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竜の赤ちゃん、拾いました。第一章~第三章  作者: 小川せり
第一章 青の女王
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18. 忍ぶれど

18. (しのぶ)ぶれど



ユストの話が終わると、部屋に静寂(せいじゃく)が訪れました。皆がそれぞれの思いに深く沈んでいました。

ホー、ホー

家の裏手(うらて)のほうからフクロウの鳴く声が聞こえてきます。

「あら、フクロウが鳴いている!もう、そんな時間?」

おばあちゃんがそう言って外を見ると、(すで)()が半分ほど落ちかけていました。

「たいへん!急いで(ばん)御飯(ごはん)支度(したく)をしなくっちゃ。」

おばあちゃんは椅子から立ち上がりました。心配ばかりしていてもしようがありません。美味しい物でも食べたら、良い知恵(ちえ)も浮かぶかもしれません。

「もうこんな時間ですし、ユストさんも私たちと一緒に夕飯を召し上がりせんか。そうしていただければ、この子も喜びますし。」

「ねえ、そうしようよ!」

リューイがユストの腕を引っ張ります。

ユストがどうしたものかと迷っているうちに、おばあちゃんはユストの返事も待たずに台所へ行ってしまいました。

「ユストさんは何が食べたい?おばあちゃんのビーフシチューは最高だよ!今日、泊まっていくよね?」

子供の話は()てして飛躍(ひやく)しがちです。それはリューイも同じようで、夕食どころか、一泊(いっぱく)する事までリューイの中では決定事項になっているようでした。

――俺は別に野宿(のじゅく)でも(かま)わないのだが…

しかし、リューイの期待に満ちた目を見ると無碍(むげ)に断ることもできないユストでした。

―もう少しここにいても良いかな…悪党どもの事も心配だし。

「そうだな。リューイ君がそう言ってくれるなら、一晩だけ泊めてもらおうかな。」

ユストがそうと言うと、リューイは飛び上がって喜びしました。

「やったー!嬉しい!おあばあちゃんのご飯はとっても美味しいんだよ!」

おばあちゃーんと叫びながらリューイは台所へと消えていきました。

台所のほうからリューイとおばあちゃんの(にぎ)やかな会話が聞こえてきます。

「おばあちゃん、ユストさんが泊まっていくって!」

「よかったわね。じゃあ、今夜は(うで)()るわなくちゃ。」

「おばあちゃんの料理は美味しいから、きっとユストも喜ぶよ。あのね、ご飯を食べたらユストと一緒にゲームをするんだよ!」

いつの間にか呼称(こしょう)が「ユストさん」から「ユスト」に変わっています。

――どうやら、俺はリューイ君の遊び相手に認定されたらしいな。

ユストは苦笑しました。

「そうとわかっていたら、お客さん用の布団(ふとん)を干しておくんだったわ。」

二人の楽しそうな会話はまだまだ続きます。

――()い人達だ…

二人の会話を聞きながら、ユストは胸の中が温かくなるのを感じました。



台所から戻ってきたリューイは、興奮で(ほお)上気(じょうき)させていました。大きいお兄ちゃんと一晩中、一緒に遊べるというのは少年にとって大事件でした。

「今日はお泊り会だね!」

リューイのテンションは上がる一方(いっぽう)です。ユストが苦笑いをしていると、おばあちゃんが

台所から出てきました。

「今日は泊っていってくれるんですって?ありがとうございます。この子はずっとお兄ちゃんを欲しかったから、ユストさんがいてくれるのが嬉しくて(たま)らないんですよ。(うるさ)いとは思いますが、我慢(がまん)してやってくださいね。」

おばあちゃんが話している(そば)から、リューイがユストの背中によじ登っています。ユストは笑いながら(うなず)きました。

――これが普通の家庭というものなのだろうか…

肉親との(えん)が薄かったユストは、普通の家庭というものを知りませんでした。世間的にはありふれた会話も、ユストには(ひど)く新鮮に感じられました。

二人を見ていると、今までの自分の人生がいかに殺伐(さつばつ)としたものであるか思い知らされます。かといって、自分の生き方をそう簡単に変えられる筈もありません。不器用(ぶきよう)自認(じにん)しているユストが窮屈(きゅうくつ)境涯(きょうがい)に身を置いているのも、全ては女王の為でした。知らぬは女王ばかり。


しのぶれど 色に出でけり わが恋は


東洋の古い恋歌(れんか)を引用するまでもなく、古今(ここん)東西(とうざい)を問わず恋は(ぎょ)(がた)熱病(ねつびょう)なのです。ユストは隠しているつもりでしたが、宮中でユストの気持ちを知らない者は誰もいませんでした。幼女から年配のご婦人まで、女性であれば誰でも()きつけずにはおかないユストでしたが、ユストがそんなふうでしたので、誰もアプローチする者はいませんでした。ユストの(おも)(ひと)が女王では、黙って諦めるしかなかったからです。



一晩、お世話になるお礼に、ユストは自ら薪割(まきわ)りを買って出ました。ユストの申し出に、おばあちゃんは予想以上に喜んでくれました。女の一人暮らしにとって、薪割りほど大変な仕事はなかったからです。おばあちゃんが予想以上に喜んでくれたので、ユストも俄然やる気が出てきました。

――ようし!三ヶ月分ぐらいは割っておくか!

ユストは暖炉(だんろ)の横に掛けてある(おの)を軽々と(つか)むと、子犬のように(まと)わり()くリューイを連れて意気揚々(いきようよう)と外に出て行きました。

「あなたがいなくなってからいろいろと大変だったけど、男手(おとこで)があるって本当に素晴(すば)らしいわね。リューイも(なつ)いているようだし、ずっとここにいてくれないかしら。」

おばあちゃんは天国のおじいちゃんに話し掛けました。



ユストが黙々(もくもく)と(まき)を割っている間、リューイは積み上げられた薪の上に腰を掛けてその様子を(なが)めていました。ユストが斧を振り下ろすと、薪は真ん中から綺麗に二つに割れました。いくら見ていても()きることがありません。

しばらく薪割りを続けると、暑くなったのか、ユストは(かた)()ぎになりました。引き締まった上半身と共に(いく)つもの傷が(あら)わになりました。

――こんなに沢山の傷…いったい、どうしたら出来るんだろ…

リューイは軍人というものがどういう生活をしているのか知りませんでしたが、少なくともリューイのお父さんとはかなり違う生活を送っているらしいということだけはわかりました。

――お父さんとは大違(おおちが)いだなあ。お腹も出ていないし…

リューイは頭の中で冷静にお父さんとユストを比べていました。

リューイのお父さんは(いた)ってのんびりした性格の上に、かなりのインドア派でした。最近では長年の運動不足が(たた)って、かなりお腹も出てきています。スイカを丸飲(まるの)みしたようなお父さんのお腹が、リューイはちょっと嫌でした。

やがて完全に()が落ちましたが、ユストは月明(つきあか)りの下でもペースを落とすことなく薪を割り続けていました。





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