ちょっと一息幼少編 カズと莉愛
「 この男の子凄い量よんでるぬーん」
莉愛は目の前の男の子の視線を合わせないようにしながら、でも盤面をカズが見ているときは目線を追って何を考えてるのかだけを思い浮かべていた。
子供だけに使える一種のテレパシーのようなものだろうか、将棋で相手の考えが読めるならほぼ無敵である。前回の女流棋士相手に勝ったのも相手の読んでいる手を盤面の上でなぞるだけの簡単なお仕事である。
「 このままじゃ負ける」
後手のカズは自分の歩の前に△7八銀と打ち込んだ、筋も悪く強引な手、劣勢である。
▲同銀△同歩成▲同金△5六桂▲同歩△5七金▲2三歩△1二玉▲6八桂△7七銀・・・一本道で先を読む
「 相手の読みがすっきりして分かりやすいから楽勝ぬーん」
莉愛は余裕モードになっていた。カズが指されたくない手が先の先まで見えている。
カズの読み通り盤面は進み、莉愛は間違えない、カズはどんどん死の宣告に近付く、成す術もなかった。全くの読み通りに盤面が進むものだからカズも莉愛もノータイムである。
「 何かないか?何かないのか・・・あれ?」
「 どうしたぬーん?」
目の前の男の子の思考がいきなり読めなくなった、というかカズの思考回路が停止しているのだ。どうやら金と銀を間違えて打ってしまったようだ。
「 なんかさらに楽勝になったぬーんwww」
局面を再度見直す。上から抑える駒が金と銀が入れ替わっただけだったが即詰みが発生したようだ。
「あれ?なんか勝っちゃってる!」
△6八金からの詰めろが△6八銀からの詰めろに変わっただけなのだが、持ち駒が変わったために受からなくなっているようだ。さっきまでは▲6八桂で受かってたはずなのに・・・
他に受ける手あるのかな?▲7九角で受かるのかな?
「 ちょっと待つんだぬーん」
莉愛はカズの思考を読みながらこれに賭けるしかなくなっていた。
「 見落としで勝つとかこの子どういう子なんだぬーん?」
仕方のない▲7九角の瞬間カズの脳内の声が聞こえてくる。
「 △7七角成△7七角成△7七角成△7七角成△7七角成△7七角成△7七角成△7七角成△7七角成」
受けてみたもののノータイムで△7七角成と来る、もうカズは読んでない。受け無しだ。一回合駒出来るけど△7八馬で先手は指す手がないから勝ちだ。カズの顔は紅くなっていた。もう少し莉愛が粘ったらもしかしたら反則負けしていたかもしれないし、△5七金の詰めろに▲2三歩と1回王手をしていたとしても王手を避けずにカズはうっかり「王手!」と来ていたかもしれない。
「 うはwww初戦敗退とかないぬーんwww」
莉愛はここまでノータイムで指してきたが最後の最後に自分で読むことになった、必至で受けが無い。
そしてそのまま時間切れ負けとなった。
「 りあちゃんそこどいてくれる?舞とカズくんで次指すんだよ?」
莉愛は力なくふらふらと会場を後にした、敗者復活戦もあったのだが莉愛はそれどころでは無かった。
「 やっちまったああああああ」
数十分後、会場でカズの声が大きく響いていた。舞の思い出王手を避けずにカズが必至を掛けたのだ。
きょとんとして王を取る舞、その様子をきょとんと見るカズの図がそこにあった。
そして一時間後
「 まいりました、ありがとうございました」
舞は沖に負け、沖は決勝で箱に負けることとなった。
箱は賞状と小さな盾を貰い片手に両方抱えるとカメラに向かってVサインをした。
「 あれ?そういや噂の台風の目はどうなったんだ?まあいっかw」
今年の将棋大会小学生低学年の部は女流棋士との記念対局に二枚落ちで挑んだが負けてしまい大した話題にもならなかった。新聞には優勝した箱くん(小2)と小さく写真と記事が掲載された。