ひねくれ教育係は捕まらない
「いい加減止まりなさいよ! 止まらないと本当に撃つわよ!」
「撃てばいいだろ! 当たるならな!」
「っ! なめやがって……!」
学院の外。とはいっても壁の中に位置するためここは学院の敷地内だ。
レアとメロは指導をお願いするため今日もマケナのもとへと出向いたのだが、いつものように逃げられてしまった。
この荒々しい鬼ごっこも毎度のことだ。
ちなみにだが、今のところレアとメロはマケナに一度も追いつけていない。
「もう面倒くさい! ここまで来たら手加減なんかしない!」
吹っ切れたようにそう口にしたレアはそのまま勢いよく腰の杖を抜いた。
今レアが走っているここはちょうど長い直線だ。追い詰めるには絶好の場所だろう。
レアは一切の容赦なく杖に魔力を込めていく。あのマケナに対し手加減などする必要はない、むしろ全力でいっても敵わない可能性のほうが高いだろう。
レアは必死に走りつつグッとタイミングを待つ。
「--姉さん!」
直線の奥。マケナを挟み撃ちにするように現れたメロが大声を上げる。
その瞬間レアはニヤリと笑みを浮かべて杖をマケナに向けた。
「吹き飛べ! 『プロミネンス』!!」
炎系統の上位魔法。杖の先から直線状に広範囲の炎が噴き出し、逃げ場を徹底的に埋め尽くすようにその狭い通路を飲み込んでいく。
その先にいるのはマケナ。さらにメロもいた。
マケナは走りつつ振り返り『プロミネンス』を視認する。
「おいおい! 弟ごとかよ!」
決死の攻撃……かと思われた。しかし、そのマケナの考えは即座に覆される。
メロは自分の周囲にすでに魔力を固めていた。その魔力は風のようにメロの回りを纏わりついており、その魔力の鎧ならば『プロミネンス』を無傷で切り抜けることも十分可能だろう。
「当たり前じゃないですか! 狙うのはあなただけですよ!」
正対するメロのその言葉にマケナ一瞬表情を曇らせる。
しかし、マケナはすぐにいつもの様子に戻ると走るのを止めて軽くその場で膝を落とした。
「バカか。そう素直に攻撃をくらうかよ」
まるで跳ねるかのような動作でマケナは上空高くまで一気に飛び上がる。
『プロミネンス』の範囲から抜け出したマケナは上空でドヤっとした表情を浮かべた。
「人間の跳躍力じゃない……」
まるで捨て台詞のようにそうつぶやいた次の瞬間メロは『プロミネンス』に飲み込まれていった。
「ガキの考えた作戦なんかで俺を止められるわけないだろ! いい加減諦めろ!」
「……まだ終わってない」
小声でつぶやくレア。その声はマケナには届かない。
しかし、マケナはレアのいまだ諦めていない表情を見てすぐに異変に気が付く。
「貫け! 『エアピアース』!!」
『プロミネンス』の中。メロの掛け声とともに『エアピアース』が放たれる。
マケナの背中を狙う風魔法は矢のような形状をしており、すさまじい速度でマケナに迫る。
空中ということもあり回避することは不可能。
レアとメロは勝利を確信し頬を緩ませる。
しかし、その考えは即座に壊されてしまう。
「おっと……」
まるで道端の小石をどかすかのようにマケナは振り向きざまに『エアピアース』を蹴り飛ばす。
それにより、『エアピアース』は軌道を変えられ真上に向かって飛んで行ってしまった。
「あ……」
あまりにも現実離れしたその光景にレアは口を開けたまま固まってしまう。
『プロミネンス』が消え去り姿を現したメロも同じような表情を浮かべていた。
「ふぅ。何かと思えばこんなことかよ。躱せなければいなす。当たり前だろ?」
マケナはなんなく地面に着地すると特に変わった様子もなく口を開く。
そして、マケナは悠々と歩いて再度通路の奥へと向かい始めた。
「なんなのよ……この男」
もはや追う気力がなくなってしまったレアとメロは歩いていくマケナをただ見つめる。
マケナがメロの真横を通り過ぎようとした時、マケナはボソッとつぶやいた。
「最後の魔法。もし本気で撃ってたら少しは結果は変わったかもな」
「!?」
メロの表情が驚愕の色に染まる。
「殺さないように威力を抑えたか。まあ気持ちはわからなくはないが……相手を見誤ったな」
そして、マケナは今度こそ通路の奥へと消えていってしまう。
立ち尽くすメロの様子がおかしいと気が付いたのかすぐにレアがメロのもとへと駆け寄ってくる。
「何? どうかした?」
「い……いや、なんでもないよ」
明らかにおかしな態度だがレアは特に追及はしなかった。それよりも今は色々と考えたほうがいいことがありそうだ。
「それで、これからどうしよう……」
「--これから? それなら決まっているさ」
突然の背後からの声にレアとメロは体をぴくっとさせて振り返る。
そこにいたのは額をピクピクと震わせながら不気味に笑っている学院長だった。
「学院長? どうしてここに?」
レアがそう尋ねるとレベッカは無言で隣の学院を指さした。
レアとメロが示された方向へ視線を送ると、そこは見覚えのある場所だった。
「”学院長室”のとなりで大騒ぎしやがってどういうつもりなんだ?」
そう言うとレベッカはまっ黒な笑顔で杖を腰から抜く。
「あ……いや、私たちは……」
「『プロミネンス』を撃ったのは姉さんです。僕は止めたんですけど……」
「あ! ちょっ……」
さっきまでの反省ムードはどこへ行ったのか、メロは一瞬でレアを裏切った。
レアはとっさに反論しようとしたが、レベッカに首根っこを掴まれ動けなくなってしまう。
「敷地内で上位魔法をぶちかますなんてどういう神経だレア?」
杖の先端を眼前に突き付けられレアは顔を青ざめさせる。
「こい! これからみっちり説教だ!」
レベッカに連行されていく姉をメロは澄ましたような表情を見送る。
その両手はしっかりと正面で合わせられていた。
「姉さん。どうかご無事で」
「メロぉぉぉ!」
レアの必死の悲鳴が学院内にこだまする。