4. 見えない明日
4. 見えない明日
どこから洩れたのか、女王が錯乱したとの噂が密やかにそして速やかに城内に広がりました。人々は女王が笑っても、悲しそうな顔をしていても狂気を疑いました。両親の死からまだ幾日も経っていない中で、24時間、正気を疑われる生活は女王に多大な苦痛をもたらしましたが、皮肉なことに噂があまりにも多くに人の口に上ったために異例の速さで先王たちの検死が行われることとなりました。
検死の結果、先王と妃、そして婚約者のすべての遺体から毒物が検出されました。検死結果の報告を淡々と聞く女王の胸に、真実を暴けた喜びはありませんでした。ただ、検視結果を聞くことによって、両親の死を現実のものとしてやっと受け入れられるようになりました。
――本当に死んでしまったんだ… 何も悪いことをしていないのに…
罪もなく殺された両親たちは、どれほど無念だったでしょう。逝った者と残された者、いったいどちらの苦しみのほうが大きいのか…
「悔しい、悲しい…」
言葉が知らぬ間に口から零れ落ちていました。
「寂しい…」
無意識に零れた言葉が、自分の気持ちに気付かせてくれました。
――そうか…私は悔しかったんだ。悔しくて、悲しくて、寂しかったんだ…
自分の気持ちを認めた途端、体から力が抜けていくのがわかりました。悔しさや悲しみを認めたら一歩も動けなくなるような気がして、ずっと気丈に振る舞ってきました。が、それも限界に近いような気がします。硬質な強さは、硬いようで脆いのです。今の女王は、少しでも限界値を超えたら粉々に砕けてしまいそうでした。
最愛の両親と婚約者を失った女王に、現生への未練はありませんでした。後追い自殺を考えなかった日はありません。
人は皆、すべて知った上で、自ら選択して地上にやって来ると言います。だとしたら、自分はなぜ生まれてきてしまったのでしょうか。「生まれてこない」という選択肢はなかったのでしょうか。もしも、生まれる前に戻れるのなら、自分は絶対に「生まれてこない」という選択肢を選ぶでしょう。たとえ、それが愛しい両親に会えないという結果につながったとしても。
――そう…両親に会えなくなっても…
女王の脳裏に両親と過ごしたかけがえのない日々が蘇りました。
――そう… 会えなくてもいいの… だって、生まれてこなければ、悲しみもないのだから…
初秋とは言え、スクエアードの夜は冷えます。一度だけ、「火をお入れしましょうか」という問い掛けが扉の外から聞こえましたが、女王がそれも断ったため、広い部屋は冷え切っていました。侍女が遠慮がちに声を掛けたのは、執務室でのやり取りが既に侍女たちの間にまで広がっているからでしょう。
一晩中、自問自答を繰り返しているうちに、気が付けば窓の外は白み始めていました。
四面楚歌の状況が続き、人々に疑いの目で見られているうちに、女王はすっかり自信を失っていました。昨日、叔父に何も言い返せなかったのも、自信のなさが原因です。自分でさえ自分を信頼することさえできないのに、どうして人々に自分を信頼させることができるでしょうか。せめて夫でもいれば、二人で力を合わせて叔父に立ち向かうことができたかもしれません。しかし、婚約者も両親と一緒に殺されてしまいました。邪魔者はすべて排除されたのです。彼女が殺されなかったのは、一重に彼女が女性だったからに過ぎません。男子であれば、たとえ他国にいても間違いなく殺されていたでしょう。
――神様、もう、疲れました…
なぜ、神様が自分をこんな目に遭わせるのか ―― その理由は彼女にもわかりませんでした。誰も神様の計画のすべてを知ることはできないのです。苦しさの中でも彼女に天を呪う気持ちはありませんでした。ただ、切実に神様の計画を知りたいと願いました。今の女王には神様の計画どころか、明日さえ見えないのです。
―― …さま…女王様
再びユストの声が聞こえたような気がして、女王は顔を上げました。冷え切った体は思うに動きませんでしたが、女王はヨロヨロと椅子から立ち上がると窓に近づき、カーテンを開けました。朝の光が部屋に差し込みます。
――暖かい…
目を閉じていると、冷え切った体が徐々に温まっていくのがわかりました。
――――部屋を暗くしているから、気力も奪われるんだわ…
女王は思い切ってすべてのカーテンを開けました。落ち込んだ気持ちとは裏腹に、今日もスクエアードは快晴です。収穫の季節に太陽の恵みが得られるのは、神様の恩恵に他なりません。
――この国はまだ見放されていないわ。
朝の光を反射して、銀の髪がキラキラと輝きました。今日もまた、厳しい一日が始まります。一睡もしてないにも関わらず、その瞬間の女王は息を飲むほど綺麗でした。




