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竜の赤ちゃん、拾いました。第一章~第三章  作者: 小川せり
第二章 幻を見る者
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番外編 フェアリー、フェアリーケーキを食べるの巻

フェアリー、フェアリーケーキを食べるの巻



「ちょっと待って、リン!」

小さな白い店の前でキキはリンを呼び止めました。

「なあに、キキ?」

「これ、見て。」

そう言ってリンが指差(ゆびさ)したのは、ケーキ屋さんのショーウインドウでした。ショーウインドウには、パステルピンクやブルーの可愛(かわい)いカップケーキがずらりと(なら)べられていました。

――ごくっ

リンは思わす(つば)()()みました。

(ちまた)話題(わだい)のフェアリーケーキ、今なら1()50ルー”

値札(ねふだ)には丸い文字でそう書いてありました。

「なになに? (ちまた)話題(わだい)のフェアリーケーキ...」

「フェアリーケーキですって!」

リンとキキは顔を見合(みあ)わせました。

「もしかしたら、もしかして......」

「これって.......」

「私たちのためのケーキ?!」

「キャー」と(うれ)しい悲鳴(ひめい)()げて、二人は手を(にぎ)()いました。(よろこ)びに()()がっている二人には、「1()50ルー」という文字は目に入りませんでした。

「ねえ、見て!あそこに私たち用の椅子(いす)とテーブルが用意(ようい)されているわ!」

よく見るとショーウインドウの左端(ひだりはし)に、人形(にんぎょう)用の小さなテーブルと椅子(いす)(かざ)られていました。テーブルの上にはご丁寧(ていねい)に小さなティーカップとポットまで(なら)べられているではありませんか。

このお店の名は「フェアリーテイル」。スイーツの他にもちょっとしたおしゃれ小物(こもの)を売っているお店でした。色とりどりの菓子やリボン、風船(ふうせん)(あふ)れた店内(てんない)は、まるでおとぎの国のようでした。お店の横にはカフェも併設(へいせつ)されており、ケーキを食べることもできます。

しかし、お腹が減って今にも死にそうな二人にとって、店内(てんない)装飾(そうしょく)などどうでもよいことでした。

「私たちにここでお茶を()みながらケーキを食べてくださいっていうことかしら?」

キキの目はケーキに釘づけです。

「そうみたい。」

「すごいわ、夢みたい。」

「ほんとね。夢でも見ているんじゃないかしら。」

「人間がこんなに親切にしてくれるなんて、なんだか気味が悪いわね。」

「そうよね、気をつけないと...」

そうは言ったものの、二人はショーウインドウの前から(はな)れることができませんでした。風に(なが)されるままに()()彷徨(さまよ)(つづ)けること一週間(いっしゅうかん)。その(あいだ)(とり)(ねら)われたり、キツネに(おそ)われたり、散々な目に()ってきました。安全(あんぜん)場所(ばしょ)(さが)して、(つぎ)から(つぎ)へと場所(ばしょ)を変えていたため、ゆっくり()ることも、食べ物を探すこともできませんでした。自分たちの家があった頃は、二人ともちゃんとベッドで寝ていましたが、妖精王国が滅びてからは岩の隙間や木の上で眠るようになりましたが、どこで寝ていても常に動物や鳥や虫に襲われる危険があり、安心して眠ることはできませんでした。昨日(きのう)だって、急に雨が()ってきて――

リンとキキは昨日の出来事(できごと)を思い出しました。

昨日、()われ追われてこの町のはずれに到着(とうちゃく)した二人は、急に振り出した雨のせいで、急いで今夜のねぐらを探さなくてはならなくなりました。人間には想像がつかないかもしれませんが、体の小さいリンとキキにとって雨は大変、恐ろしいものなのです。強い雨になると、雨粒の大きさがリンとキキの(にぎ)(こぶし)ほどになります。それが大量の空から降ってくるのです。まとも当たるとかなり危険です。()(どころ)が悪ければ、死んでしまうことだってあります。

春先(はるさき)の雨は典型的(てんけいてき)小糠雨(こぬかあめ)で、二人の体を痛めつけるほど大きくはありませんでしたが、それでも徐々に体力が奪われていきます。リンとキキは雨を()けるために、近くにあったキャベツ畑に飛び()みました。一番手前(てまえ)のキャベツの下に(もぐ)()むと、二人はほっと息をつきました。ポロン、ポロン。二人はキャベツが(やさ)しい音を立てて雨を(はじ)いてくれるのを()くとはなしに()いていました。そのときです。

「そこで(やす)まれちゃあ、(こま)るな。」

二人は頭上から()ってきた濁声(だみごえ)にギョッとしました。

二人が見上(みあ)げると、キャベツの葉の(かげ)から大きな青虫が二人を見下(みお)ろしていました。

「ここは(おれ)の家なんだ。出て行ってもらおうか。」

「お願いです。雨が()むまででいいので、ここに()させてもらえませんか?」

二人は青虫を怒らせないように、(ひか)()にお(ねが)いしました。皆さんはご存知(ぞんじ)ないかもしれませんが、自然界では青虫は(おこ)りっぽいことで有名なのです。

駄目(だめ)だね。さっさと出て行ってくれ。」

「そんなあ......」

二人はあまりにも無慈悲(むじひ)な青虫の仕打(しう)ちに返す言葉もなくキャベツの下から()()ました。疲れ切った二人には、もう立ち上がる力もほとんど(のこ)っていませんでした。二人がその()でぐずぐずしていると、(ごう)()やした青虫が上から()りてきました。

「さあ、さあ、早く出て行ってくれないか。ここはうちの敷地(しきち)なんだ。」

青臭(あおくさ)い息を()()けられて、二人はやむなくその()から退散(たいさん)しました。その後、二人は(かた)(ぱし)からキャベツを()たってみましたが、青虫が住んでいないキャベツはありませんでした。二人は疲労(ひろう)空腹(くうふく)から(となり)にある小麦(こむぎ)(ばたけ)(たお)れるように()(ぷし)しました。しかし、小麦(こむぎ)がキャベツのように雨を(はじ)いてくれるわけもなく、()れそぼった二人は、(どろ)だらけの小麦(こむぎ)(ばたけ)一夜(いちや)()ごしました。


そういう(わけ)で、今、二人の空腹(くうふく)限界(げんかい)(たっ)していました。()(こころ)もすり減っていました。羽根(はね)だってボロボロです。二人は心と体の栄養を強く欲していました。「お菓子には栄養がない」と言う人もいますが、昔からお菓子は心の栄養と言うではありませんか。

昨夜は空腹のあまり、雨でふやけた厚紙(あつがみ)を拾って食べている夢を見ました。厚紙(あつがみ)は苦いようなしょっぱいようなタバコの()(がら)のような(いや)(あじ)がして、無理(むり)()()もうとしたら(のど)につっかえて胸がムカムカしました。


それが一夜(いちや)()けた今、目の前にあるこの光景(こうけい)はなんなのでしょうか?リンは自分のほっぺたをギュっと(つね)りました。

ピンク色に光り(かがや)くクリームは、(まぶ)()ぎてクラクラするほどです。それでなくても、妖精(ようせい)というものは、甘い物に目がないのです。どうしてこの誘惑(ゆうわく)()てることができましょうか。

グゥ~

キュルルル~

少し(ひら)いた窓の隙間(すきま)から(あま)(かお)りが(ただよ)ってきて、二人は泣きたくなりました。()()せられるように窓に近づくと、二人は中を見回(みまわ)しました。

「ああ、お(なか)ペコペコ。なんだか目が(まわ)る。」

「あたしも。お(なか)()りすぎて()にそう... ...」

(さいわ)い店の中には(だれ)もいないようです。気が付くと、二人は店の中にいました。店の中に入った二人は指定席(していせき) ―二人が勝手(かって)にそう思い込んでいるだけですが― にそっと近づくと(おそ)(おそ)(こし)()ろしました。

「ふぅ~」

「はぁ~、(つか)れた...」

深々と椅子(いす)(こし)()ろした二人は、同時(どうじ)にため(いき)をつきました。人形(にんぎょう)椅子(いす)は思ったよりも(すわ)心地(ごこち)が良くて、一度(いちど)(すわ)ったらなかなか立ち上がれそうにありません。

二人が(くつろ)いでいると、ふと、誰かの視線を感じました。二人が顔を上げると、目の前には二人をじっと見詰める女の子の姿がありました。

――ギャッ!

(おどろ)いたのなんの!二人は椅子から飛び上がりました。

まだ、三歳ぐらいでしょうか。女の子は二人と目が合うと小さな頭を(かし)げました。

――このお人形さん、生きているみたい。

女の子はじっと二人を見詰(みつ)めました。二人もじっと女の子を見詰(みつ)めました。いつもなら人間に見つかった時点(じてん)でさっさと逃げ出すのですが、疲れて判断力(はんだんりょく)(にぶ)っていたのか、はたまた、甘いケーキの匂いに酔ったのか、二人は固まったまま動けませんでした。

「ねえ、パパ。」

女の子は(かたわ)らに立つ男の人を見上げると、手を引っ張りました。

「なんだい、リール?」

パパと呼ばれた男の人はしゃがみこむと、女の子を後ろから抱きかかえるようにして一緒にショーウインドウを(のぞ)()みました。

「ああ、キレイだね。どれも美味(おい)しそうだ。」

ショーウインドウの(すみ)(かた)まっているリンとキキは、男性の目には入らなかったようです。

「へぇ~、フェアリーケーキか。可愛いね。リールはどれが食べたいのかな?」

女の子の丸いお(なか)をポンポンと(たた)きながら、男性は聞きました。女の子は少し考えた後で、片隅(かたすみ)にいるリンとキキを指差(ゆびさ)しました。

――ひぃ~

二人は悲鳴(ひめい)()(ころ)しました。

「あのね、これ...」

キキたちは身振(みぶ)手振(てぶり)りで女の子に(だま)っているようにと必死(ひっし)に伝えました。

「ん?」

女の子に(うなが)されて男性がショーウインドウの(すみ)に目をやると、そこには恐怖に固まっているリンとキキの姿がありました。

――ギャ~、助けて~。人間に(つか)まっちゃう!

「ハハハハ、フェアリーケーキという名前にちなんで、ちゃんと妖精の人形も(かざ)られているのか。()ってるな。」

男性はチラリと二人を見ましたが、すぐにケーキに視線を戻しました。

「店の名前もフェアリーテイルなんだな。ママが好きそうな店だ。今度はママも一緒に連れて来ようね。」

「うん。」

男性が女の子の顔の(のぞ)()むと、女の子は(うれ)しそうに(うなず)きました。

「よし、じゃあ、お店の中も見てみようか?家でお留守番している食いしん坊の妖精さんにも何か買って帰らなくちゃな。」

「妖精さん?」

「ママのことだよ。」

「ママは妖精なの?」

「ハハハハ、さあ、どうかな? 帰ったらママに()いてごらん。」



親子がショーウインドウの前を離れると、リンとキキは詰めていた息をホッと吐き出しました。指定席が用意されているとはいえ、ここでお茶するのはいくらなんでも危険(きけん)()ぎます。

「帰ろう。」

リンがそう言うと、キキが速攻でうなずきました。

「ねえ、でも、せっかくだから、一つだけ持って帰りましょうよ。」

(それは泥棒(どろぼう)です。 ←作者の声)

「そうね、せっかく私たちのために用意してくれたんだから。」

(違います。 ←作者の声)

「そうよね、一つぐらい食べてあげないと悪いわ。」

(やめてください。 ←作者の声)


「どうしたんだい、リール?」

レジで支払いを済ませていた男性は、後ろばかり気にしている女の子の頭を(やさ)しくなでました。女の子は妖精たちが気になって仕方(しかた)がありませんでした。それというのも、二人がとんでもない事をしでかしていたからです。

「ねえ、パパ。」

「なんだい?」

――しぃ~

リンとキキは(くちびる)人差(ひとさ)(ゆび)を当てました。

「ううん、なんでもない。」

女の子は二人にそっと手を()りましたが、大きなケーキを(かか)えている二人には、もちろん、手を()(かえ)余裕(よゆう)はありませんでした。

可愛(かわい)らしいお(じょう)さんですね。」

店主(てんしゅ)が若い父親に声を()けました。

「ありがとうございます。」

続けて何かを言おうとした店主は、若い父親の後ろに何か動くものを見つけました。

――あら、何かしら?

ピンク色の物体(ぶったい)()んでいったような気がします。

――フェアリーがフェアリーケーキを!?あら、やだ、私ったら、(とし)かしら。目の錯覚(さっかく)ね。

店主(てんしゅ)一旦(いったん)老眼鏡(ろうがんきょう)(はず)してから()(なお)しました。すると、そこにはもう何もいませんでした。

――きっと(つか)れているのね。今日は早く()ましょう。

店主は無理(むり)やり自分を納得(なっとく)させました。

しかし、残念(ざんねん)ながら、店主がその()、早く休むことはありませんでした。なぜなら、売上(うりあ)げが()わなかったからです。

――どうしても50ルー、()りないわ。

店主の頭の中をたくさんの「?」が()()いましたが、結局(けっきょく)(こた)えは出ませんでした。


翌日(よくじつ)、この店のショーウインドウにこんな()(がみ)()られました。

「フェアリーの入店(にゅうてん)は、(かた)くお(ことわ)(いた)します。」

冗談(じょうだん)とも本気(ほんき)ともつかない内容(ないよう)でしたが、数人(すうにん)のご近所(きんじょ)さんがその()(がみ)反応(はんのう)(しめ)しました。どうやらリンとキキを見たのは、店主(てんしゅ)と小さな女の子だけではなかったようです。ケーキが空を()んでいくのを見たとか、この(ちか)くには妖精(ようせい)がいるとか、いないとか。小さな町はしばらくの間、そんな話題(わだい)でもちきりになりました。






挿絵(By みてみん)





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