pro.~水子の還る場処~
命を懸けて産みし子に先立たれる母の哀しさと、差し違えに母に逝かれる子の侘びしさはどちらが勝りし感情で在ろうか
「・・・・・・」
高木 振麿と彼に介抱されし女・八十に、今や優秀な医師となった落ち零れだった弟・須久那は非常に心苦しげに云った。
「実に・・・遺憾であるが」
申し訳無い、あの悪童だった奴が、らしくも無く頭を下げている。ずるりと手を引き抜くと、赤くて小さな“足”がついてきた。
赤ん坊は、時間に合わず既に息絶えていた。
「――・・・死産、也」
僕には住まう場処が無い
(私には棲まう場処が無い)
僕には還る場処が無い
(私には帰る場処が無い)
魂は、居場処を求めて延延に彷徨い続ける。
産土は、謂わば児童養護施設の様なものだ。その様な魂が住まう事を受け入れてくれる、唯一の場処だから。
併し、全国に分布する産土の中でも、受け入れてくれるのはたった一つしか無い。自分が産れた場処の産土しか受けつけられないのは産れたその時居た場処で得た国籍の大使館でしか保護されないのと少し似ている。
―――あの日から、僕はずっと宙を只漂っている様で
落ち着く事が出来る居場処が無かった
まるで最初から、僕の存在なんて無かった様に
誰だって、話し掛けては呉れやしない
僕が産れて、父は歎き哀しむ様になった。あれだけ母の腹の中に居た折、偉大に映っていた父の背が、いざ腹を出ると之程に小さい。其が初めての失望だった。
僕は産れた事を歓迎されていないと知った。
父はずっと泣いており、僕の方を見向きさえしない
僕は此処に居るのに・・・
こうも泣いて許いられれば、僕も泣きたくなって仕舞う
されど、僕は父と共に泣く訳にはいかなかった。父と僕では、余りに立つ瀬が違いすぎる。
父は天上より雨を降らし、其の侭姿を隠してしまった
雨が其の侭止む事は無く、僕は父の涙に溺れた
此の侭、地球は父の涙に覆われて仕舞うのではないかと思われた
光も差さぬ深海の如き洪水に、方舟を持たない僕は、何故生きてこられたのか―――・・・
その理由は、僕が自分の産土を見つけた時に解った




