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ス イ シ ク ヨ ウ  作者: でうく
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Ⅳ.兄妹

―――子供が振り返る。ちらと背後を見ただけであるのに、少女は酷く寒気がした。

まるで子供とは想えない程に、眼光炯炯としていたからである。


部屋の隅で、似た様な衣服を纏った幼い娘が、身体を震わせうずくまっていた。


子供は新しく入って来た少女には一瞥しか()れないと幼き娘の(もと)に歩み寄り、腰を下ろした。

・・・娘はぴくりとも身体を動かさない。押えた首根の小さな手が、不自然に置かれた侭でいる。


張り詰めた空気が流れた。


がっ

子供は娘の肩を掴むと、仰向けにして床へ引き摺り倒した。後頭部が木に叩きつけられる音がする。

娘は既に傷だらけだった。


「あ・・・兄・・・上・・・・・・」

娘が涙を浮べる。構わず子供は娘を殴った。その表情には血など通わず、娘の懇願の瞳に寧ろ優越の笑みさえ湛えている様であった。娘は叉も床を転がり、うつ伏せに倒れる。子供は尖った固い靴を履いた侭の足で娘の背を踏み、軽く揺すった。

子供が娘の長い髪を引っ張る。娘の髪も、元は子供と同じ様に高級な髪飾りで綺麗に結われていたのだろう。辺りに簪と思われる物の破片や、椿の花弁と思われる物がばらばらになって落ちている。

・・・娘が、御赦しください・・・・・・と掠れた声で呟く。子供が娘の髪を引くと、娘の身体は(たわ)んで翻った。子供の指は娘の首へ向かう。



「―――御前(おまえ)、いらない」



―――娘の顔に絶望が走る。只只傍観していた少女でさえ、思わず耳を疑った。



『―――大丈夫。いらないのは御前だけでないよ。御前のAma(パパ)や御前のMom(ママ)も、皆いらない。この一族なんてね、滅びて仕舞えばいいのだ』



娘の細い首を、子供の小さな手が掴む。ガクガクと好い様に上下される首を絞める手に、子供は一層力を籠めた。

「ぁ―――・・・・・・!!」

娘は流石(さすが)に抵抗した。抵抗と()うより、子供の方に手を伸ばし、縋る。兄上、兄上と(なお)も兄と慕っていた。


「心配するな」


クックッ・・・と喉を鳴らし、身体を仰け反らせて高笑いをする。(およ)そ高貴な容姿に似つかわしくない下品な笑いであった。



『AmaもMomも、其からこの肉体だって、すぐに御前の後を追わせて()るさ―――・・・』



少女は如何するべきか迷った。呆然として、身体が動かなかった。否、其以前に、戸惑っていた事があった。



〈―――・・・ぎりぎりで間に合った様だ―――〉



「!?」

突然の、脳内に直接語り掛けてくる様な母国語(こえ)に、少女は眼を見開く。(しか)も、声は眼前に居る子供と殆ど同じものなのだ。

「え―――・・・!?」

母国語である事は()る事ながら、目の前で娘に語り、脳内で自らに語る重複した声に少女は混乱した。声の質は同じでも、語り掛ける内容や声の音調(トーン)はまるで別だ。


〈聴こえるか〉


外での声より更に血の通っていない様な声が聴こえてくる。

「な・・・何!?」

〈私はあちらの肉体の元来の持主だ。名を天智彦(アチヒコ)と云う。君は、私が産れた頃に南蛮から渡来した、舞踊を生業としてきた者だよな〉

如何(どう)してそんな事を・・・というか信じられる訳が無いでしょ・・・?大体何故南蛮詞(こちらのことば)が・・・」

〈その話は後にして貰いたい。とにかく今、私は私自身の肉体を自由に扱えない状態にある。あの女児は我が妹で鈴鹿(スズカ)と云うが、この侭ではあの肉体が鈴鹿(それ)を殺して仕舞(しま)い兼ねぬ〉

極めて抑えた声であったが、其を聞いて少女は愕いた。この島へ渡って来て、殆ど言語と触れ合う機会が無かった為に解らなかったが鈴鹿の呟く“アニウエ”の意を(ようや)く悟る事が出来たからだ。

「どういう事なの・・・・・・!?」

〈だから、詳しい話は後にして貰いたい〉

脳内に響く声は、一層冷徹に聴こえた。最低限は順を追って話して貰わなければ動きようも無い。少女は怒鳴った。

「じゃあ、一体どうすれば・・・っ!!」

〈落ち着け!〉

科白(せりふ)を読む様な一本調子で怒鳴り返される。(しか)し窓越しで云われているかの様に迫力を殆ど感じない。そういえば、己の肉体であり(ながら)己では自由が利かないと云っていた。


〈―――我が肉体を支配しているのは、恐らく君と出身を同じくした捕虜の霊だ。私が()うのも何だが、この者は強制的にこの地へ自身を送り込んだ我等を怨み、我が身体を使用して一族を滅そうとしている。先ずはこの非力な妹・鈴鹿の命をこうして奪う事から始め〉


・・・・・・鈴鹿の腕の力が弱弱しくなってゆく。


〈―――君は、言語がこの者と共通である分より正確に会話をする事が出来るだろう。同じ立場であった分、この者の想いに理解を示す事も出来る。故に、この手を緩めるよう説得を試みては呉れまいか〉


「その為に・・・あたしを・・・・・・」


鈴鹿の手が床に落つ。


併し、其でも少女の踏ん切りはつかなかった。当然と謂えば当然だ。霊とやらが天智彦の云う捕虜ならば、確かに気持ちは嫌でも流れ込んで来るだろう。併しその共通点といえば、自らを虐げたこの一族に対する深い恨みだ。

そして叉、利用するという目的の下に少女は幽閉されていた祠から出されている。


「・・・そ」

・・・声が、震える。


「其で、あたしが応じるとでも思っているの・・・・・・?」


だが、この幼子に罪は無い。その証拠に、人格が変貌し、虐げられても(なお)、兄と慕い続けるその娘には自身の様に恨みという概念さえ無かった。

その様な純粋な娘子を見殺しにする事が、果して正しい意味での報復となり得るのだろうか―――?


〈思っていない〉


天智彦は解り切っているかの様に即座に答えた。


〈論理的に考えれば、この者の想いが理解できるのであれば説得すれば矛盾に値する。君の我等に対する怨みも黙って観ていれば果されよう。私は最早(もはや)、君の良心に任せるしか無いのだ〉


「っ・・・・・・っ」


静かな声とは全然合わない狂気じみた笑みを浮べて、ぎりぎりと力を強めていく天智彦。鈴鹿の首がだらんと横向きに垂れてゆく。


〈―――この霊は私に一族を殺戮させたのち、私自身の首に手を掛け、黄泉へと引き摺り込む心算(つもり)だろう。私は怨みを買う一族の嫡男にして、こういう体質に産れたのだからそういった宿命にある事は()うに覚悟している。只、鈴鹿はこの一族に産れただけで将来的に影響を及ぼしはせぬ上、先も長い。毎日の様に暴力を振われ、生きた心地もしなければ、心の傷になり兼ねぬと思っていてな〉


そうだ―――天智彦だって、望んで自分の妹を虐めている訳ではないのだ。その点では虐げられている者と変りは無いのではないか。自分の意思に反して怨みを買い、この兄妹も泥沼へと堕ちて往くのだろうか


「・・・・・・」


・・・・・・若し、天智彦の脳内に語る声が(すべ)て本当の事を指しているのであれば、其は自分の問題だ。被害者だからその者に関係するもの凡てに見境無く復讐してもよいという醜い考えを、同族の者には(いだ)いて貰いたくなかった。加害側のデリカシーの無さと同程度に零落(おちぶ)れるのは嫌だし、今度はこちらが鈴鹿に同じ感情を懐かれるかも知れない。同族の奴隷もまだ沢山働かされている。



「・・・・・・んもう!」



鈴鹿は諦めた様に目を瞑った―――・・・




「貴方達の事を、赦した訳ではないのだからね!」




〈済まぬ〉



タンッ!・・・少女は(ステップ)を踏んだ。

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