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ス イ シ ク ヨ ウ  作者: でうく
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Ⅶ.憑依

・・・・・・あの活力(バイタリティ)は詐欺でしょう―――・・・

立派な衣装に着替えたウズメは、扇で煽ぎつつ溜息を吐いた。まぁ、御蔭で地獄から天国と謂える程の“いい生活”が送れる様になったのだが。


霊に四六時中乗っ取られていると云う位なので、覇気が失われて仕舞っている者を想像していた。が、蓋を開ければ父神の立場を喰わん程に天智で政治を支配していた。

親子仲が悪い訳ではないらしいが、良いともどうも云い難い。経営手腕が各各で異なるのと、天智彦の性格が時に()って180度がらりと変って仕舞うのが問題である様だった。・・・加え、父神である高御産巣日(タカミムスビ)の威厳が地に墜ちている事も大きそうだ。


丁度この時代、彼等の故郷であった国は亡んだ。国が滅べば、その国の風習として禅譲する前の国家に纏わる職に就いていた者は処刑される運命にある。処刑を免れるにはその者が只管(ひたすら)身を隠し、家族も含め今後一切国との交流を絶たねばならない。・・・幸いにして、領土が3分の1に小さくなったものの制度は其の侭引き継がれた為彼等の首は繋がっているが。


ウズメは坐椅子に腰を掛けて眠る天智彦を見守る・・・発作的に侵入される事も多い為、横になる様な無防備な体勢は取れないらしい。考えても無駄な事ではあるが、自身が故郷を失った事も、奴隷解放に協力的である理由の一つなのかも知れない。




・・・・・・気づいたら、天智彦の隣で其の侭眠って仕舞っていた。彼女も横になる事が出来たのは連行されて以来であったから、余りの快適さに気が弛んだのだろう。

「ん・・・」

併し、その“油断”が命取りとなる。

「――――・・・!?」


―――・・・ウズメの戦いは既に始っているのである。


(―――な)

眼を開けるとすぐ目の前で、切れ長のつり上がった眼と視線がぶつかる。ふっ・・・と、怜悧な目尻が少しだけ緩む。柔かな頬。薄い唇。色めく吐息。絡み合う――――・・・



「きゃあーーーーっっっ!!」



舌が入る寸前で、ウズメは天智彦を引っ剥し、頬を思いっ切りビンタした。



「あああ、あち・・・ひこ・・・・・・っ」



ウズメは顔を真赤にして、涙目になり唇をわなわなと震わせた。ちちち違うのだ、宇受賣(ウズメ)・・・・・・っ!脳内で天智彦の子供じみた言い訳が聴こえる。

〈之は違うのだ、宇受賣・・・私は今、自由に・・・・・・っ!〉


(しか)し、現実の天智彦は、情の無い唇に舌をなぞらせ、獣の様に本能的な視線でウズメの身体に狙いを定めていた。

声低く


「お前、俺のものにならないか」



「いやーーーーーーーっっっっ!!」



今回、天智彦に憑いていたのは奴婢の霊では無かった。



「ばかばかばかばかばかばかばかばかばかあーーーーーぁっっっっ!!」



如何(どう)も好色な何処ぞの浮遊霊が天智彦の強い霊力に引き寄せられて来た様であったが、憑いた肉体が子供だったのが救いであった。


ウズメは告白の続きも弁解の機会も設ける暇も無く天智彦を殴りまくり、仕舞いには蚊帳やら御簾(みす)やら坐椅子やら何でも投げつけて、肉体を再起不能にした。ウズメを口説こうとしていた霊は余りの恐ろしさに途中で去ったのか、肉体は天智彦に返され、併し、やっと自由になった筈の身体は最早指一本動かす事すら侭ならぬ為体(ていたらく)であった。


「・・・・・・・・・」

天智彦、消沈。


「この、ませ餓鬼!!」

ウズメの凛凛しき幽霊退治に、武官も含めた邸の者達がついつい彼等の部屋に視に来る。天智彦の肉体の暴走を止める事が出来る者は先ず存在しなかったからである。

併し、天智彦は不服であった。

御霊め・・・こういう、嫌な時ばかり私に肉体を押しつけて・・・・・・次こそはもう貸して()らない。




そう心に決めて実行できるのなら、最初からこういった経緯は辿っていない筈である。

ウズメは、確かに御霊の相手だけをしていれば良かった。天智彦の意識はあの事件以来、滅多にウズメの脳内に表層として上ってこない。

天智彦の肉体を借りて来る霊は、大抵がやはり奴婢であった。高木を怨んでいるだけあって、彼を自殺に追い込もうとしたのも()はしたが、其でも天智彦は出てこなかった。ウズメを全面的に信頼し、霊と故郷の話で盛り上がるのを黙って聴いている様な感じであった。

―――御霊は、天智彦の肉体を借りて一頻(ひとしきり)ウズメと対話をすると、どんなものでも(やが)ては成仏して逝った。無論、すぐに次が遣って来るものの、(すべ)てが安らかなる点では之が妥協な点であった。

天智彦は己の肉体に関し、寛容すぎる程に頓着が無かった。



「天智彦」



・・・ウズメは今日も名前を呼んだが、天智彦からの返事は無かった。

「・・・・・・違うのね」

天智彦は椅子から立ち上がった。以前に鈴鹿を殺し()けた凶相とも、自身に迫った甘い顔とも違う顔つきが彼女を捉える。

きりっとした顔立ちではあったが肉体の本来の主とも異なる、老成した大人の顔つきをしていた。


『―――貴女(サヤゥ)


・・・低く落ち着いた声が語り掛けて来る。ウズメは少しドキッとした。

『貴女は何故、この男(天智彦)の味方につく?』

―――天智彦と口調が似ている。ウズメは一瞬、本人と認識しそうになり戸惑ったが、すぐに慣れた調子で

『そいつの味方をしている訳じゃないわ。あたしは同郷の、救われない魂を癒したいだけ』

と、答えた。

『・・・・・・解った。では』

どこか影を感じさせる同郷の男は、天智彦に似た冷静な態度で(うつわ)を指さした。


『この肉体(うつわ)を我がものにする事で我が魂が癒されるのなら、いつまでも憑いていて良いという事か?』


『いいわよ』

ウズメは即答した。よくある事だから慣れていた。されど彼女は少し恍惚とする。(いず)れにしても、ここから先が彼女の腕の見せ処であった。

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