7. 未知との遭遇?!
7. 未知との遭遇?!
トン、トン、トン。
リューイは夢うつつにお母さんが階段を上ってくる音を聞いていました。いつまで経ってもホットケーキのお皿を下げにこないリューイに業を煮やしたお母さんが、二階に上がってきたのです。起きなければと思うのですが、眠くて目が開きません。
ガチャリ。
ドアを開ける音がします。
「リューイ?」
お母さんはリューイに声を掛けましたが、返事はありませんでした。
秋の日は釣瓶落としとはよく言ったものです。急に暗くなってきた部屋で、お母さんはリューイの姿を探ししました。
――どこへ行ったのかしら?
お母さんがふと、ベッドに目をやると布団の端からホワホワとした茶色の毛がのぞいていました。お母さんはリューイの子供らしいまだ柔らかい髪を触るのが大好きでした。
「リューイったら、もう寝ちゃったの?」
お母さんはリューイの頭を撫でようと、ベッドの端に腰を下ろしました。
そのときです。ベッドの中でうごめく灰色の物体が目に入りました。
――えっ?!
一瞬、お母さんは自分の目を疑いました。布団の端から出ているそれは、どう見ても巨大なトカゲの尻尾だったからです。
「キャー!」
お母さんは思わずベッドから飛びずさりました。
「キャー!あ、あ、あなたっ!あなた~!助けてっ!」
ドタドタドタ
お母さんの悲鳴を聞いて、お父さんが二階へ駆け上がってきました。
「どうしたんだ!?お母さん、大丈夫か?リューイは?」
部屋に飛び込んだお父さんは、部屋の真ん中で立ちすくんでいるお母さんに駆け寄りました。しかし、お母さんは一点を凝視したまま、固まって動きません。
「あ、あ、あっ、アレっ、アレを見て!」
やっとのことで声を絞り出したお母さんは、震える手でリューイのベッドを指差しました。
一見したところ、リューイのベッドには何の異常もないように見えました。しかし、お母さんは固まったまま、必死になって何かを訴えようとしています。
「へ、へ、変なものがリューイのベッドの中に…」
お母さんに言われてよく見てみると、確かにリューイのベッドの端から灰色の尻尾らしきものが出ていました。
「なんだ、アレは?!」
見たこともない生き物に、お父さんは呆然と呟きました。リューイのベッドから出ているそれはトカゲの尻尾によく似ていましたが、それにしては大き過ぎます。あんなに大きなトカゲがいるのでしょうか。少なともキリキアにはあんな大きな爬虫類はいません。未知との遭遇に、お父さんは自分の顔から血の気が引いていくのがわかりました。大の爬虫類ぎらいのお母さんの顔も真っ青でした。
――あんな大きなトカゲ、見たことがないわ…
お母さんは身震いしました。目の前が真っ暗になって、今にも倒れてしまいそうです。しかし、リューイが大ピンチの今、ここで気絶するわけにはいきません。お母さんは必死にになって、意識を保とうとしました。
――なんだかさっきから騒がしいな…
リューイは誰かの叫び声を聞いたような気がして、目を覚ましました。しかし、まだ半分、寝ぼけているようで、あくびをしながら目を擦っています。
――我が息子ながら、のんびりしたヤツだ。こんなところは俺に似たのか…
リューイを見て、お父さんの表情が一瞬、和らぎました。
――-いやいや、和んでいる場合ではないだろう。
お父さんは緩んだ表情を引き締めました。
――しかし、一体、どこから侵入したんだ?
この動物はどこかの家から逃げ出したか、捨てられたペットかもしれません。最近は、外国から密輸した危険な動物をペットして飼い、大きくなったら簡単に捨ててしまう飼い主が増えています。お父さんは危険生物の侵入経路を探して窓に目をやりました。が、窓はしまっていました。
――とにかく、このままではリューイが危ない。なんとかして、捕まえなければ!
お父さんは覚悟を決めると、慎重にベッドに近づきました。リューイは、まだ灰色の存在に気付いていないのか、大きなあくびに続いて、今度は伸びをしています。
――よし、いい子だ、そのままじっとしていろ。動くんじゃないぞ。急に動くと、驚いて噛み付くかもしれないからな。
声を出すことさえ憚かられる状況に、お父さんは心の中でリューイに話し掛けました。お母さんも息を詰めて、お父さんを見守っています。
「お父さん、何やってるの?」
リューイは抜き足差し足でベッドに近づいてくるお父さんを見て、不思議そうに首をかしてました。
リューイが声を出した途端、灰色の尻尾がピクリと動き、シュルという衣擦れの音と共に布団の中に引き込まれました。
――ヤバイ!布団の中に潜ってしまった!早く、なんとかしなければ!
「リューイ、動くんじゃないぞ。そのまま、じっとしていろ!」
「う、うん...でも、どうして?」
お父さんの気迫に押されて、リューイは何が何だかわからないまま頷きました。起き抜けの頭からは、ミュウのことが完全に抜け落ちていました。もしも、ミュウのことを忘れていなかったとしても、
お父さんは壁に立てかけてあった野球のバットを素早く掴むと、勢い良く布団をまくり上げました。
バサッ
先手必勝!やられる前に、やっつけなければなりません。
しかし、布団の中にいたものは、危険生物には程遠い間抜けな生き物でした。
背中に黄色いホットケーキをのせた奇妙な生き物は、お父さんのほうにゆっくりと振り向くと返ると、きまり悪そうに微笑みました。
――わ、笑った?!
――目の錯覚?
お父さんとお母さんは、自分たちが見た物が信じられませんでした。お父さんなどは、眼鏡をゴシゴシと拭いてから、掛け直す始末です。そのときです。二人は更なる衝撃に襲われました。
――はじめまして。こんにちは。ボク、ミュウです。
なんと、その奇妙な生き物がしゃべったのです!
――しゃ、しゃべった…!?さっ、錯覚?!じゃなくて…幻聴?!
「う~ん…」
バタン
後ろでとうとう意識を手放したお母さんが倒れる音がしました。お父さんはしばらくの間、目をパチクリさせた後、これが夢ではないことを確認するかのように頬を数回、バシバシと叩きました。
これが、ミュウとリューイたち家族の初めての邂逅でした。この日からミュウは家族の一員として、みんなと一緒に暮らすことになります。
シロップでベタベタになったお布団を見て、お母さんが目から火を吹くほど怒ったのは、また別のお話。
おしまい。




