前編
「ねえタクト、ゲーム実況って知ってる?」
ある日突然、姉貴が俺の部屋に入ってきて言った。
「いや……知らないけど。つーか勝手に人の部屋に入るなって何回言ったらわかるんだよ……」
「知らないのねっ! そーかそーか」
姉貴はわざとらしく頷いている。
俺は今、ベッドに座ってテレビゲームで遊んでいたところなのだが、突然こんな状況になったため、ひとまず中断した。
「それじゃ、ちょっとパソコン借りるわね!」
「え……? あ……ちょっ……」
姉貴は机の上に置いてあるパソコンを持ってきて俺の横に座り、勝手にイジり始める。
自分の姉ながら、なんてデリカシーの無い人なんだ……。
「ねータクト。パスワードはー?」
「教えるかッ!!」
俺はとりあえず、姉貴に画面を見せないようにロックを解除した。
大丈夫、目に着くところに変なものは置いていない。大丈夫……のはず。
「……何よ、近いわね」
「あのな……そりゃ俺のパソコンを姉貴が勝手に操作してるんだから、当然だろ」
見えない所で操作されるのは何か嫌なので、俺は姉のすぐ横から画面を覗き込む。
「タクト、なんか好きなゲーム言ってみ?」
「なんだよ突然……」
「いいから」
好きなゲームと訊かれても、急にタイトルが浮かぶほどのゲーマーじゃないしな……。とりあえず、今やってるゲームのタイトルでも教えておこう。
「あ……今やっているのとかは無しよ? ネタバレしちゃうからね」
「なんだよそれ……」
「前にクリアしたことがあるゲームとか、思い出に残ってるゲームとかがいいわね」
結構注文多いな。
俺は言われた通り、記憶に残っているゲームのタイトルを姉貴に伝える。
「オッケー。ちょっと待っててね……」
姉貴は、動画サイトの検索欄にゲームタイトルを入れ、スペースで区切った後、"実況"と入れた。
「ゲーム実況……だっけか? それって動画なのか?」
「そうよ。すっごい面白いんだから!」
グッと親指を突き出して言う。
俺……人に薦められた動画を見るのはあんまり好きじゃないんだけどな……。
「これなんかどうかしら。この人は素朴な実況をする人だから、最初に見るのにはピッタリだと思うわ!」
いつもテンション高めの姉だが、今は特にテンション高い。そんなにゲーム実況とやらが好きなのか。
姉貴が動画の再生を始めると……ゲームのオープニングが始まった。
そして、知らないオッサンの声が聞こえてきた。な、なんだこれ……。
「この人は声がオッサンっぽいと言われているけど、まだ20代前半らしいわ」
「へぇ……」
姉貴は慣れているから平然と見ていられるのだろうけど、俺はこんなの急には受け入れられない。
なんでゲームの映像や音楽と、知らないオッサンの声を同時に聴かなくてはならないのだろうか。
「どう……?」
「いや、どうもこうもないっていうか……」
正直、苦痛だと思った。
……のだが、ゲーム自体に思い入れがあるため、見ている内に、徐々に懐かしいなぁとも感じ始めた。
それから数十分後。見始めた時のような不快感は無くなっていた。
「どう? 面白かった?」
「まだ何とも……。とりあえず、次見てみる」
「そっか、じゃあアタシは自分の部屋に戻るわね。それじゃ、ごゆっくり〜♪」
姉貴が自室に戻った後も、俺はゲーム実況を見続けた。不思議と、次へ次へと見てしまう。何か魔力でもあるのかと思ったくらいだ。
「んー……」
いつの間にか、数時間が経っていた。伸びをすると、背中がポキポキと小気味の良い音を上げた。
――ガチャ
「タクトー、ご飯よー」
「だからなんでノックもしないで入ってくるんだよ、姉貴……」
「いいじゃないそれくらい。姉弟なんだし」
俺が姉貴の部屋にノックせずに入ると、遠慮なく殴ってくるクセに……。
「なぁ姉貴」
「ん、何よ?」
「ゲーム実況って面白いな」
「でしょっ!」
ドキッとするくらいの笑顔を返してくる姉貴だった。
それからは暇な時間があるとゲーム実況を見るようになっていった。
学校の授業中でも動画のことを考えたりして、お陰でなかなか充実した日々に感じる。
後日姉貴が自分の好きな実況者の動画を薦めてきたのでそれを見てみると、これまた面白くて。もう俺はすっかりゲーム実況にハマってしまった。
「タクト、アンタ最近ゲーム実況ばかり見ているわね。もしかして、誰かの影響かしら? フフフ……」
間違いなく姉貴の影響だけど、それを言ったら姉貴は調子に乗るからやめておこう。
「そういえば……姉貴はゲーム実況のこと、誰に教えてもらったんだ?」
「ん? そりゃあアレよ。自分で見つけたのよ」
にわかには信じがたい話だけど……でも嘘をついていないことはわかる。俺はこの人の弟だから。
「自分で……ってどういうキッカケで?」
「動画サイトで何の気無しにゲームのタイトルを入れたら、色々な動画があったからいくつか再生してみたのよ。そしたら、それが実況プレイ動画だったってわけ」
……なるほど。
「それって何のゲーム?」
「え……。知ってどうするのよ?」
少し言いづらそうだな。何か事情があるのだろうか。
「いや、別に。ちょっと気になっただけだよ」
「……アンタも知ってるゲームよ」
姉貴はいつものように俺のベッドに遠慮なく腰掛けて言った。
「へぇ。それはますます気になるな」
「……マルオカートよ」
マルオカート……超有名なレーシングゲームだ。俺達姉弟にとってはそれだけじゃないけど。
「それって、俺達が最後に遊んだゲームだよな」
「そうね。偶然ね……」
俺と目を合わせないことから察するに、偶然ではないようだ。
……いつからだったか、俺達姉弟は二人で遊ぶことが無くなった。それどころか、姉貴が突然部屋に入ってくる時以外はほとんど顔も合わせないような距離感だ。
しかし特に気まずいってわけではない。──と言っても、年頃の男女ってことでお互い変に気を遣っている部分はあるが。
「んで、マルオカートの実況はどうだった?」
「そりゃあもちろん面白かったわよ! ……アンタと遊んでた頃みたいにね」
楽しそうに言うが、途中からトーンが下がった。
姉貴はもしかして、寂しがり屋なのだろうか。
「あのさ、久々に一緒にゲーム……やる?」
「えっ……べ、別に良いけど」
少し気まずい雰囲気の中、俺が持っているゲームを二人で遊び始めた。姉貴は姉貴で自分のコントローラーを持っているため、それを持ってきてもらって協力プレイで。
しかし久しぶりの協力プレイは少したどたどしくて、そこに誰かが居合わせたらすぐさま立ち去りたくなるような、微妙な空気感だった。
「ゲーム実況で上手いプレイを見たせいで、ハードルが上がってる気がするな……」
「そうね……あまり上手くいかないわね……」
(ダメだ……気まずい……!)
耐えかねた俺は協力プレイをやめて対戦プレイを始めた。
するとどうだろうか、今までお互いに足を引っ張らないように気をつけてプレイしていたのが、敵同士になることによって迷いが消え去った。
……そうだ、対戦において遠慮は負けを意味する。俺達は姉弟である以前にゲーマーだ。ゲーマーは対戦で手を抜かないのだ。
「いくぞ姉貴!」
「あ……待って! 今切り札使うところだから!」
「待ったなし!」
気づかないうちに、俺達の間にあった溝は埋まっていた。
ゲーム実況もいいけど、こうやって実際に人と遊ぶと、ゲームってすごく楽しいものなんだな……と実感する。
「なんだか、子供の頃に戻ったような気分だわ」
しばらく遊んだ後、俺がゲーム機を片付けていると、姉貴が独り言のように言ってきた。
「そうだな。なんだかんだで俺達は全然変わってないな」
「こうして複数人でゲームしたのは久しぶりだけど、ゲーム実況見ていると、一人って感じじゃなくなるのよね。不思議と安心するっていうか……」
「あ、それわかる。実際は画面を見ているだけなのにな」
動画というのは、もしかしたら、独りの寂しさをごまかせるものなのかもしれない。だからこそ面白いんだけど、現実を過ごしている感覚では無いな。
っていうか姉弟揃って動画で癒やされているって……どれだけ友達少ないんだよ。
「ねぇタクト……」
「言わなくてもわかる。多分俺も同じことを考えていたから」
たまにはこうやって遊ぶのも良いと思った。それはきっと姉貴も同じだろう。
「そっか、じゃあタオルとか準備してくるね」
「……待て。予想と全然違った。姉貴はいったい何を考えてるんだよ……」
「一緒にお風呂入るんじゃないの?」
「んなことするかっ! 姉貴、来年から大学生だろ……。子供じゃねーんだから……」
というか、ゲームで遊んだ結果から、どうしてそういう考えに至ったんだろうか。
「冗談よ♪ また今度ゲームで遊ぼうって言いたかったのよ」
「タチの悪い冗談だな……。まあ、そういうことなら相手になってやらないこともないけど」
「素直じゃないわねー。昔はあんなに素直だったのにね。お姉ちゃんお姉ちゃんっていつも着いてきていたわよね」
「昔の話をするなよ……」
何はともあれ、俺達のわだかまりはゲームを通して解けたのだった。
それから半年後。姉貴は大学に進学した。
実家からはかなり遠いところにあるらしく、そのため姉貴は大学の寮で暮らすことになった。
それを俺が知ったのは入学の1ヶ月前のことだった。なぜそんな直前まで言ってくれなかったのかはわからないが、恐らく姉貴なりの配慮なのだろう。実際、姉貴が家から居なくなるんだって知った後の俺は、姉貴との会話もぎこちなくなってしまったし。
問題はそれからだ。俺はシスコンではないと思っていたのだが、居なくなるとやはり寂しいものだった。そしてそんな寂しさを紛れさせてくれたのはゲーム実況だった。
「もうこんな時間か……」
夜遅くまでずっと動画を見て、それから寝て起きて、学校行って帰ってきて、また動画見て……の繰り返しになっていた。
自分は何をやっているんだろう。
ベッドに寝転がり、仰向けになって、蛍光灯の明かりを手で隠す。
「もう、勝手にドア開けて入ってくるやつはこの家の中に誰も居ないんだよな……」
身体を起こしてじーっとドアを見つめてみるも、何も起こらない。
不思議なもので、動画を見ているとあっという間に時間が過ぎていくのだが、こうやって何もしていない時は、時計の針の進み方もゆっくりに見えてくる。……どちらの方が、無駄な時間なんだろうか。
娯楽って、頑張った自分に与える褒美なのかもしれないな……と思った。俺は何も頑張っていないから、ただ虚しいだけなんだ──と。
自分のやりたいことに全力を費やしたら、ちょっとは楽しく過ごせそうなものなのだが。
「……やりたいこと……か」
何も浮かばない。好きなものって言ったら、ゲームくらいしか無い。
…………ゲーム……?
「……そうか……! 俺自身がゲーム実況をやってみればいいのか!」
グッと拳を握りしめた。
そして、途端に俺は、ワクワクし始めた。あれだけ面白いことを自分でやるというのは、とてもドキドキワクワクするものだ。
その日から、実況を始めるために必要な知識や機材を勉強することにした。ネットは便利なもので、動画は見られるし、わからないことなら調べられるし、商品だって注文できる。
「うわ……見慣れない言葉ばっかりだな……」
実況初心者用の解説サイトを見ると、キャプチャーボードとかアスペクト比とかエンコードとか、わけわからない言葉が多すぎる。
っていうか急に不安になってきたぞ。これ覚えるのって、学校の授業の内容を覚えるのと同じくらい面倒なことなんじゃないか?
覚えきったら誰かに褒めてもらいたいよ。
「……そっか、実況者ってこんなにいろんなことを覚えてやってたんだな……」
動画を見ただけではわからない陰の努力を感じた。
やり方を覚えるには、必要なものを揃える必要があるので、まずはキャプチャーボードとか言うものをネット通販で注文した。
俺が注文したのはキャプチャー"ボード"という名前からは想像できない形状のものだった。
「これ……ゲーム機とテレビを繋ぐケーブルと同じようなものだな」
キャプチャーボード側の黄、白、赤の三色のケーブルと、ゲーム機の三色ケーブルを繋げばいいらしい。反対側のUSBケーブルはパソコンに繋ぐわけだな。なんだ、簡単じゃないか。
だが、ゲーム機とパソコンを繋ぐだけで録画できるわけじゃないらしい。録画するのには専用のソフトウェアが必要だとか。
録画ソフトがあっても、キャプチャーボードのドライバーだとかなんだとか色々気にすることはあるらしいが、とりあえずネットに書いてあるとおりにしてみよう。
「おおぅ……う、映った……!」
パソコンの画面にゲーム画面が映っていることにちょっと感動を覚える。すげー、テレビ無くてもパソコンにつなげてゲーム出来るじゃん。
しかし、録画ソフトはキャプチャーボードに付いているものでは画質が良くなかったり、使い勝手が悪かったりするらしいので、別のものを用意することにした。
──って気づいたらキャプチャーボードという言葉、使いこなしてるな、俺。まあ日常生活で絶対に使わないけど。
「次は……マイクか」
自分の声を録音するためのマイクは、明日届くことになっている。それまでに画面の撮影になれておこう。
――ピピッ
録画を開始して、ゲームをプレイしてみる。普通に続きを遊ぶのもなんだし……こういうときは何を遊んだらいいのだろうか。
戸惑いながらも撮影は無事成功した。ただ、動画は撮れたのだが、このままでは動画サイトに投稿することはできないらしい。
「今度は編集ソフトか……」
撮影した動画を編集して、エンコードする必要があるらしい。エンコードの意味は知らないが、それもまた別のソフトを用意すればいいらしく、その後もネットの情報を頼りに進めて行ったら、わけわからない言葉をいつの間にか突破していることに気づいた。
「854で、480……か。この数字は重要そうだな」
数日かけて一通り収録の準備を整えた俺は、妙なこと口にしつつ、ゲーム実況の収録をやってみることにした。
今日は記念すべき日だな。6月の中旬という微妙な時期だけど。
まだまだわからないことだらけで、収録した後には編集もしなくてはならない。しかも初回だからめちゃくちゃ緊張する。
……だけど、ワクワクが止まらない……!
☆
ゲーム実況というのは、そう簡単な世界では無いらしい。
俺が見ていたのは、何百万回も再生されるような実況者の動画だ。……しかしその後ろには何十人も、何百人も──いや、何千人もの陽の当たらない実況者達がいたんだ。俺も当然その一人だ。
ゲーム実況を始めて2ヶ月が経った。もうすぐ夏休みも終わり頃だ。
「ダメだな……。だーれも見てくれない……」
俺は顔を机に伏せてウンウン唸っていた。どうにかならないものか……と。
俺の当初のイメージでは、一気にズガーンと数万回くらい再生されて脚光を浴びるはずだったのだが、実際の再生数は1桁である。むしろ誰なんだこの数人の視聴者は。
でもまあ、まだ2ヶ月だもんな。これから先……きっと良くなるはずだ。
……と思っているうちに、さらに2ヶ月が経った。
「姉貴とゲームするようになったのは……ちょうど去年の今頃だったっけか」
風呂に入りながらそんなことを考える。
そういえばあの時、姉貴は一緒に風呂入るかって、変なこと訊いてきたんだよな。なんか遠い記憶のように感じるぜ……。
姉貴……どうしてるかな。
『ゲーム実況』を教えてくれたのは姉貴だった。だから、もしかしたら姉貴が俺の動画に気づくかもしれないって思っていたけど、もし見つかっていたら連絡をよこしていただろうな。だが、自分から言うのは絶対にありえない。
再生数一桁じゃ、姉貴に堂々と言えるわけがない。
「ハァ……バカだな……俺」
動画を見ていただけの頃と何も変わっていない。むしろ現状に不満がある分、前よりも悪化しているように感じる。
俺がやっていることに、意味なんてあるのだろうか……?
★
「ありがとね……わざわざこんな遠いところまで来てくれて」
「いいのよ。病院の中って退屈でしょ? 私で良かったら、いくらでも来てあげるわよ!」
「ふふふっ。ミユちゃんの笑顔を見ていると、不思議と元気をもらえるね」
「そう? 大学では能天気ってよく言われるわ」
大学に通い始めて7ヶ月。私は友達が入院している病院に来ていた。
友達の名前はユリ。もともと身体が弱いらしいけど、夏休み前までは普通に大学に来ていた。だけど、夏休みの途中から体調を崩し始めて、今はこうして入院生活を送っている。
「ねえユリ。前に薦めたもの、覚えてる?」
「それって、ゲーム実況のこと?」
「ええ。見てくれた?」
正直、ゲーム実況っていうのは病院の雰囲気にはそぐわないと思う。……だけど私には、暇を潰せるものはそれしか思いつかなかった。
「見たよ。私、普段ゲームはしないんだけど、面白かったよ♪」
笑顔で答えてくれた。
良かった。ゲーム実況はやっぱりすごいのね。どんな人でも必ず面白いと思える動画が存在すると思うし、ゲームだからこそ身近で、ちょっと非現実的な体験ができるのよね。
「ねっねっ、どういう人の実況を見てるの?」
「タクトさんって人の動画だよ?」
「え……っ」
奇遇だ。私の弟の名前もタクトだから。弟と同じ名前の実況者さんがいるというのは、なんだか複雑な気分だった。
「今年の夏頃から始めたみたいだよ?」
「へぇ……始めたばかりなのね。人気あるの?」
「人気って……?」
「再生数多いの?」
「うーん、少ないかもしれない」
いまいちハッキリしないので、私はユリのパソコンを開いた。
「あの……どうしたの、ミユちゃん?」
「パスワード教えて!」
「えっと……galileo」
なんでガリレオ?と、ちょっと疑問に思いつつ動画サイトを開き、視聴履歴を見てみると、再生数一桁の動画が並んでいた。
「よくこんな人気無いやつと出会えたわね……」
「人気無いなんて言ったら失礼だよミユちゃん。私の中では一番人気だよ?」
この子、天然だからなぁー……。まあ、そこが良いんだけど。
「……ん? この人マルオカートの実況してたんだ……」
「うん。私、ゲームのこと全然知らないから、ミユちゃんがよく言っていたそのマルオカートっていうので検索してみたら、タクトさんの動画が出てきたの」
出てきたの……って平然と言ってるけど、なかなか誰も見ないわよ、こんなに再生数が少ない動画なんて。恐らく、検索時はこの動画を投稿したての頃だったから一番上に出てきたのだろうけど。
「まあ好みは人それぞれよね。楽しいならいいわ」
きっと、もっと楽しめる動画は山ほどあるだろうけど、それを薦めてユリがそっちの方ばかり見るようになったら、タクトって人も可哀想だからやめておこう。
★
「ただいまー」
「おかえりなさい」
学校から帰ってくると、リビングの方からお袋が返事してきた。実に平凡だ。平凡すぎる。ゲーム実況者と言ったって、結局は一般人なんだなって感じた。
部屋に行き、椅子に座り、パソコンを開く。インターネットを使って開くページはもちろん動画サイト内の自分のページ。最近投稿した動画の情報がいくつか表示されているが、どれも再生数が少ないままだ。突然数が増えるのも怖いが、かと言って何もないというのもつまらない。
誰もがこんなものなのか?と思い、SNSを開いてみる。すると、実況を初めてまだ3ヶ月ばかりというやつが、色々な人に応援されているのが目に入った。ファンの人から日々、イラストやら応援メッセージやらが届いているみたいだ。なんか、すげームカつく。
こういうやつは、自分から自分の名前を売るために、人に接触しているようなやつなのだろうと思った。俺は意地でも自分から人をフォローしないつもりでいた。向こうから来るならいいが、自分から見てくれと言うなんて、セールスマンのようなものだ。
だが、実はこの人は、もともとカリスマ性がある人なんじゃないだろうか。でなければ、いくら人に薦めたところで、そうそう人気なんか得られない。──とそこまで考えて、俺はパソコンを閉じた。
人がどんな方法で人気を得ようが関係ない。何にしたって俺に人気が無いのは事実なんだ。
☆
風邪を引くと、実況はできなくなる。何か喋るごとに咳込んでいては、見るに耐えないからだ。冬のはじめに風邪を引いてしまった俺は、一応SNSでそれを報告することにした。もちろん誰も何の反応もしないだろうと思いながら……だ。
だがその夜、熱冷ましのシートを額に付けて寝ていた俺は、妙な時刻に起きた。妙な時刻と言っても、いつもならテレビでバラエティ番組でも見ているような時間帯だ。枕の横に置いておいたスマホを見ると、何か通知が届いているようで、LEDが光っている。ロックを外して内容を見てみると、驚いたことに、SNSでコメントが届いているという通知だった。
その人のユーザー名は「りりー」。この人は以前、俺の動画を気に入ってくれて、それがキッカケで相互フォローしているが、直接コメントを送ってくるのは珍しい。
そのコメントは、「お大事にしてください(´・ω・`)」というものだった。たった一言ではあるが、その一言が本当に嬉しかった。
風邪が治ったあと、ある日突然、姉貴から電話が掛かってきた。久しぶりだというのに、何の前置きもなく、「アンタねぇ……」とため息混じりの呆れ声で言われた。姉弟だからか、その一言で俺はわかってしまった。俺が実況をしていることを、姉貴が知ったんだ。何がキッカケなのかは分からないが。
「ゲーム実況、やってるでしょ」
姉貴は、やはり俺が思った通りのことを言ってきた。
「ああ、やってるけど、それがどうしたって言うんだよ?」
ここで弱気になってしまっては格好が悪すぎる。なので俺はちょっと強気になって返した。
「どうしたもこうしたもないわよ。自分の弟がやってると思うと、恥ずかしくて仕方が無いわよ……」
「なんで恥ずかしいんだよ。姉貴はゲーム実況が好きなんだろ?」
「それとこれとは別よ。フツー、身内にそんなことをするやつが居るとは思わないじゃない。っていうかアンタ、人気なさすぎよ」
うぐ……。最後の言葉がグサッと来た。確かに俺には人気がない。だが好きで人気が無いわけじゃない。結局のところ、姉貴は何が言いたくて俺に電話を掛けてきたのだろうか。ひょっとして、ゲーム実況をやめろというのだろうか。
「でもまあ、アンタが無意味なことをしているわけじゃないのは、私も知っているわ」
姉貴はいつに無く真剣な声で言ってきた。どういうことだろうか。あの再生数で認められるものではないと思うが。無意味じゃないってことは、意味があるってことだ。だがその意味とやらに全く心当たりがない。
「どういうことだ?」
「認めたくないけれど……私の友達にね、アンタの動画が好きな子が居るのよ」
「へ……」
その言葉が意外過ぎて、イマイチ意味を理解できなかった。
「なに間の抜けた声で驚いてんのよ……。自分の動画が好かれるのってそんな変なことなの?」
「変っつーか、実感が湧かないっつーか……」
どっかの誰かが好意的に見てくれていたらいいなーっていう願望はあったが、実際は数人の視聴者しかいない。そもそもその数だってアテにならない。冒頭1秒再生されただけでも1回は1回だ。それじゃ、まともに見てくれている人がどれくらい居るかわからない。
「まあ、ともかくよ。どうせやるならもっと頑張りなさい。このままだと私は恥を抱えて生きていくことになるわ」
「そう言われてもな……。俺だって頑張ってるっつーの……」
「アンタの動画見たけど、ぜんっぜん面白くなかったわ」
その一言で、さっきまで嬉しかった気持ちが一転して、怒りへと変わった。
「姉貴に何がわかんだよ! そりゃスゴイ人はスゴイだろうさ!! だけどなぁ! どんなに人に好かれなくても、全力でやってるやつだって居るんだよ!!」
「た、タクト……どうしたのよ、いきなり……」
急に大声で怒鳴ったからだろう、姉貴の声は少し震えている。リビングからは、どうしたのー?というお袋の声が聞こえる。
俺は……自分のやっていることを、そんなに重く考えていたのか……。姉貴にからかわれて、思わず本気でキレてしまうほどに。
「悪い……姉貴。ついカッとなっちまった……」
「う、ううん……。私の言い方も悪かったわ。ごめんなさい」
気まずい。久しぶりの会話だっているのに、なんでこんなことになったのだろう。俺は、ゲーム実況と関わってから、ずーっと良くない方向に成長している気がする。現実での友達は居ないし、暇があったら動画見るか実況撮るかだし、そのせいで学校の成績も悪い。加えて今だって、姉貴に怒りをぶつけて、関係を悪くしている。
「俺、ゲーム実況なんてしない方が良かったのかな……」
「……タクト。ごめん、私……」
「──悪い、切るな」
俺は返事を待たずに電話を切った。そして、ベッドの上に仰向けに倒れた。
正しいと思って始めたわけじゃない。楽しいと思って始めたことだ。だけど今は、楽しくなんて無い。ゲームをしながら喋るというのは楽しい。だがそれを投稿するとなると、全く嬉しい気持ちなんて無い。不安と不満だらけだ。
──何なのだろう、ゲーム実況って。