2.ただ友だちになりたくて
本当に二人で家に残されてしまった……。
なるべく平常心を保ちながらオンラインゲームをプレイするが、なぜかアリスは俺の部屋でごろごろしながら漫画を読んでおり、全然集中できない。
あまりにもミスを連発するので、自分からパーティーを抜け、大きく息を吐いた。
「Excuse me?」
俺が一息つくのを待っていたように、アリスが声をかけてくる。
見ると、漫画のページを指さして「What this mean?」と聞いてきた。気を遣ってくれているのかわからないが、なんとか意味がわかる英語だったので、隣に行ってページを見る。
「あー、えーと……んー……」
日本で少し前に流行ったギャグのパロディのシーンだったのだが……それをどう英語で説明したらいいかわからない……。
「Umm?」
「じゃ、じゃぱにーずじょーく……」
「Oh, I see」
なんとか伝わったようで、頷きながらまた漫画を眺め始めた。文字は読めるんだろうか。
というか、なんて無防備な恰好なんだ……。Tシャツにショートパンツだけって……。なんか良い匂いもするし……。
「What this?」
「えっ! あっ、えーと……」
俺がまたページを確認しようとすると、アリスは急に笑い出した。
「ど、どうしたの……」
「I’m sorry. But interesting that your action!」
アリスは俺が無意識にやっていたらしい身振り手振りのアクションを真似して笑っていた。
なんだ、この人も俺をからかって笑いたいだけか。
急に気持ちが冷めて、俺はまたPCの前に戻った。
「アー、ゴメンナサイ……」
カタコトの日本語で謝ったあと、英語でなにか言い訳めいたことを言っていたが、俺には意味がよくわからなかったのでヘッドホンをする。
そっちだってカタコトの日本語しか話せないくせに、下のやつがいたら馬鹿にするのか。
俺は考えるのをやめて、日課のクエストの消化を始める。
しばらくして、急に視界の端から白い手が伸びてきて、俺は身をすくめた。それから背中に温かさを感じる。
これは……どう考えても後ろから抱きつかれている状態だった。
びくっとしてしまったのが恥ずかしかったけど、気にしないフリを続けてゲームを続ける。操作はガタガタになったが。
すると今度は、ヘッドホンが片方ずらされた。
「I’m really sorry. It’s just a wanna be friends with you」
耳元でそう囁くと、アリスはそっとヘッドホンを戻して部屋を出ていった。
何事もなかったかのように操作ミスをパーティーメンバーに謝るも、心拍数は跳ね上がったままだった。
・・
その日は夕飯に顔を出すのが気まずくて、買いだめしておいたカロリーエイトで済ませた。
居間からは楽しそうな話し声が聞こえるけど、なにを話しているかまではわからない。
なんとなくゲームにも身が入らなくて、俺は布団に倒れこんだ。
いつまでいるんだろう、あの人。
歌が聴こえた。それからギターの音も。
いつの間にか眠ってしまっていたらしい。服が汗でべたべたして気持ち悪かった。
身体を起こして、シャワーを浴びようと着替えを準備していると、やはり歌が聴こえる。
着替えを持って静かに襖を開ける。顔を出すと、縁側の端にアリスが座っていた。アコースティックギターを抱えており、弾き語りをしているようだった。
こんな時間に迷惑な……と思いかけたが、いつの間にかその歌声に聞き入ってしまっていた。透き通った綺麗な声だ。
最後にギターをぽろんと弾いて曲が終わる。そのままなんとなく余韻に浸っていると、不意に「Hey boy」と声をかけられて、俺は襖にガタガタとぶつかりながら部屋の中に倒れこんだ。
「Are you all right?」
「お、おーらい……」
我ながら酷い情けなさだ。
・・
俺はなぜか縁側に座っていて、左隣には蚊取り線香があり、右にはアリスがいた。
近くの海から波の音が聞こえてくる。蒸し暑い夜だったが、時折吹く風と風鈴の音も相まって、とても心地良くはある。
しかしどうしたらいいんだ。
アリスは隣で足をぶらぶらさせながら黙っているし、両親はおそらくもう床に入っているだろう。俺も何気なく自室に戻って寝るべきか。
そんなことを考えていると、アリスが唸りだした。
「ンー、ゴメンナサイ。ゴメンナサイ」
「ああ、いや……ノープロブレム。アイムソーリー」
これまた情けないことだが、一度寝たらさっきまでの怒りも忘れてしまった。
「アリガトー」
「わっ……」
アリスは感謝を述べながら抱きついてきた多分ハグってやつなんだろう外国ではこれくらい普通なんだろうか。
「あ、汗臭いって……」
「?」
「スメル、スメル……」
「スンスン」
「ちょ、ちょっと!」
俺が押しのけると、アリスは上目遣いで悪魔的な笑みを浮かべる。それからサンダルを引っかけて庭を歩き……まさか。
アリスがこちらに向けたホース。そこから噴き出した水を回避できるほど、俺に運動神経はなかった。
「ぶわっふ! ちょっ!」
「Stop me if you can!」
そう言われたら黙ってはいられない。俺は水を両手で弾きながら、なんとか立ち上がってアリスの方へ向かっていく。
当然アリスも素直に捕まってくれるわけもなく、楽しそうな声をあげながら庭を逃げ回った。
このままではキリがないので、意を決する。俺は怒られるのを覚悟で、思い切り走ってアリスに飛びついた。
アリスと俺は、短い悲鳴と共に庭の花壇に倒れこんだ。その時ホースが暴れて、アリスも思いっきり水を浴びてしまった。
目の前には、水で髪が頬にはりついた美女の顔。
俺が見入っていると、アリスは堪えきれなくなったように笑って、すぐに手で口を押さえる。
「ゴメンナサイ」
「ああ……いいですよ。こっちこそ子供みたいに拗ねてすいません……」
つい全部日本語で喋ってしまったが、謝ってる雰囲気は伝わったのか、アリスはまた笑顔になってぽんぽんと頭を撫でてくれる。
「How do you feel?」
「あー、グッド」
汗はすっかり流れ、蒸し暑さもなくなっていた。