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竜の赤ちゃん、拾いました。第一章~第三章  作者: 小川せり
第一章 青の女王
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17. 竜の契約者を訪ねて三千里

17. (ドラゴン契約者マスター)(たず)ねて三千里(さんぜんり)



「私たちは(あれ)()()びられそうな場所を探して半年間旅をしました。そしてやっとこの国の一角(いっかく)(あれ)が生き延びられそうな場所を見つけました。ここには綺麗(きれい)な水も豊富に()()ていますし、イノンドも自生(じせい)しています。(ドラゴン)を食べようなどという野蛮(やばん)な人種もいません。」

リューイはこくこくと(うなず)きました。

「そこで私はこの森の小川に(ほとり)(あれ)を置いて、誰かが拾ってくれるのを待ちました。理由はよくわかりませんが、女王がそうするようにとおっしゃったからです。女王は夢を見る人でもありますので、恐らくは啓示(けいじ)か何かを受けたのでしょう。」

ユストの表情からは、女王に対する()るぎない信頼が見てとれました。

女王が夢を見るようになってから、もう何年も()つでしょうか。スクエアード公国(こうこく)は女王の予知夢(よちむ)によって何度も危機(きき)から救われてきました。最初は半信半疑(はんしんはんぎ)だった(まわ)りの人たちも、今では誰も女王の夢を疑っていませんでした。女王の夢が外れるとしたら、それは女王を信じない者が自分に都合(つごう)に良いように解釈(かいしゃく)()()げたり、(うたが)いの気持ちから素直(すなお)に従わないときだけでした。

「私は(あれ)の周囲に結界(けっかい)()り、悪者が近づいたらすぐにわかるようにしておきました。しかし、ちょっと目を離した(すき)何者(なにもの)かがあっさりと結界内に侵入し、(あれ)を連れ去ってしまったのです。ですから、あれがここに()ると知ったときは、どんなに安心したことか…」

ユストはそう言って胸を()()ろしました。


リューイは自分が結界内に簡単に浸入できたのは、赤ちゃん(ドラゴン)を助けたいという強い思いがあったからだと思いました。

「あれっ、そういえば、妖精さんたちがいないよ。」

ユストの話を聞いていたリューイは、そこで突然、妖精たちがいないことに気が付きました。

「ああ、キキとリンですか?あの二人なら、先程(さきほど)、猫に追いかけられて、隣の部屋に逃げて行きましたよ。」

ユストは何でもないことのように言いました。丁度(ちょうど)その時です。キキとリンが二人の前を右から左へと逃げて行きました。

キャー

バタバタバタ

ベニーは二人を追い掛けながら、何度もジャンプしてはキキとリンを(つか)まえようとしています。

「ええっ!助けなくていいの?!」

驚いたリューイが思わず聞き返すと、ユストは平然(へいぜん)とお茶を飲みながら

「彼女たちでしたら、心配ありません。」

と答えました。

キャー

バタバタバタ

今度は左から右へと、二人と一匹が移動していきます。

――なんだかなあ…

ユストは釈然(しゃくぜん)としない様子のリューイを話に引き戻しました。

「それよりも、リューイくん」

「あなたに(あれ)(たく)しますので、できれば彼を別の場所に移してください。奴等(やつら)がこちらの世界まで追ってくるとしたら、まず初めにこの森を捜索(そうさく)するでしょう。奴等()の目を(あざむ)くのです。私も国に帰る道すがら、(いた)(ところ)目眩(めくら)ましを仕掛(しか)けて奴等()を混乱させるつもりです。」

「うん、わかった。僕、ちゃんとあの子を守ってみせるよ。」

リューイは強い(ひとみ)でユストを見詰めました。

「ありがとう、リューイ君。」

ユストも()っ直ぐにリューイを見詰め返しました。

――時間を(かせ)いでいる間に、(あれ)が少しでも成長して強くなるといいのだが…

「いざとなったら、俺もすぐに()()けるからな。」

そうは言ったものの、再びここに戻ってこられるという保証はありませんでした。そもそも、スクエアードに帰る方法さえわかっていないのです。それでもユストはこの国に赤ちゃん竜をおいていくつもりでした。

――それに()だ、奴等()が必ずここに現れると決まった訳ではない…

パラレルワールドに飛ばれたことで、奴等から永遠に逃れられたという可能性もあります。――いや、それはないだろう。奴等()のことだ。今頃はきっと…


「ねえ、ねえ。」

考え込んでいるユストの(そで)をリューイがくいくいと引っ張りました。

「なんですか、リューイ君。」

「あのさ…あの子ってしゃべれる?」

突然の質問にユストは戸惑(とまど)いました。

「えっ?」

「あのね、ずっと気になっていたんだけど…あの子ってしゃべれる?」

「え、ええ…(あれ)はしゃべれますよ。」

どうやらリューイはユストとは全く違うことを考えていたようです。

「話せるというよりも、正確には(あれ)は人間とコミュニケーションをとることができます。人間の感情も読み取れますし、自分の感情を伝えることもできます。()れてくれば、問題なく意志の疎通(そつう)ができるでしょう。」

「やっぱりそうなんだ!」

ユストの言葉にリューイは思わず大きな声を上げました。

「だってさ、僕さ、あの子を小川で見つけたとき、拾ってくださいっていう声を聞いたんだよ!」

――この子が(あれ)()約者(スター)だ!

女王は契約者(マスター)だけが(あれ)と会話できると言っていました。女王は生まれながらにしての上級ドラゴンマスターだったため、どんな(ドラゴン)(なん)なく会話ができましたが、通常、竜と人間は意志の疎通がはかれませんでした。

――ということは、彼は自分の契約者(マスター)をちゃんと見つけたのだ!

ユストの体に軽い電流が走りました。

「きっと(あれ)はリューイくんに拾ってもらいたかったのですよ。リューイくんは(あれ)に選ばれたのですから、自信を持ってください。」

ユストはリューイの手を(にぎ)り締めました。

「そっかあ、ぼくは選ばれたのかぁ。なんだか、(うれ)しいな。」

リューイは照れくさそうに笑いました。

――私の直感は外れていなかった…

ユストは自分の判断が正しかったことを知り、ほっとしました。

「ところでさあ、あの子に名前はないの?」

リューイはユストに素朴(そぼく)な質問をぶつけました。

「名前はあります。彼が卵から(かえ)ったときに、父親が彼に名前を付けました。しかし真名(まな)は命と同じくらい大切ですので、無闇(むやみ)に人に明かすことはできません。真名(まな)を知ってよいのは、彼の家族と女王だけです。」

「ふ~ん、そうなんだ。」

――なんかよくわからないけど、いろいろな決まりがあるんだね。

リューイは少し考えこみました。初めて聞くことばかりですし、よくわからない言葉も多くて頭が付いていきません。それにしても、名前がないのは困ります。

リューイが悩んでいると、ユストがこう提案しました。

真名(まな)とは別の名前を彼に付けてみてはどうでしょうか?」

「えっ、いいの?!」

驚くリューイにユストは優しく頷きました。

「じゃあ、ミュウっていう名前はどうかな。ミュウ、ミュウって鳴くからミュウ。」

少し考えてから、リューイは少し自信なさそうに言いました。赤ちゃん竜のお父さんは、きっともっと長くてカッコいい名前を付けたに違いありません。

「いいと思いますよ。」

ユストは優しく微笑みました。


二人の会話が一段落(ひとだんらく)ついたところで、おばあちゃんが口を(はさ)みました。

「ユストさんのお話は本当にびっくりすることばかりですね。年寄りは目を回しそうですよ。」

本音を言えば、混乱しているのではなく、強い不安に()らわれていたのですが、それは口にしませんでした。世の中の()いも甘いも()()けてきたおばあちゃんにとって、ユストの話には何一つ楽観(らっかん)できる要素(ようそ)がありませんでした。残念ながら、この世には自分の欲望のためには平気で人を傷付ける(やから)大勢(おおぜい)います。そういう手合(てあ)いには、ユストたちが大切にしている「正義」や「弱者(じゃくしゃ)を助ける」といった精神は全く通用(つうよう)しないのです。

だからといって、おばあちゃんには赤ちゃん竜を(ほう)()すという考えは全く浮かびませんでした。

――いざとなればなんとかなるわ。わたしだってまだまだやれますよ!

おばあちゃんは大丈夫(だいじょうぶ)というように、ユストに(うなず)いてみせました。

――()()んでしまって申し訳ない…

ユストは(だま)っておばあちゃんに頭を下げました。罪悪感(ざいあくかん)がないと言えば(うそ)になりますが、竜の子は(すで)にリューイを選んでしまったのです。女王が見た夢も、リューイが結界内に易々(やすやす)と浸入できた事も、すべてがこの二人の不思議な(えにし)を示していました。

また、今のスクエアードの政治(せいじ)情勢(じょうせい)(かんが)みても、(あれ)をここに残していく(ほか)選択肢(せんたくし)はありませんでした。動き出した運命の歯車(はぐるま)は、誰にも止められませんでした。

リューイたちにはまだ話していないことも沢山(たくさん)ありましたが、これ以上、話して(いたずら)に二人の不安を(あお)ることはユストの本意(ほんい)ではありませんでした。

先のことは誰にも――夢を見る女王でさえ――わからないのです。ユストはリューイと竜の子の未来が(きび)しいものにならないようにと祈らずにはいられませんでした。




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