表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

元、勇者。

作者: 猫しっぽ


 ――むせ返るような、嫌な夏の雨の匂いがする。湿度が上がり、ただ不快にさせるだけの、あの独特な匂いが。


「何、やってんだろうな、俺」


 毎日毎日、今と同じように家と現場の往復。非正規の中年フリーター生活で、心と体が乾いていくのを感じる。

 そんな俺が二十年前に異世界で魔神を倒しただなんて、一体誰が信じるだろうか。

 俺もあの時の記憶は曖昧で、元の世界に帰還したと同時に力の多くは失って、今はこのザマだ。


「……なんだ?」


 前方で鐘音付きのサイレン音を鳴らしながら、複数台の消防車が俺の住むアパートの方角へと走っていく。

 誰だか知らんが、こんな雨の日に火事とは災難なことだ。そう、他人事のように考えていた時。

 ――ボンッ!!という爆発音と共に、自宅の側にあるマンションの5階から、大きな火の手が上がった。


「マジかよ……」


 慌ててアパートの前まで戻ると、マンションから上がった火は更に勢いを増していた。屋上や他の階にも取り残された人が居るようで、必死に助けを求めている。

 消防隊員が懸命な消火活動を続けているが、このままだと不味いだろう。


「クソっ、どうする……?」


 今の俺が飛び込んでも無駄死にするだけかもしれない。それに、他人の為にそこまでする熱意はもう、俺には……。


「誰か! 誰か助けてください! 私の子供が、まだあそこに!」


 異世界でも嫌という程に聞いた、誰かが助けを求める声。


「誰か! 誰か!」


 ……俺には、無理だ。


「奥さん危険です! 離れて下さい!」

「お願いっ、行かせてください!」


 ……この頬を伝う雨は、悔しいから流れるのか。


「危ない!! また爆発……が? おいっ!? 今、爆発が止まらなかったか!?」


 今のは、まさか……。


「――行かないの? 本当、ヘタレになったわね」

「プっ。彼女の今の言葉を翻訳するとですね、エ~ン、20年間、待たせてごめんね。やっとこっちに来れたの寂しかったわ。と言っております」

「ちょっ!? 貴女こそ泣いてたでしょう!?」

「アーアー! 聞こえませんねー!」

「ワハハハ! ようボウズ、すっかり老けたなあ! これを片付けたら、ボウズの家で飲もうや!」


 ……この頬を伝う雨は、嬉しいから熱いのか。


「で、どうするの? 行くの? 行かないのって、もう行っちゃったか。……お帰り、私の勇者」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ