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4.夏

 あのあとアリスは、少し元気をなくしたようだった。

 昨日まで適当に漫画を読んだり遊んでいるだけだったのに、今日は真面目にテキストで勉強なんかしている。

 時々質問に答えたりするけど、あまり会話が弾むこともなくなった。いや、会話を弾ませるほど俺には英語力がないし、アリスには日本語力がなかったのだけど。

 夏祭りに行けないのがそんなに残念だったんだろうか。


    ・・


「ごちそうさま。ちょっと出てくる」

「あら、どこに行くの?」

「コンビニ」


 横目で見ると、アリスはおぼつかない手で箸を使い、プチトマトをつかもうと必死だった。

 なんだか、見ていて心が苦しくなった。

 コンビニで立ち読みをしても、なぜかアリスのことばかり考えてしまって内容が頭に入ってこない。あと数日でアリスは帰ってしまう。

……そうか。

 俺は雑誌を棚に戻して、レジの近くに置いてあったものを買い、家へと走った。


    ・・


 家に戻ってそのまま縁側の方へ行くと、アリスがいた。


「……オカエリ」

「ただいま」


 俺はアリスの隣に腰かけて、持っていたビニール袋の中身を見せる。


「花火、やらない?」


 アリスは大きな目いっぱいに涙を浮かべて、頷いた。


    ・・


 未だかつて、こんなにしんみりとした花火があっただろうか。

 俺は縁側に腰かけてぼうっと花火を見つめ、隣のアリスは号泣しながらただ花火を持っている。

 普通花火って、わーわー騒ぎながらやるもんじゃないのか。

 ほとんど同時に二人の花火が消えて、俺はアリスの手から燃え尽きた花火を取り、バケツへ放り込む。


「……寂しがるの、早すぎない?」

「……ゴメン……ナサイ……」


 アリスは泣きじゃくる。きっと夏祭りに行けないのが悔しいんじゃなくて、はっきりと日本にいられる日を再確認してしまったのが辛かったんだろう。

 俺も、なにも感じないわけじゃない。折角仲良くなれた気がするのに。

 今日が終わったら、もうあと二日しかないんだ。


    ・・


 それでも思いっきり泣いてすっきりしたのか、次の日にはいつものアリスに戻っていた。

 外はあまりにも暑かったので、古いゲームを引っ張り出してきて二人で遊んだ。誰かと顔を合わせてゲームをするなんて何年振りだろう。

 すごく、楽しかった。

 今度はいつの間にか、俺の方が寂しくなってきていた。

 明日にはアリスがいなくなってしまう。

 その日の夕飯のあと、アリスは俺の部屋にはやってこなかった。

 きっと荷造りやらなにやらで忙しかったんだろう。

 俺は自分の心を精神的ダメージから守るために、またオンラインゲームに没頭した。

 これまでのことはただの夢だったんだ。

明日は思いっきり寝坊して、起きる頃にはアリスはいない。

それで終わりでいい。


    ・・


「う……」


 いた、痛い……。なんか尖ったものが頬に……。


「オキテクダサーイ」


 聞き馴染みのあるカタコトの日本語が聞こえて、俺は飛び起きた。

 かすんだ目をこすると、そこにはアリスがいた。

 浴衣姿で。

 時計を確認すると、もう昼の三時を回っている。


「オハヨウゴザイマス?」

「お、おはよう……あれ、飛行機は? 時間……」


 アリスはその場にしゃがみこんで、指で俺の口をふさいだ。そしていたずらっぽく微笑む。


「This is bonus track」

「ぼーなす……?」

「あんたと夏祭りに行きたいからって、飛行機一日遅らせたんですって」


 襖から部屋を覗き込んでいる母さんがそんなことを言う。


「ちゃんとエスコートしてやんなさい」

「Shall we go?」


 そう言ってアリスが差し出した手を、俺はそっと握った。


    ・・


 正直嬉しかった。アリスがまだいてくれたことが嬉しかった。

 ただ、迂闊でもあった。


「え、外国人……」

「びじーん!」

「あれ外国の女優さんじゃない? ほら確か……」


 外国の女優さんというのは気のせいだが、アリスはとにかく美人で目を引く。浴衣も完璧に着こなしていた。

 その結果。


「おい、隣の男誰だよ……」

「あれは釣り合ってないね」

「どういう関係なのかさっぱりわからん」


 という声もあちらこちらから聞こえてくる。

 アリスは細かい日本語がわからない上、祭りの雰囲気に吞まれてうっきうきだったが、俺の足は重かった。


「Wow, that is WATAGASHI!」

「あ、うん……そうだね……」

「ダイジョーブ? キモチワルイ?」

「ああ、うん。ダイジョーブダイジョーブ」


 折角帰国を遅らせてまで来たんだ、楽しい思い出にしてあげなきゃ。


「綿菓子、買ってあげようか?」

「Really? Thank you so much!」


 アリスが喜んでくれたのは嬉しいが、腕に抱きつくのはやめてくれ視線が痛い。

 しばらく空元気で頑張っていたが、さすがに疲れたので屋台から離れたところにあるベンチに腰を下ろす。

 俺がうつむいていると、アリスがじゃがバターを箸で取って俺の口元に持ってきた。ぷるぷると震えていて今にも落ちそうだったので、恥を捨ててあーんに応じる。


「オイシイ?」

「うん、美味しい」

「It’s my pleasure」


 アリスは得意気な顔をしたあと、またじゃがバターと格闘し始めた。

 喧騒から離れると、楽しそうな人たちの顔や提灯の明かりが良い雰囲気だった。俺からするとこれくらいの距離感で楽しむのがちょうどいい。


「楽しい? ……っておい」

「……タノシイ」


 ちょっと目を離した隙に、アリスはまたぐずぐずと泣き出していた。それ以上じゃがバターの塩分を増やしてどうする。

 俺がハンカチを差し出すと、アリスは遠慮なく鼻をかんだ。もういいよ好きにしなよ。


「サミシイ……デス……」

「そりゃ……俺だって寂しいよ。でも……今生の別れってわけじゃないって」

「コンジョウ……?」

「えーと……。シーユーアゲイン」


 そう言うと、アリスはじゃがバターをベンチに置いて、俺の首に腕を回して抱きついてきた。右肩にアリスの熱い息がかかる。

 どうせ誰も見ていまい。見られても、気にしない。俺もアリスの腰に手を回した。


「ありがとう。なんか、久しぶりに人と接して楽しいって思えた」

「アリガトウ……アリガトウ……」

「うん……。また遊びに来なよ。それまでにもうちょっと、英語勉強しておく」


 アリスが顔を上げて、俺のファーストキスは奪われた。

 とても熱かった。それしか覚えていない。


    ・・


 それからしばらくは夏の来ない年が続いて、その間世界は色々なことがあり、混沌としていった。

 だけど俺が学校をなんとか卒業し、大学に行って、社会人になった頃。

 またとびきり暑い夏がやってきた。

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