終わり
※※※
『まぁ、なんてみすぼらしい格好・・・。』
『うわ、あのねーちゃんこえー。頼むから近寄らないで欲しいわ。』
『ああいう若者が日本の犯罪率を高めるんだよなあ。』
『いなくなってよね。全く。』
『ゴミムシ』
『カス』
『死ね』
『いなくなれ』
『こっちに来るな』
『消え去れ』
『いっそのこと殺してやろうか』
『死ね』
『『しね』』
『『『『『シネ』』』』』
※※※
真夏の炎天下。伊藤さゆりは公園のベンチでうたた寝をしていた。
8月8日の横浜は今年も35℃を超え、熱気が冷める予兆はない。道行く人は冷えた室内を求め、一目散にその重い足を運ぶ。周辺の水分はすべて気化しそうな灼熱で、蜃気楼さえできそうだ。
そんな中、さゆりのいる公園だけが、いや正しくは、公園の中で小百合のいる一角だけが清涼としていた。周辺の空気から切り取られたような雰囲気の違いは、しかし誰も気づく者はいない。
だから、公園の向こう側から歩いてくる少年が、汗だくで疲弊しているのも、無理からぬ話である。
少年は少女のいるベンチまで歩み寄っていった。2m付近まで到達してようやく、その違和感に気づいた。そしてため息をつく。
呆れながらも、少年は少女の肩を揺する。
「おい、さゆり。起きろ。」
「・・・は!」
怜美な顔立ちからは想像できないような声と共に、さゆりはようやく目を覚ました。
「・・・5分遅刻です。」
少女は恨めしそうに少年を見上げる。
「悪かった。でも無理すんなよ?暑く感じないからって暑さに耐えられるわけじゃないん
だから。」
バツの悪そうな顔つきで、少年はバックの中から水筒を取り出し、少女に渡す。
「ありがとう。」
少年の気遣いが嬉しかったのか、少女の顔に笑顔が映える。水筒を受け取ると、細く白い指先で水筒の蓋を開ける。
「そういえばさ。」
少女が水筒の中身を飲み終えるのを待って、少年は口を開いた。
「何?」
少年の改まった口調に、少女は不思議そうな顔をする。
「・・・まだ聞こえる?あれ。」
「・・・うん。多少は、ね。」
「そっか。」
「でも、今はもう大丈夫。貴文くんのおかげだね。」
「どういたしまして。」
会話を聞く限りでは、彼らが何を話しているか知る由もない。ただ、今が何かが起こった結末だということ、そして少女が少年に助けられたことは確からしい。
そう。これは事の転末。
彼らが辿ってきた、悪夢のような惨劇の━━━━結論。
「さて、行くか。」
少年と少女は手を取り合い、歩みだした。
紛れもなく、自分たちが作り出す
「明日」へ。
※※※
「ねえ、さゆりってば!」
その一言で、私は我に返った。
「え、どうしたの?」
あまりに大きな声だったので、びっくりして声の主を見つめる。視線の先には、咲ちゃんが心配そうな顔でこちらの顔を覗き込んでいた。
「どうしたのって・・・さっきから呼んでるのに、返事しないんだもん。調子悪いなら、次の授業休んだら?」
提案しつつも、断定するような口調で咲ちゃん。
「さっきから?」
教室を見渡す。昼休み中で学食や購買に行ってるとは言え、決して少なくないクラスメイトはほとんど私を見ていた。
「ねえ、ホントに大丈夫?」
いよいよ心配になった咲ちゃんは、労わるようにこちらを見つめる。
「大丈夫だけど。」
だけど特に調子は悪くない。気分も悪くない以上、授業をサボるのも何か悪い気がした。
「・・・そう。ていうか、だったら呼んだ時ぐらい返事しなさいよね。」
「うん。ごめんね。」
こうして、この話題は終了。咲ちゃんの提案で、今日は学食にすることにした。
『なにあれ、キモ』
「━━━━え?」
瞬間、私は耳を疑った。
教室の前方から、後ろの扉から出ようとする私に向かって。
確かに、それが聞こえた。