悪役令嬢役の婚約者
私の婚約者は誰から聞いても最も最悪な令嬢である。
なぜなら、頭は悪く、常に人を見下すような図々しい態度を取り、ゴテゴテとした宝石を身につけ、美人でもない顔を化粧で覆っているからだ。
しかしながら、私は常に違和感を感じていた。
彼女は無理をして最悪な令嬢を演じているのではないか。
彼女が実は本が好きな事は知っていた。休み時間に図書館の隅の誰もこないような場所で、難しい本を読んでいるのを何度か見たことがある。
一度何気なく図書室を歩いていた時に彼女を見つけた事があった。
彼女はパッと顔を上げ、こちらを見たと思ったら慌てて取り繕ったように本を適当に置き、本が邪魔な場所にあったから退かしただけだと言いながら走り去っていった。
思い出してみると、顔を上げた時の驚いた表情もいつも見ていた仮面のような顔では無かったし、本を戻すという行為自体、本来の彼女はするはずのない事だった。
そもそもこんな場所に退かしになんか来ない、という事は隠れて読んでいたとしか考えられない。
本は随分と難しい歴史の本であり、隣国の言葉で書かれてあるものだった。
この時から、無意識に彼女の目的を探るようになったのかもしれない。
彼女を観察していると分かった事があった。
人に話しかける時に、たまに気合を入れている。
更に、酷いことを言った後は悲しそうな表情をする時もある。
侍女への言葉は酷いながらも、気遣っているような場合もある。
また、お淑やかな令嬢を見ている時に羨ましいような表情をしているのだ。
そして、私を見る目。
私に好意を抱いていそうなのに、恐怖を感じているようにも見える。
舞踏会でベタベタと甘えて来るのが鬱陶しいと思っていたが、よく見ると辛そうにしている。嫌わないでと甘えているのではなく、甘えている行為に対して嫌わないでと訴えているように見えたのだ。
この違和感は一体何なのだろうか。
しかし、侯爵家の人々に聞いて見ても彼女は常に傲慢でわがままな態度に困っているとの回答をもらった。
それを私に言うのか、と思ったが口には出さないでおいた。
何故疑問に思わない。
何故気がつかない。
何故。
そう考えていたある日、1人で庭に足を運んでいた。
そこに居たのは1人の少女。
静かに涙を流しているのが分かった。
流石に放置は出来ないと声をかける。
「よろしければお使いください、涙を見てしまった事の罪滅ぼしです」
差し出したハンカチを驚いた顔で見つめる少女は、とろけるような笑みを浮かべた後、ありがとうございますと言って受け取った。
なにやら背中がざわついた。
あまり、この場所にいてはいけない気がした。
この少女が醸し出す雰囲気が良いものではない気がするのだ。
「では、失礼致します」
「待って!」
「はい?」
「申し訳ありません、声を荒げてしまって。お名前を、お聞きしてもよろしいでしょうか、お優しい方」
「…………ハイハルト・ロイスベークです」
「ロイスベーク侯爵家の方でしたのね、ご無礼をお許しくださいませ。わたくしは、マリア・ソートフェルと申します。今宵はありがとうございました」
私は微笑みと礼でその場を後にした。
ソートフェル男爵の令嬢だったのか。何やら気味が悪い令嬢だった。
できればもう関わりたくはないと思った。
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