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新王国暦757年

 アティス大陸諸王国の上空を旅する者たちの姿があった。

 それは天空を永の住処とするグレムリン族の群れ……ではなかった。

 さりとて、その者たちの幾人か――というか、その半ばを占めるのはグレムリン族の若者である。

 だが、その他にもフェアリー族――その貴族種の青年や……それに彼等とは異なり、フェアリーでもグレムリンでもない風の妖精もまた少なくない数が従っている。

 フェアリーでもグレムリンでもない風の妖精……それはフェアリー族に似て整った顔立ちをし、グレムリン族に似た皮翼と浅黒い肌の色合いをしていた。彼ら――或いは彼女らは、フェアリー族とグレムリン族との混血たる存在で、ダーク・フェアリーと称される存在であった。

 そして、その群れを率いているのは……ダーク・フェアリーの女性であった。

 “彼女”は「妖精公国」において女爵位を保有し、最初に爵位を受けたダーク・フェアリーである。

 爵位を保有するフェアリーの多くとは異なり、“彼女”は「妖精公国」で暮らすことは少なく、「妖精公国」の外――人間達の暮らす諸王国の東部域を中心に旅して暮らしている。

 それは幼少の頃から……そして、ある人物の従者となってから、続けていたことだった。

 それが何時の頃からか、“彼女”を慕うグレムリン族やフェアリー族――大抵は、「氏族」や「公国」において“変わり者”と呼ばれる者たちである――が従うようになった。

 そして、ブライトウィンド領とダーキッシュブラスト氏族の交流が生じるに連れて現れたダーク・フェアリーたちも、同族の先人たる“彼女”の元へと集っていったのだった。



 天空を翔ける“彼女”率いる集団は、その時、「妖精公国」の南西に位置するイレヴス王国の上空――久々に「妖精公国」へ立ち寄った“彼女”が、古巣としているフォーサイト王国への帰路であった――を旅していた。

 “彼女”たちの一人――ダーク・フェアリーの青年が声を上げた。

「……女爵! ……あそこに!」

 その声に、皆が一斉に青年の指した方角に目を向ける。彼女たちが見詰める先では、戦いらしきものが繰り広げられていた。

 グレムリン族の群れが、金色の機鳥一騎を襲撃していた。

 機鳥はドール・フェニックス……それに騎乗するのは、銀色と金色の装甲を纏う少年であった。



 その姿を認めた“彼女”の表情が曇る。その機鳥の姿に見覚えがあったからだ。

 手を振り、周囲の者たちに接近するように命じて、襲撃の様子を観察する。

 近づくことで、襲撃者と逃亡者の両者の正体が見て取れた。

 襲撃しているのは、グレムリン族のダークストーム氏族の者たち……そして、それらから逃れようとしているのは、“彼女”らも良く知るメタル・ヒューマノイドの少年であった。

 彼らの姿を視認した者たちは、次に“彼女”の方へと目を移す。その中で、フェアリー族の青年の一人が声をかける。

「……女爵、如何なさいますか?」

 その問いかけに“彼女”は、その青年の方に一旦目をやった後、素早く携帯する石版に石墨を滑らす。

 “彼女”が見せた命に、皆が一斉に動き出した。



 さて、金色の機鳥を襲撃するグレムリンたち――ダークストーム氏族の者たち――の中に一人、年老いたグレムリンの姿が見受けられた。この者こそ、この集団を率いる者であり、その名をゼゲル=ダークストームといった。

 ダークストーム氏族は、ダーキッシュブラスト氏族らと異なり、古くからの慣習を堅持する氏族である。そんな中でもゼゲル老は、その傾向が顕著な人物といえた。そんな彼らが、天上を飛翔する機鳥とその乗り手を発見した時、襲撃を加えることは当然の帰結であった。……とは言え、その機鳥の飛翔は速く、襲撃者を撃退する為に振るわれる武装火器は苛烈であった。

「……怯むな!! 手強いと言えど、相手は一機ぞ!!」

 機鳥の光条や鎖状尾翼の一撃に怯む戦士に向けて、ゼゲル老は叱咤の声を上げる。

 その叱咤に打たれてか、グレムリンの戦士たちは、執拗に攻め縋る。

 そして、機鳥の翼よりの光条を避け、幾本もの鎖状尾翼による攻撃を凌ぎきった戦士の一体が、機鳥の乗り手の背後を取った。

「…………!!」

 そして戦士は、驚きに振り返った乗り手と機鳥を繋いでいた鉤状の物を切り裂いていた。

 次の瞬間、機鳥の機動が狂った。その狂った機動の所為で、乗り手は振り落とされた。



「……良し!! でかしたっ!!」

 振り落とされ、地へと墜ちていく乗り手の様子を見て、ゼゲル老は喝采を上げた。

 間もなく、動きに精彩のなくなった機鳥もまた、数多の戦士達によって叩き落された。



 だが、ゼゲル老の喜悦は次の瞬間……打ち砕かれることとなった。

 その時、彼は背後からの強烈な威圧を感じた。

 振り返った老戦士の視界に映ったのは、その姿を銀色の輪郭しか現さぬ存在……そして、巨大な翼を広げた竜に似たる存在であった。

 その姿を目にしたゼゲル老は、驚きにその者の名を呟きとして漏らした。

「…………見えざる……飛竜……だと……!?」

 その驚きに見開いた彼の瞳は、その飛竜の頭上に当たる位置で舞い踊る者の存在を捉えた。

 その者は、暗色の肌と皮翼を持つ女性であった。

 間もなく、その女性の舞は終焉を迎えた。舞い終えた彼女は、即座にゼゲル老を指差す。

 それに呼応したかの如く、“見えざる飛竜”――風の上位精霊獣は耳を劈く咆哮を轟かせ、彼らの元へと襲いかかった。

 風の精霊獣がダークストームの戦士たちの間を通り過ぎた時、猛烈な突風が彼らを襲った。

 如何なる風の中でも飛べることを誇る彼ら――グレムリン族の戦士たちが、精霊獣の巻き起こした突風にまるで木の葉の如く翻弄されていく。

「……!! ダーキッシュブラストの小娘が……っ!!!!」

 精霊獣を召喚した女性に向けて放たれたゼゲル老の呪詛の言葉が、突風の巻き起こす轟音の中で空しく響いた。



 ダークストーム氏族の戦士を退けた後、“彼女”たちは地上へと降り立った。

 そこには不時着した機鳥――ドール・フェニックスと、墜落した機鳥の主たるメタル・ヒューマノイドの少年の拉げた姿があった。

 四肢の関節があり得ない方向に曲がり、頭部や胴部等の随所に墜落時の衝撃によるものと窺える歪みが見られる姿に、一同は言葉を失った。

 しかし、その中にあって、“彼女”は少年を暫し見詰めた後、傍に控える者に石版を見せて指示を発した。


 ―そこにいるドール・フェニックスの格納函を調べて、そこから工具を取り出してきて―


「……は、はい。」

 呆然としていたフェアリー族の青年の一人が、短く返答してドール・フェニックスの方へと走り去った。



 暫くの後、機鳥の格納函から取り出された工具の幾つかを用いて、少年の胸部装甲を取り外す作業を行う“彼女”の姿があった。

 魔法機械を取り扱う素養がある“彼女”の作業は、本職のそれに比べれば拙く荒っぽいものであったが、早い内に胸部の内部構造が露出される。

 そして、“彼女”は胸部に収まった中枢部の様子を見詰める。それを凝視していた“彼女”は、振り返って背後に従う者達に命を発した。

 “彼女”の命に従い、“彼女”に従う風の妖精達は、その少年と機鳥を少年の家へと運ぶこととなる……



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