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ス イ シ ク ヨ ウ  作者: でうく
3/16

Ⅱ.誕生祝い

志賀島――――新しく産れた神の産土。



“・・・何だい、之は”



僕 は 、 唯 一 自 分 の 居 処 で あ る 産 土 の 真 相 を 知 っ た




少女が赤子の誕生を祝い、健やかな成長を願った即興の舞を繰り広げる。其は非常に動的(ダイナミック)で、風車の如く回転しては、空中へ跳び宙を舞う。軽やかに爪先を着地させると、独特の歩調(ステップ)で律動を奏でるのだった。


シャラン・・・


どの様な状況に()っても“遊べる”娘だ。

手枷・足枷という身分と肉体の縛めを、舞の楽器(メロディ)として仕舞(しま)う。手首と足首を繋ぐ長い鎖を手に握り、擦り合わせて音を鳴らした。

鎖で輪をつくったり、舞う際大きく弧を描かせたり。之が後に伝えられる筑紫舞の原型かも知れない。

少女は、一本の鎖を両手で握り、ぴんと張る。弓を引く様な姿勢を右と左で変え(なが)ら、摺り足で階段の前に進むのだった。

そして立ち止り、階段上に立つ高御産巣日(タカミムスビ)神産巣日(カミムスビ)に礼をし、舞を終えた。


高御産巣日と神産巣日は神神に背を向けると、境内の中に入って()った。境内には他のどの神も入れない。

いわや戸籍入りの様なもので、産土神と赤子の一族が交わる重要な儀式が行なわれる。その際、初めて赤子の(いみな)が明かとされるのだ。境内では、綿津見(ワタツミ)から赤子へ、或る金印が引き継がれようとしていた。



高木(たかぎ) 振麿(ふりまろ)が第一子、()天智彦(あちひこ)(なんじ)が産土神を我、綿津見と認める。叉、振麿が後の奴国王(なのくにのおう)と定め、奴国・高天原民国の君主とする為に思兼(オモヒカネ)の字を与えよう。本国・漢が繁栄の為に忠誠を尽すべし」



―――この儀式から百年と経たぬ内、天智彦が任命される間も無く漢は亡びる事となる。


鬼道を操る女性が現れ、九州を統一して倭国連合が成立した時には国は魏へと変り、筑紫の地から本国へ朝貢していた奴国は帰化して単なる魏との貿易商に成り下がった。



赤子が金印を賜る時、がたり、と外界で騒がしい音がした。


「御免!!」


天児屋命(アマノコヤネノミコト)が破魔の矢を引いて結界を破った。




ばんっ!!




境内の障子が勢いよく開かれる。風圧で木枠に張られていた紙という紙が破れた。冷たい空気が流れ込んでくる。

シャラン・・・と鈴の音の様に綺麗な音が鳴った。(しか)して其は、氷の如く冷たい響きの鎖である。


―――とんっ、と軽やかに足を着いた少女が地を踏みしめ、階段を跳び上がり赤子の御座(おは)す本殿に駆ける。


赤子の産土神となる事を認めた綿津見が、赤子と其を産んだ創造神の周囲に結界を張る。併し、其でも結界を()り抜けて少女は乱入し赤子に(たお)やか(ながら)も毒牙のある手を伸ばすのであった。


高御産巣日が咄嗟に銅矛を握り、神産巣日と思兼を護ろうとする。併し彼は優れた陰陽家ではなかった様だ。

神となった以上、其は当然の事であるが。

清浄な世界に棲まう彼等には、災厄や病、悪意や彷徨える魂といった“視えないモノ”に対する免疫が無い。叉、其を“受け容れる”事も、純粋であればある程に難い事だ。

彼等にとっては“視える物”が(すべ)てであり、だからこそ、彼等は視えない相手に対して矛などという“対物質的な”武器を盲信的に振るう。




無数の荒御霊(あらみたま)が境内に浸入し、神社は(マガ)が蔓延った。




荒御霊は少女から離れ、強引に高御産巣日の身体を憑き()けて侵入(はい)って来る。無論その魂が抜けたさまも、神(彼等)は察する事が出来ないだろう。

ず ず ・・・・・・

(あに)様・・・・・・!!」

神産巣日が気を確りと叫ぶ。禍の視える綿津見は、荒御霊が実に高御産巣日の魂に拒絶される事無く透過し赤子に近づくのを確と視ていた。

少女(肉体)だけが、高御産巣日を透過できない

荒御霊は高御産巣日の肉体を貫通すると、轆轤首(ろくろくび)の如く彼の背中から首だけ長く伸ばし、赤子を抱える神産巣日の前に姿を現した。



“・・・ふん、これが僕の弟か”



高御産巣日が腕づくで少女を取り押える。少女は不敵の笑みを浮べて木理の床へと墜ちてゆくと、頭を(もた)げて



「無駄だよ」



・・・・・・明瞭に筑紫(こちら)言語(ことば)を話した。



「少しは肉体(からだ)に居残って相手をしてあげようかと思ったが、気が変ったよ。貴方がこんなに小さい男だと判った時点で、もう充分だからね」



少女は意識を失った。未知なるモノの前に為す術は無い。無法地帯と化した境内に、遂に天児屋等(他所の神)が入って来た。


「なんよこれ・・・・・・!」


伊斯許理度売(イシコリドメ)が余りの空気の悪さに気分が害される。そう、邪気を感じ取る能力を持たない彼等には、禍の蔓延(はびこ)りは気分の悪さとしか認識する事が出来なかった。



“・・・ふん”



“僕”は立ち尽した様子の玉祖(タマノオヤ)を見下し、鼻で嗤った。

子供は霊感が強いと云うが



“・・・・・・こんなひょっとこでは、憑いても足手纏いになるだけだな”



「逃げてください!神産巣日神!」


天児屋が叫ぶ。


「その御霊は神子にとり憑く気です!」



“遅いよ”



神産巣日が強く赤子を包み込む。併し其では、病菌の如き幽霊から護る事など出来ない。マスクをしても風邪を引く事と同じ道理だ。



“天智彦。天智を(すべから)く知り、八意(やごころ)を掴み他を動かす()



聴こえぬ声。脳髄に直接滲入してくる様な、響き震える声。


天智彦は泣く事も無く、瞳を漂う荒御霊に合わせて仕舞う



“・・・その諱に適った神となる様、僕が最初の智慧を与えよう。八意を掴む為には”



天智彦は眼を見開く。併し其でも泣く事は無かった。息を止めた様に、何かを飲み込む様に、一点を見つめた侭動かなかった。

「天智彦・・・・・・?」

神産巣日がくぐもった声で赤子の名を呼ぶ。彼女等には視えないが、赤子の体内に多数の魂が吸い込まれてゆくのを綿津見と天児屋は視ていた。



「“風の通り道”を創っておかないとね」



―――赤子は微笑った



「魂に穴を開けておいたよ」



御霊は赤子の顔を使って、神産巣日に口で話し掛け、頬を上げて嗤った




「之で天智彦の魂は何処の世界とでも通ずる様になった。根の国とも、この奴隷の世界とも。開けた魂の残滓は僕の内に在る。だから僕とも通じている」




神産巣日からして見れば、自らの子が何故この様な目に遭うのか、理解を示せなかったであろう。併し、之も或る思慮から見れば大きな意味を含んでいる。




「之で、天智彦は世界中の智慧を手に入れる事が出来るだろう。まぁ、その前に天智彦の魂が鬼に喰われなければいいけどね」




告白という手を使った嫌な予言をした後に、御霊は天智彦から離れる。多量の魂が御霊に伴って、天智彦の魂から剥れて往った。


「天智彦!」


天智彦はまるで魂を一緒に抜き取られたかの様に反応しない。天児屋が急いで(はらえ)を行ない、之以上禍が滲入せぬ様天智彦の額に紅で阿也都古(アヤツコ)を画いた。



“ワタツミ”



ふ、と天児屋が顔を上げる。御霊は漂う情態で、綿津見に話し掛けていた。天児屋は綿津見の方を見る。


―――綿津見は、漂う御霊に跪き、深く頭を下げた


「・・・・・・」

天児屋につられて、伊斯許理度売や玉祖、神産巣日や高御産巣日もが綿津見に注目する。

う・・・捕えられた少女が目を覚ます。首から上を上げるも動かない手足で逃げる事叶わず、視界に飛び込む禍禍しい光景を眼に焼きつけられる事となる。

ズ リ ・・・

―――本殿の南天井に共に在る神棚から “何か”が引っ張り出された。

ドサ・・・

「たまちゃん・・・!」

伊斯許理度売が、即座に幼き玉祖の目に手を当てる。併し、少女は。高御産巣日も神産巣日も、諸共に視界に釘づけて仕舞った。

赤ん坊の遺体が、神棚から落ちて来たのだ

「――――・・・」

―――御霊が、赤ん坊の遺体に吸い込まれてゆく


「・・・・・・っ!」




“この遺体(からだ)は貰ってゆくよ。何せ、この遺体は僕のものだからね”




遺体から出される腐臭に()って引き寄せられた禍達が、遺体を急速に分解させ運んでゆく。

御霊の声そのものが神神全員に聴こえたのは、次の言ノ葉が唯一で最後

この地を産土とする高木(たかぎ)家に遺した。




“僕の産土(棲み処)も何もかも、譲ってあげる事としよう。必ず後悔する事になる”

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