、ミュウはじりじりと後退しました。
「さあ、早く学校に行きなさい。遅刻するわよ。」
お母さんはミュウをリューイの足から引き剥がすと、有無を言わせぬ調子で言いました。
お母さんに取り押さえられたミュウは必死でもがいていました。ミュウが本気を出せばお母さんの手など簡単に振りほどくことができるはずですが、恐怖で声が出ないようです。この三ヶ月で「ママさんはこの家で一番怖い人」という刷り込みがされてしまったミュウにとって、お母さんは絶対に勝てないラスボスのような存在でした。
「ミュウ、行ってくるね。良い子でお留守番をしているんだよ。夕方になったら帰ってくるからね。」
リューイはミュウの頭をなでると、お母さんに急かされるようにして外に出ました。
バタン
目に前で扉が閉じられ、ミュウは目の前が真っ暗になったような錯覚を覚えました。
外は快晴でした。からっとした気持ちの良い風が吹いています。こんな日はみんなと一緒に校庭を思いっきり走り回りたいものです。外に出た途端、リューイの頭の中はみんなと遊ぶことでいっぱいになりました。リューイはランドセルからぶら下げたサッカーボールの袋を蹴りながら、弾むような足取りで学校に向かいました。スキップで大通りを抜け、空き地を突っ切って近道をし、塀の上にいる野良猫の頭をなで、パン屋さんのショーウィンドーをのぞきました。そんなことをしているうちに、すぐに小学校が見えてきました。
一方、その頃、ミュウは...
目の前の扉を信じられない思いで見ていました。
――リューイが…リューイがボクを置いていっちゃった…
いつも一緒にいたリューイが突然、いなくなってしまったのです。悲しくて、心細くて、涙が出そうでした。
――リューイ!リューイ!どうしてボクを一人にするの?どこへ行っちゃったの?もう会えないの?どうして!どうして!?
ミュウはカリカリと玄関のドアを引っ掻きました。
「ミュウ、大丈夫よ。リューイは夕方になったら帰ってくるから。」
お母さんはミュウを落ち着かせようとして、背中や首の後ろをさすってくれました。いつもなら、背中や首の後ろをなでられると気持ちが良くてすぐにゴロンと横になってしまうのですが、今日はそんな気にはなれないません。
ミュウはドアを見つめたまま、お母さんのほうを振り返ろうともしませんでした。全身でお母さんを拒否しているのが感じられます。お母さんはため息をつきました。
――このぶんでは、リューイが帰ってくるまで何を言ってもムダね…
やがて、フューイの泣き声が聞こえてきて、お母さんはミュウを玄関に残したまま奥に引っ込んでしまいました。
――リューイ!リューイ!帰ってきて!ボクはここだよ!ここにいるよ!ボクのこと、忘れちゃったの?!
ミュウは何度もドアを開けようとしましたが、樫の木でできた重たいドアはビクともしませんでした。
数時間後、やっと諦めたのか、ミュウはしおしおと二階の子供部屋へ戻って行きました。




