双子勇者と最弱の少女
学院長室での一件があったその後。レアとメロはお互いに無言のまま学院内の廊下を歩いていた。
「……」
時間はすでに夕刻。窓から差し込む夕陽は、薄暗く二人を照らしている。
学院の隣にある寮に住んでいるレアとメロは、呆然としつつも寮へと足を進めていく。
すると、二人の正面から深い青色の髪をした少女が歩いてきた。
「あれ? レアと……メロ君?」
レアとメロと同じ制服に身を包むその少女は、大きな丸い眼鏡の奥でその澄んだ瞳を輝かせる。それに気が付いたレアは特に驚く様子もなく口を開いた。
「アリーゼ。こんな時間まで図書室にいたの?」
「うん。少し気になることがあって」
アリーゼという少女は借りてきたらしい大きめの本を胸に抱えてそう話す。癖のある髪を強引に三つ編みにしているのか、アリーゼの三つ編みの束の節々からは髪の毛がはみ出ていた。
「そんなこと言って放課後は毎日図書室に行って勉強してるじゃない。別に筆記の試験に出てくるわけでもないのに……」
勉強がそれほど好きではないレアからすればアリーゼのこの勉強への熱意は理解しがたいことなのだろう。あきれた様子で大きくため息を吐いてレアはアリーゼを見つめる。
しかし、そんなアリーゼはレアにとって数少ない尊敬できる人物だった。知識という分野だけとはいえ、レアよりもすぐれたものを持っている。それだけでレアにとっては一目を置くに足る理由になるのだ。
「それで、二人はどうしてこんな時間まで学院に? メロ君はともかくレアはいつも授業が終わったらすぐにどこか行っちゃうのに」
「別に好きで残ってるわけじゃないわよ。学院長に呼び出されたの」
「呼び出された? 何かあったの?」
「……」
純真無垢な瞳で見つめてくるアリーゼにレアは思わず口を止めてしまう。
まさか勇者である自分が説教を受けていたとは冗談でも言いづらい状況。言葉に悩むレアだったが、それはメロの言葉ですぐに無駄なものになってしまった。
「呼び出しですよ。姉さんが授業中に爆睡するから」
「え? 爆睡?」
「爆睡って言うほど寝てないわよ!」
思わず声を出してしまったレアだったがすぐにその口を両手で押さえつける。
「……そう言うってことは”寝て”はいたんだ」
冷めた視線を向けるアリーゼにレアは気まずそうに顔をそらした。
「アリーゼさんが思うほど『勇者』ってのは完璧じゃないってことです。事実姉さんがこう言う人ですからね」
メロのその言葉にレアは若干眉間にしわを寄せるが言い返す言葉が見つからず黙り込む。
「それにしてもアリーゼさん同じクラスなのに知らなかったんですね。僕はてっきり学院中に知れ渡っているものだとばかり」
勇者としてそれなりに注目を集めているレアとメロは必然的に周りと壁ができていた。
そのせいもあり二人が周りからあまり良いとは言えない印象を持たれるのはしょうがないことだった。とはいっても、レアとメロの間に評価に違いが出ているのはそれだけでは説明はつかない。
レアは良くも悪くも『個』が強すぎたのだ。
そんななか、壁を作ろうとしないアリーゼという存在はやはりレアにとって特別なのだろう。
レアのアリーゼを見る目はどこか落ち着いている。
「アリーゼは超がつくほどの真面目だからね。授業中は黒板以外に視線がいかないのよ」
「なるほど。姉さんとは真逆ですね」
「うるさい!」
メロの言葉にレアは少しだけ声を荒げる。
二人のそんな様子を見てアリーゼは頬を緩めた。
「フフ……。それで二人はなんだか元気がなかったんだ」
「あ……いや」
アリーゼの言葉にレアは学院長室でのことを思い出す。正直あまり思い出したくはない記憶にレアの表情は微かに歪んだ。
「あれ? 学院長に怒られてへこんでたわけじゃないの?」
「姉さんは怒られるくらいじゃああはなりませんよ」
事実そうなのだが、メロのトゲのある言い方にレアは若干の苛立ちを覚える。しかし、精神的に疲れているのかレアはもう言い返そうとはしない。
「実は色々あってね……」
ーーそれからレアはアリーゼにマケナの事について話した。
「へぇ。教育係かぁ」
複雑な感情のレアをよそにアリーゼは気の抜けた声を上げる。
それに対しレアは思わず口を開いた。
「正直あそこまで一方的にやられたらさすがにへこむ……」
レアの言葉にいつもは軽口を言うメロも黙り込む。
しかし、黙り込む双子の勇者をよそにアリーゼはいつもの様子で言葉を続けた。
「二人の気持ちは正直わからないけどさ、負けるなんてよくあることじゃない? 私なんか今まで負けっぱなしの人生だよ」
「そんな……。アリーゼはすごい頭いいじゃん。いつもテスト一位だし……」
「勉強はね。でも実技は全然ダメ。二人とは比べるのも恥ずかしいくらい弱っちいからさ」
そう自虐するアリーゼだが、その表情は笑っている。
レアにはそれが本心からくるものなのかわからなかった。
「正直言うと勉強は代わりみたいなものなんだ。私だって二人みたいに強力な魔法をバンバン使って戦えたらいいなって思ってる。でもそれはどう頑張ったって無理だから……」
「アリーゼ……」
レアはアリーゼに返す言葉が見つからず名前を呼ぶことしかできない。
「まあ色々言ったけど要するに二人ならきっと大丈夫ってこと。強い人に教えてもらって今よりももっと強くなってさ。なんてったって『勇者』なんだからできないことなんてないよ!」
「『勇者』……か」
その言葉を改めて感慨深げに口にするレア。今まで当たり前だったその言葉が今になってレアの背中に重くのしかかる。
「そうだよね。こんなところでへこんでたらみんなに心配されちゃう」
レアは拳を強く握りしめると目の前のアリーゼをまっすぐに見つめた。
「ありがとうアリーゼ。おかげで元気出た」
「そんな大したこと言ってないけど……レアが元気になれたならよかった」
安心した様子でにっこりと笑うアリーゼ。
「それじゃあ私そろそろ行くね。部屋に戻ってこの本読んじゃわないと」
抱えていた本を前に出し、アリーゼは「えへへ」と声を出す。その様子を見てレアはあきれた様子で息を漏らした。
「……相変わらずね」
寮へと歩いていくアリーゼの背中を眺めながらレアとメロは並んで見送る。
「姉さん。やる気でました?」
そう口にするメロ。すると、レアがなにやらニヤニヤとした表情でメロに視線を送った。
「なに澄ましてんのよ。あんただってやる気でたんじゃない? アリーゼの言葉でさ」
「それは……」
図星だったらしくメロは少々顔を赤らめて視線を落とす。
「やる気が出たって言うのとは少し違います。僕は姉さんと違ってそこまで『勇者』っていうものにこだわりは無いですから」
「じゃあなによ」
「僕はただアリーゼさんに感心しただけです。他の人とは違って僕ら『勇者』に気を使っていないみたいですから」
恥ずかしそうにしつつもメロはそう言葉を続ける。
レアはあまりにも意外なメロのその言葉に思わず固まってしまう。しかし、すぐに嬉しそうに口角を上げると口を開いた。
「まあね。なんていったってこの私の友達だからね」
そんなレアの様子を見てメロも同じく口元を緩ませる。
「さあ! 早速明日からあの嫌味な教育係に指導をしてもらうとするわよ!」
決意新たにそう口にするレア。
しかし、その空気をぶち壊す声が二人の背後から届いた。
「『覚悟を決めたぞ』って感じか? ふざけんな。誰がお前らなんか指導するか。決めるのはお前らじゃなくて俺だ」
いつのまに背後に立っていたマケナはそれだけ言うとさっさとレアとメロの真横を通り廊下の奥へと消えていった。
「……」
絶句するレアとメロ。
二人は驚きのあまりしばらくの間その場で立ち尽くしていた。