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竜の赤ちゃん、拾いました。第一章~第三章  作者: 小川せり
第一章 青の女王
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23. ユストのUMA ― 注:未確認怪奇生物ではありません

23. ユストのUMA(うま) ― 注:未確認(みかくにん)怪奇(かいき)生物(せいぶつ)ではありません



翌朝、ユストは早から荷造(にづく)りを始めました。少ない荷物をまとめていると、おばあちゃんがおじいちゃんのお(ふる)を持ってきてくれました。おばあちゃんは申し訳なさそうにしていましたが、突然、異世界に飛ばされたユストにとっては、とてもありがたい(おく)(もの)でした。ユストが川に飛び込んだときに着ていた服も、いつの間にか洗って(つくろ)われていました。


おばあちゃんはユストの服だけではなく、髪も気になっていたようで、ユストを鏡台(きょうだい)の前に座らせると、痛んだ髪に香油(こうゆ)()り、丁寧(ていねい)()かして後ろで一つに(しば)ってくれました。

「はい、でき上がり!」

おばあちゃんは髪を(しば)り終えると、ユストの肩をポンと(たた)きました。

()()れするくらい良い男ですよ。」

おばあちゃんは満足そうに(うなず)きました。

髪を(しば)ってもらった効果は絶大(ぜつだい)で、ユストは急に視界(しかい)が開けたような気がしました。今までなぜあれほど鬱陶(うっとう)しい髪型を我慢(がまん)できたのか自分でも不思議です。

「どう?すっきりしたでしょ?でも傷は見えてしまうわね。大丈夫?」

おばあちゃんは少し心配そうに聞きました。

「はい、大丈夫です。ありがとうございます。お(かげ)で目の前がとても明るくなりました。旅の間はずっとこうしていようと思います。」

ユストがそう言うと、おばあちゃんはにっこりしました。

「あなたならそう言ってくれると思いましたよ。」

二人がそんな会話を()わしているときも、リューイがやっと起きてきました

「ユスト、本当に帰っちゃうんだね…」

ユストの荷物と髪型を見て、リューイは寂しそうに言いました。

「世話になったな、リューイくん。ミュウを宜しく頼むよ。」

ユストはリューイの頭を優しくなでました。

「ユスト…」


ユストは二人に礼を述べ、別れを告げると妖精たちを連れて家を出ました。

おばあちゃんとリューイは玄関まで見送るはずでしたが、急に(わか)(がた)くなり、結局、ユストが馬を(つな)いである小川の(ほとり)まで見送ることにしました。



小川の近くの大きな木には一頭の美しい青毛(あおげ)*が(つな)がれていました。三人が近づくと、馬の足下にいた丸くて茶色い何かがひょいと立ち上がりました。頭には長い二つの耳が生えています。茶色い生き物は、そのままの状態でしばらく鼻をヒクヒクさせていましたが、三人が少し近づくと、ピョンと()()ねて逃げてしまいました。

「あっ!野ウサギっ!」

臆病(おくびょう)な野ウサギをこんなに近くで見られるのは、リューイも初めてでした。リューイは思わず後を追いかけようとしましたが、ウサギはあっという間に姿を消してしまいました。


青毛(あおげ)の馬はリューイたちが近づいても気にすることなく、のんびりと草を()んでいます。ユストが「ナミ」と声を掛けて馬の首筋(くびすじ)をポンポンと(たた)くと、馬は気持ちよさそうに目を細めました。


――大きい!怖い!

初めて見る馬は想像以上に大きくて、リューイは近づくことができませんでした。心臓がドキドキしています。

「可愛いだろう?」

――可愛い?!

先程(さきほど)までうるさいくらいユストに話し掛けていたリューイは、馬を見た途端、急に静かになってしまいました。

ユストが馬の鼻づらにキスをすると、黒馬は甘えた様子で、ユストに鼻先をぐいぐいと押し当ててきました。この時はリューイもまだ知らなかったのですが、実はユストは「(ちょう)」がつくほどの(うま)バカ(ばか)でした。


一方、リューイとさほど身長の変わらないおばあちゃんにとっても、黒い馬は目の前にそびえ立つ山のように感じられました。だだでさえ大きい上に黒い色のせいでさらに威圧感(いあつかん)が増しているように感じます。が、リューイに()()けて動物好きなおばあちゃんはそれぐらいで()くようなことはありませんでした。馬のこともユストから前もって聞いていたので、

持ってきたニンジンを取り出すと、早速、食べさせてみることにしました。

馬はニンジンを見るとお礼を言うように何度か頭を上下に振り、おばあちゃんを怖がらせないようにそっとニンジンの(はし)っこをくわえました。

「あら、いい子ね!大人しくて可愛いこと!」

ニンジンの袋は重たかったけれども、頑張ってここまで運んできた甲斐(かい)がありました。


馬がニンジンを(この)むというのはどの国でも共通の認識(にんしき)のようですが、正確には馬はニンジンが好きなのではなく、甘いものが好きなのです。甘い物が高価(こうか)だった時代には、ニンジンやリンゴなどが甘い物の代わりとなりました。しかし、角砂糖(かくざとう)とニンジンの両方を並べられたなら、どの馬も迷わず角砂糖を選ぶはずです。


(さわ)ってみるかい?」

ユストが笑顔全開(ぜんかい)()いてきました。リューイが断ることなど毛ほども考えていない様子です。

――いいえ、結構(けっこう)です。犬や猫とは違います。

リューイは黙って頭と手を横に振りました。しかし、笑顔のユストは無言(むごん)圧力(あつりょく)をかけてきます。リューイはもう一度、ユストを見ました。今度は笑顔で(うなず)かれました。ユストがリューイに何を望んでいるかは明白(めいはく)です。

「…」

無言の圧力におされて、リューイは仕方なく馬のほうに手を伸ばしました。伸ばした指先に馬の温かい鼻息がかります。犬や猫と違って、馬は鼻の穴が大きいので鼻息も荒く感じます。馬はリューイの恐怖を(さっ)したのか、動かずにじっとしていました。リューイは勇気を出してちょっとだけ馬の鼻先に触れてみました。温かくてとても柔らかいクッションのような感触でした。リューイはなんとなく馬の鼻先は()れているような気がしていましたが、(さわ)ってみるとさらりと(かわ)いていました。

――すっごい、ふかふかだ。

もう少し触ってみたくなったリューイは、もう一度、手を伸ばしました。馬は優しい目でじっとリューイを見ていましたが、リューイが手を伸ばすと、ぐっと頭を下げてくれました。馬が頭を下げてくれたお(かげ)で、今度は馬の長い鼻づらまで触ることができました。鼻先と違って、馬の鼻づらはすべすべしていました。薄い肉の下には固い骨が(じか)に感じられました。リューイはちょっと感動しました。

「すごいね!」

何がすごいのかわかりませんでしたが、とりあえずユストも(うなず)き返しました。

「馬は(かしこ)くて(おだ)やかな生き物なんだよ。だから滅多(めった)に怒ることはないけど…」

ユストは茶目っ(ちゃめっけ)たっぷりにウインクをすると、馬の2つの鼻の穴を、大きな手でピタッと(ふさ)ぎました。

「こういうことをすると怒るかもね。」

馬は少しの間、大人(おとな)しくじっとしていましたが、やがて息が苦しくなったのかブルルッと嫌そうに首を振ってユストの手を(はら)()けました。* その様子に、リューイもおばあちゃんも思わず笑ってしまいました。

――僕もやってみた~い!

とは思いましたが、いたずらっ子のリューイでもそれは言い出せませんでした。




挿絵(By みてみん)





* 青毛(あおげ):馬や獣の毛色の名。つやのある黒色で、青みを帯びて見えるためにいう。(日本語国語大辞典)

* 馬は(くち)呼吸(こきゅう)ができないので、鼻を(ふさ)がれると息ができなくなってしまいます。良い子の皆さんは真似(まね)をしないでくださいね。



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