―リュフェール王国恋物語
茜色の空。
フィオナは馬上から空を羽ばたくものを見つけ、空を見上げた。
「どうかしたのか?」
隣にいたレジオンが、フィオナの視線を追う。
「竜が……」
二人の視線の先には、黒い竜が一頭、降り立とうとしていた。
「アーケの森の方だな」
竜は木々が生い茂る森へと消えた。
「竜の一族があそこら辺で野営でもしてるんじゃないのか?」
レジオンが興味なさそうに言う。
「しかし、そんな報告はないぞ」
フィオナは顔をしかめる。
「帰って確認したらいい。もう日が落ちる。帰ろう」
レジオンが馬の頭の方向を変える。
フィオナはレジオンが馬の歩を進めても、まだ竜が消えた方を見ていた。
「フィオナ!いくら城門が閉まらないからって、遅くなるのはまずいぞ」
動かないフィオナに痺れを切らし、レジオンが声をかけた。
フィオナはようやく手綱を操り、レジオンの横に並んで歩き出した。
二人の先に見えるのは大きくそびえる城壁だ。
ここはリュフェール王国第二の街、カンハン。
王都に次ぐ都として栄えているこの街では、現在三年に一度の武術大会が開かれていた。
16才以上25才以下という参加資格はあるが、国内外から多くの腕自慢達が参加しにやってくる。
また、武術大会を見ようと多くの観客が集まり、それを相手にした商人達が集まる。
カンハンは人で溢れ返り、街に入れない人々は城壁の外で寝泊まりをしていた。
「ご苦労様です」
城壁の外にいる人達のために、昼夜問わず門は開いている。
フィオナ達が馬で門を通ると、いつもより多い衛兵達が敬礼をする。
二人は人でごった返す道を進み、城へと向かっていた。
「フィオナ様ーー」
どこからか、フィオナに向けて声がかかる。
道端にいた人々がフィオナに注目し始めた。
フィオナは歓声に応えるように手をあげた。
「あいかわらず人気者だな」
レジオンが苦笑する。
フィオナとレジオンはカンハンの騎士団に所属している。
中でも、家柄もよく女性であるフィオナは、ここでは名を知られた存在だ。
フィオナの兄はカンハン騎士団の隊長を務め、父親はこの国の将軍の一人として王に仕えている。
そんな父や兄に恥をかかさぬためにも、フィオナは武術大会の優勝を狙っていた。
「俺も大会に出るんだがな」
フィオナの横をいくレジオンは、自分を呼ぶ声がないのが不満げだ。
レジオンはフィオナほどの剣の腕前はないが、若手の中ではそれなりの使い手だ。
「そういうことは、私より強くなってから言って欲しいわね」
フィオナがクスクスと笑う。
「俺は現在も修行中だ。まだまだ強くなる。この大会でお前を負かせてみせるさ」
「楽しみにしてるわ」
街の喧騒を通りすぎ、二人はカンハンの城、琥珀城の敷地に入る。
ここに二人が所属する騎士団の本部があった。
「ようやっと帰ってきたのか!」
出迎えたのは二人の上官、サージだ。
厳つい顔から快活な笑みがこぼれる。
「見回りご苦労さん。今日はこれでお前らの仕事は終わりだ。好きにしてもいいぞ」
サージはそれだけ告げると行ってしまった。
サージだけではない。
本部にいる人間みな忙しそうに動き回っている。
暇なのは、武術大会に出場するフィオナとレジオンだけだ。
フィオナとレジオンは出場者なので、会場警備や裏方作業というのは免除されていた。
「どうする、フィオナ?訓練場で手合わせしていく?」
「今日はやめておくわ」
フィオナの言葉に、レジオンは珍しいものでも見たような目をする。
「なによ?」
「フィオナが鍛練しないなんて珍しい」
「今日はそんな気分じゃないだけよ」
不思議そうにするレジオンに背を向け、フィオナは本部の建物から出ていった。
フィオナの頭の中には、先程見た竜の姿が焼き付いて離れなかった。
黒く大きな体は高位の竜だ。
「誰が乗ってたんだろ」
竜の一族、それは竜を使役できる民のことを指す。
彼らは竜と共に生きており、険しい山の中に住んでいた。
この王国にも竜の一族はいるが、あまりその姿を見ることはなかった。
フィオナは竜に心惹かれたが、今日はまっすぐ自分の家に帰ることにした。




