3.タイムリミット
「あ、それ俺のカロリーエイト!」
「ナマエ、ナイデース」
「あんたは自分の食べ物全部に名前書いてんのか! 返せ――」
カロリーエイトの窃盗犯を捕まえようと家の中をドタバタ走り回っていると、いつの間にかパートから帰ってきていた母さんに鉢合わせた。
瞬間冷凍されたようにその場で動けなくなる。
「なにしてるのあんた……」
「あ、いや……」
アリスのいた方を見ると、廊下の曲がり角から顔を覗かせ、カロリーエイトをこれ見よがしにポリポリ食べていた。
「おいいいい」
俺はもう親の目などお構いなしに走り回った。
・・
「どうですか、日本は」
「アー、トテモ、スバラシイ。タノシイ」
「それは良かった」
食事の席ではやたら清楚に振る舞うアリス。騙されているぞ親父。
「お前、なにかしでかしてないだろうな」
「な、なにかってなんだよ……」
「上手くやってるみたいよー?」
母さんめ余計なアシストしやがって……。
「No problem! He is so gentle to me」
なんだそれは嫌味か。ちらっと横を見ると、アリスは満面の笑みでこちらを見ていた。嫌味か。
「それならいいんですが……。お前、どうせ暇だろう。明日は近くを案内してやりなさい」
「え、明日もクソ暑いのに……」
「クソアツイ?」
「こら、変な言葉を使うな」
「ベリーホット」
「ナルホド! クソアツイ!」
親父は頭を抱えた。やったぜ。
・・
翌日、俺は仕方なく近くを案内することにした。
最初に海にやってきたが、太陽の光を浴びて砂浜が鉄板のようになっており、サンダルを履いていても歩きたくないレベルだったので退散。近くの山にやってきた。
山道にある古びた木のベンチに腰掛ける。ここは木陰でそれなりに涼しいし、今は人通りも少ないから誰かに目撃されることもないはずだ。
アリスは鼻歌を歌いながら、背負っていたギターケースを下ろし、中からアコースティックギターを取り出す。簡単にチューニングをしてぽろぽろと弾き始めた。
「……音楽好きなの?」
「Yes. I love music」
「歌手になりたいとか?」
「ンー」
アリスは恥ずかしそうにはにかみながら視線を泳がせる。
「Yes. But my parents seem to be opposite」
「えっと……」
「オトウサン、オカアサン」
続けて、アリスは自分の指でバツを作る。両親には反対されてるってことか。
「……もしかして、留学してきたのも?」
アリスは珍しくうつむき加減で頷いた。
「トオク、イキタカッタ」
「そっか……」
そういえば、アリスがなにを思っているかなんて考えたこともなかった。アリスはアリスで辛い思いもしているんだろうな。
「……なにか、歌ってみてよ。シングプリーズ」
アリスは顔を上げて、その大きな目でこっちを見た。それから口元に笑みを浮かべる。
大きく息を吸い込んで、ギターを弾き始めると同時に歌い出した。
キラキラとしたギターの音と伸びやかな歌声が、木々のざわめきと共に森の中に満ちていく。
歌うアリスの横顔は俺がこれまで見てきたどんなものよりも綺麗だった。
曲が終わって、俺は思わず拍手を送る。
「Thanks」
「いや、良かったよ……うん……グッド……」
アリスは汗ばんだ顔でにっこりと微笑み、拳を突き出してきた。俺は少し遅れて、自分の拳をアリスの拳にこつんと当てる。
その時、遠くの方で男の人の怒鳴り声のようなものが聞こえた。
「What’s?」
「ああ、大丈夫。近くの神社で夏祭りの準備してるんだと思う。フェスティバル」
「Festival!?」
あっ、しまった。
「I want to go Japanese festival! Please!」
「いや、でもその……」
「オネガイシマース!」
アリスは俺の手を取って頼み込んでくる。
「いや、まぁ……いいけど……」
「オー! アリガトー!」
俺の手を握ったまま、アリスはぶんぶんと手を振った。
「あ、でも……アリスっていつまで日本にいるの?」
「?」
「えーと……ハウロングステイ?」
「Ah...3 days left」
「スリー……それって、祭りの日だ……」