5. ミュウ、家竜になる
5. ミュウ、家竜になる
「ただいま~!」
「おかえりなさい。」
リューイが玄関で声を張り上げると、家の奥からお父さんとお母さんの声が聞こえてきました。
――あっ、いけない!今日はミュウを連れていたんだっけ…
つい、いつもの習慣で大きな声を出してしまいました。おばあちゃん家から帰ってくる途中でゲリラ雷雨に襲われたせいで、ミュウを連れて帰ってきた言い訳すら考えていませんでした。リューイが言い訳を考えていると、お母さんが急に顔を出したので、リューイは慌ててミュウを背中に隠しました。
「リューイったら、ずぶ濡れじゃないの?傘を差してこなかったの?」
ずぶ濡れのリューイを見て、お母さんは顔を顰めました。
「うん。」
お母さんの問いに、リューイは短く答えました。
「午後から雨になりそうだから、傘を持っていきなさいって言ったでしょ?」
「うん…」
「また?」
「…」
お母さんは呆れ顔です。
「ば、ぼく、着替えてくるね。」
リューイはお母さんの横をカニ歩きで通り抜け、二階へと続く階段を後ろ向きに上り始め
ました。そのあまりにも不自然な動きに、お母さんは危うく吹き出しそうになりました。が、何も気が付かないふりをしました。
――思いっ切り怪しいわね。何を隠しているのかしら。あとで、こっそり調べなくちゃ!
一方、リューイはお母さんにバレているとは毛ほども思っていないので、後ろ向きで階段を上りながらさりげなく話し掛けました。
「そう言えば、おばあちゃんがフューイに会いたいって言ってたよ。しばらく会ってないから、顔が見たいって。」
「あら、そう。じゃあ、今度、みんなでおばあちゃんの所に遊びに行かないといけないわね。いつがいいかしら。」
お母さんは頬に手を当てて、考え込みました。
「いつでもいいんじゃない。」
「そう?リューイの学校はいつから始まるの?」
「まだ、当分、行かなくても大丈夫。」
「だったら、いつでもいいわね。あとでお父さんに相談してみましょう。」
お母さんはそう言うと、それ以上は何も言わずに奥へと引っ込みました。
――うわぁ~、ドキドキしたぁ~
リューイはほっと一息つくと、ミュウを抱え直しました。そのときです。
「そういえば――」
お母さんがキッチンから急に顔を出したので、リューイは危うく階段から落ちそうになりました。
「な、なにっ?」
声が裏返ってしまいます。
「ホットケーキが焼けているから、着替えたらすぐに降りてらっしゃい。」
パタン。
お母さんはそう言うと、またすぐにキッチンへと姿を消しました。
「ふぅ~、あぶなかったぁ!」
リューイはドアを閉めると、ミュウを抱えたままベッドの上にドサッと腰を下ろしました。とりあえず、第一関門は突破しました。次は第二関門ですが、まずはその前に腹ごしらえです。
リューイは濡れた服を素早く着替えると、Tシャツで濡れているミュウの体も拭いてあげました。そしてミュウをベッドの真ん中に寝かせると
「ちょっと下に行ってくるから、大人しくしてるんだぞ。」
と言ってさっさと下へ降りて行ってしまいました。
ダダダダダッ
階段を駆け下りてくる大きな足音に、離乳食を食べていたフューイがビクッと体を硬直させました。
「お母さん、ホットケーキ!」
キッチンに飛び込んだリューイを、小麦粉とバターの香りがふわりと包み込みました。
「リューイったら!」
リューイの第一声に、お母さんもお父さんも吹き出しました。
「リューイが帰ってきたら、急に家の中が騒がしくなったな。」
そう言いつつ、二人とも嬉しそうです。
リューイがテーブルに着くと、お母さんはすぐに焼き立てのホットケーキをお皿に移してくれました。リューイはホットケーキにバターとシロップを掛けると、ナイフで切るのももどかしく、かぶりつきました。大きく口を開けたリューイに、お母さんが話し掛けます。
「リューイ、おばあちゃん家は楽しかった?」
「うん!」
「おばあちゃんは元気だったか?」
お父さんも読んでいた新聞を置いて、話し掛けてきました。
「うん、元気だったよ!あのね…」
リューイは上機嫌で森での出来事を話そうとしました。
「あっ…」
――どうしよう。ミュウのこと、何も考えてなかった…
お父さんとお母さんはリューイをじっと見つめながら、話の続きを待っています。
「ん?どうしたんだい、リューイ?」
お父さんが優しく問い掛けました。二人とも今日はやけに優しいような気がします。
――僕がいなくて寂しかったのかな?
フューイが生まるまではずっと一人っ子だったので、お父さんとお母さんの関心はいつもリューイに集まっていました。二人にこんなふうにじっと見つめられるのは、いつ以来でしょうか。この久しぶりの感覚は悪くありません。悪くはないのですが、今はちょっと困ります。
言葉に詰まったリューイを二人の視線がじりじりと追い詰めます。
「あのね…僕ね…」
リューイはホットケーキのお皿を掴みました。
「自分の部屋で食べるね。」
そう言うと、リューイは駆け下りてきたときと同じように、ダダダダダッと大きな音を立て階段を駆け上ってしまいました。
「リューイ、あとでお皿をちゃんと片づけるのよ!」
階段の下でお母さんが叫んでいます。返事はありません。
「まったく、騒がしい子ね。」
肩をすくめるお母さんに
「男の子なんて、みんなあんなもんだよ。」
とお父さんは笑ってみせました。




