第19話 忍び寄る闇
「ユーカ、妾が人間と和解したいと言ったらどう思う?」
ベッドに座っていたメリアさんがポツリと呟く。何故同じ部屋に居るかというと、メリアさんが
“夫婦なのだから共に眠るのは当然じゃ!
”
と頑して引かなかったのである。全く、大胆なんだかウブなんだか…それとも人肌が恋しいだけなのかもしれない
「そうですね、争いにならないのであれば、私は賛成です…でも現実はそんな言葉で変わりませんよ」
隣に座り、メリアさんを見つめる。ちょっとキツいかもしれないけど、魔族への偏見はちょっとやそっとじゃ変わらない…
「わかっておる……だが妾は戦争を止めたいのじゃ。もう同胞達が死に行くのを見たくない…妾達はただ静かに暮らしていたいだけなのだ」
「メリアさん…魔族と人間の争いって、人間から…なんですか?」
そう聞くとメリアさんはコクリと頷く。…だったら私達が聞かされてきた歴史は……
「人間どもは魔族領へと侵略してきたのがそもそもの始まりだ、何の警告も無しに攻めてきた。勿論こちらも黙ってやられるつもりはない、直ぐに反撃をした。生きる為には仕方なかった」
そう言い、メリアさんは目を伏せる。戦いをしたくないって言葉は本音だったのが伝わってくる。勿論信用はしていたけど
「戦況は此方が優勢だった…数は少なくとも魔法を使えるからな。焦った奴等は禁忌に触れた…何か分かるか?お主にも関係のある事じゃ」
私にも関係すること……まさか
「勇者召喚の儀…ですか?」
「あぁ、その通りだ。まぁ厳密に言えば異世界から人間を呼び出す事…じゃがな。奴等は先代の勇者…妾の義母様を呼び出したのだ」
そう言い、メリアさんは苦い表情を見せる……え、義母様…?
「え…えぇぇっ!?」
先代勇者がメリアさんの義理の母親?どういう事…?魔王を倒すのが勇者の使命なんじゃ…
「えと…あの…あうぅ…?」
「おぉ、混乱しておるのぉ…すまぬな、ちと話が長くなるから割愛するが、義母様が義父様に一目惚れしてしまったようでのぉ…」
「はぁ…一目惚れですか…」
メリアさんといい、先代勇者といい一目惚れする人が多いなぁ……
「妾も義父様も最初は疑っていたが、義母様の愛情は本物だった…次第に心を開き始め、そして結ばれた」
「ほぇー…何だかロマンチックですね」
「ふふ、そうじゃな。人間達の目を欺くために死んだということになっておるがな」
「へぇ……どういう方だったんですか?メリアさんのお義母様とお義父様は」
「義母様は強く美しく気高い、義父様は雄々しく厳格な人だった……二人とも妾の憧れじゃ」
そう言いメリアさんは懐かしむように遠くを見つめる、会ってみたかったなぁ…
「ふむ…義母様はまだ生きておる。偽名を使って世界を旅しておる……そのうちふらりと帰ってくるやもしれぬな…」
「じゃあ…その時に挨拶しなきゃ……同姓だけど許してくれますかね?」
「ふふ…大丈夫じゃ、義母様は理解のある人だからな」
「…大好きなんですね?お義母様の事」
「あぁ、世界で1番大好きな人“だった”…だが今は違う。好きな人には変わりないがな」
「へ?じゃあ…んっ」
“今の1番は?”と聞こうとしたが、キスをされてその言葉は音にならず消えていった
「ぷはっ……世界で1番大好きなのはお主じゃよ、ユーカ」
唇を離し、少し照れながら微笑んでメリアさんは言った。ドキリと心臓が高鳴るのを感じた…あぁやっぱり綺麗だなぁ…
「嬉しいです……私もメリアさんが1番大好き……いえ…あ、愛してます……っ」
この前はちゃんと言えたのに、いざ面と向かってとなるとやっぱり恥ずかしい…
「ふふ、ありがとうなユーカ…妾は幸せじゃ…」
そう言い、メリアさんはキスをして微笑んだ。それだけで心が満たされていく…でも一つ気掛かりがある
「メリアさん…異世界の人間を呼び込むのが禁忌と言ってましたよね?もし、この世界に異世界の人間が入り込んだら……どうなるんですか?」
「…召喚された人間、若しくは関わった者に災いが訪れると文献には書いてあった…」
「そう…ですか…じゃあいずれは別れなきゃならな…ひゃっ!?」
「馬鹿者…何を泣きそうな顔をしておる。お主は何があろうと手放さぬ…!災いなど妾達の愛で跳ね返してやろうぞ!…だから、そんな事言わないでくれ…っ!」
そう言い、強く私を抱き締める。体が震えている、顔は見えないが多分、辛そうな顔をしているだろう……自分の発した言葉を後悔した、この人は誰よりも淋しがり屋だと分かっているのに……
「ごめんなさい。貴女とならなんだって乗り越えられる…そう言ったのは私なのに…」
震える体に腕を回し、抱き返す。私に出来ることなんてこれくらいしかない…
「分かれば良い…何も心配するな、何があろうと妾が絶対に守ってやる…っ」
「はい…」
互いの存在を確かめるように口付けをかわし、強く抱き合うのだった
「あーもう!甘ったるい!何時までこんなもん見てなきゃなんないのよ!」
バフォメット様の命で監視を続けているが、何時まで経ってもイチャイチャと…!
「キィー!!羨ましいっ!」
私だって命令がなければバフォメット様と…っ!
「バフォメット様ぁ……うへへ」
「あ、あのー…リリス様…?」
「はっ!?ゴホン…な、何かしらメドゥーサ?」
部下の声に気付き、我に返る。危ない危ない、煩悩に支配されるところだったわ……
「人間共が魔族領へと侵攻を開始しました」
「それは確かなの…?」
「はい」
ふむ……これは不味い……いえ寧ろ
「良いタイミングかもしれませんね……戦の準備を。私はバフォメット様に報告しますわ」
「分かりました、兵士達に伝達してきます」
そう言いメドゥーサは駆けていった。さぁ…魔王よ、覚悟なさい…貴女の時代は終わりを迎えるわ……
「そしてバフォメット様の時代が始まるの……ふふふ、あははは!」