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新王国暦525年

 時はさらに移ろい、次の年の“炎の満月祭”が開かれる時節が訪れていた。

 それは、「妖精公国」において最大でかつ最重要な祭典である。

 この時、この地――「妖精公国」には、西方大陸に存在する殆ど全てのフェアリー族が集結するのだ。そうして集結したフェアリーたちに、貴族種の者達は様々な料理や飲物を振舞い、二巡り――16日間にも渡る宴が繰り広げられるのだ。



 「妖精公国」のこの宴は、公王のいる森の中央部のみならず、それぞれの所領を預けられている上位の貴族種――侯爵や伯爵たちのいる地においても繰り広げられる。それは、森林外延部にあるブライトウィンド伯爵領でも同じであった。

 森の中で比較的開けた場所に並べられた幾つもの卓には、数多くの料理の載った皿や、果汁水や果実酒を詰めた瓶が並び、それらを摘みながら多くのフェアリー――特に平民種――が談笑を楽しんでいる。そして、興に乗った者たちが用意された舞台に立ち、時に歌を歌い、時に舞いや踊りを披露し、時に外の世界の出来事を面白可笑しく語り聞かせる。勿論、その様な芸を見せた彼らには、惜しみない拍手と喝采が送られるのだ。



 そんな例年通りといえば例年通りな祭りの風景を眺めながら、ポールは果実酒の入った杯に口を付けた。

 彼の視線の先では、用意された舞台の一つで平民種のフェアリーの青年が、ちょうど演奏を終えたところであった。そんな彼へ惜しみない拍手を送るのは、平民種・貴族種のフェアリーのみではない。

 彼等フェアリー族より倍近い背丈を有し、翼無き妖精族――“森の妖精族”の異名を持つエルフ族。

 エルフ族より頭一つ低い程度の長身のフェアリー――フェアリー族とエルフ族の混血種たるフェイ族。

 そして少数ながら、フェアリー達と同じ背丈ながらがっしりとした体格と長い髭を誇る妖精族――“大地の妖精族”の異名持つドワーフ族……それに赤味がかった長い毛に覆われた犬頭の小人――ドワーフ族の奴隷であるレッド・フェイスと称される妖魔族もいる。

 エルフ族やフェイ族は、フェアリー族――ひいては「妖精公国」と共存する――特に、フェイ族の大半は「妖精公国」に所属している――種族であり、「妖精公国」南東部の“神々の背骨山脈”に住むドワーフ族とは武具の製造や修繕等で交易がなされている。

 “風の森”――「妖精公国」の外延部にあるブライトウィンド伯爵領だからこそ、フェアリー族以外の亜人種も多く宴に参加している。その様子を楽しむように眺めるポールは、何者かに声をかけられた。

「ポール卿! 楽しんでますか?」

「クリックか、久し振りだな。」

「本当に……前の“炎の満月祭”以来だから、ちょうど一年振りになりますね。」

 近付いて来たのは、平民種のフェアリーの青年――先程まで舞台で演奏を行っていた詩人だった。

 彼の名はクリック――クリック=クレアと言う、平民種ながら、ポール=ポーラとは旧知と呼んで良い交友を保っている人物である。

 近付いて来たクリックにポールは空いた杯の一つを差し出す。それを受け取ったクリックに、卓に置かれた果実酒の瓶を取って注ぐ。

「昨年出来たばかりの酒だ。呑んでみてくれ。」

「お! ポール卿が仕込んだ酒ですか? それは楽しみだな。」

「昨年は作柄も悪くなかったからな。期待してくれて構わないぞ。」

 そう言って微笑んだポールに笑みを返して、クリックは酒が注がれた杯に口を付ける。

「……美味い! 流石はポール卿が仕込んだ酒。良い出来ですね。」

 クリックの評に、ポールの顔がより柔らかなものになる。

「そうか、それは嬉しいな。ところで、外の世界はどんな様子なのかな?」

「外の世界ですか? ……そうですね、あちらの人気の少ない木陰で話しましょうか?」

 そう言った矢先、宴席で歓声が上がった。歓声の上がった先へと二人は首を巡らした。



 彼等が見た光景は、宴に参加するフェアリー達の間を厳かに歩む人物が目に入った。その人物とは、輝く長い銀髪に、金属的な光沢を放つ青い蝶の如き翅を持つ女性……透き通るような輝きを持つ豪奢な絹のドレスを纏う彼女こそ、ポールの母であるブライトウィンド伯爵ポーラ=フィーラである。

 彼女――ブライトウィンド伯爵を、先触れとして家臣たるリーフウィスパー女爵リエス=リセナがその右手を持って先導する。彼女は歩み寄る多くのフェアリー達の挨拶を受け、それを返しながら、宴に参加する皆へそれぞれ声をかけて回っている。

 その様子を目にしたクリックが声を漏らす。

「……ブライトウィンド伯爵閣下だ。相変わらず麗しいなぁ……あれ?」

 そう呟きを漏らした後、何かに気付いた様子で言葉を一時途切れさせる。そして、改めてポールの方を向いて問いを投げかけた。

「ポール卿、そう言えば妹さんのお姿が見えませんね。確か、昨年女爵位を賜ったと言う話ですけれど……?」

 クリックの問いかけは、ある意味もっともなことと言えた。

 貴族種のフェアリーは、この宴の主催者と言う立場にあり、ましてや次期ブライトウィンド伯爵たるポリーなら、母であるブライトウィンド伯爵の傍でその先導等の役を行っているのが普通だったからだ。

 このもっともな問いかけに、ポールは苦笑の混じった声で答えた。

「ポリーか……少し一人になりたいとか言って、森の外れに行ってしまったよ。祭りの本日には、きちんと女爵らしいことをやるとは言ってるがね……」

「そうなんですか……」

 クリックは、ポールの苦笑を貰ったかのような笑みを返した。その間にも、ブライトウィンド伯爵の一団は徐々に彼等の方へと近付いていた。

「おっと、いけない。ポール卿、私も伯爵閣下へ挨拶に行ってきます。外の話は……そう、明日にでもすると言うことで――」

 そう言うと平民種の青年は、ブライトウィンド伯爵の元へと駆け去っていった。



 “風の森”――「妖精公国」の外れの樹々の上に、ポリー=ポーラ=ブライトウィンドは腰かけていた。

「貴族種のフェアリーが旅を望んでいない訳ではないんです。その証拠に、かつての「妖精王国」の女王であったレイティア=ルシエラ=ドーンウィンド陛下が若い頃には、後に聖王と呼ばれるミリシュ=フェルナスという人間とともに南方大陸の各地を旅していたと聞きます。……何より、この森でも爵位を継ぐ必要の無い子弟の何人かは、森の外へと旅に出ます。」

「だが……全てのフェアリーが旅を望んでいるようには……見えないがな。」

 ポリーの言葉を否定する声が、彼女と僅かに離れた枝の上より届いた。その声の方に、彼女は首を巡らす。

 ポリーの視線の先には、暗色で硬質の肌に獣染みた容貌を持つ有翼の亜人が、大枝に腰かけていた。

 ダーキッシュブラスト氏族のグレムリン――ゲシュラードである。

 彼女は、ゲシュラードの言葉に微かに表情を曇らせた。「確かに……貴族種の役目は、この森を守り、旅を続ける平民種を迎えること……その役目に固執する余り、旅に出ることを拒否する者がいることは否定しませんよ。でも……それを言うなら、貴方がたはどうなのですか?」

「……ん?」

「貴方がた――グレムリンは、かつては公竜に従属し、今は魔王を信仰しています。私たち――フェアリーは、神々や公竜に敬意を払っていますが、信仰も従属もしていません。自由を旨とする“風の妖精”としては、その姿勢は如何なものかと思えるのですが……?」

 その問いかけに、彼は暫し言葉を紡がず、少しして哄笑を返した。

「ハハハ……これは一本取られた。確かに、その通りだ。だが、反論させて貰えば、隷属していた訳でも、妄信している訳でもないぞ。……かつて始祖が従い、今も我等が尊崇する彼の“風の皇”は、我等グレムリンとその矜持を同じくされる方……故に、始祖ルドルは従ったに過ぎん。もっとも、彼の皇の御許――天空の更に高みへ至れる者など、飛竜の類を除けば始祖ぐらいしかいなかったのだからな。それに、今の我等が魔王を信仰するのも、その教えに共感し、その力を借り受ける為だけのこと……魔王の教えを妄信し、盲従することなど更々ない。」

 それだけ言い切ると、彼――ゲシュラードは彼女――ポリーの顔を窺う。見返す彼女の顔は、何処か縋る様な問いかける様な表情を見せていた。

「貴方は……?」

「……ん?」

「貴方は……どの魔王を信仰しているのですか?」

 その問いかけに、柔らかく微笑んだゲシュラードは答えを返した。

「俺は、どの魔王も信仰してはいないよ……」

 その答えに、彼女の表情が和らぐ……二人の見詰め合いの時が、暫し流れる。



 その見詰め合いは、不意に終わりを遂げる。それは森の奥から聞こえる茂みの音と、空から響いた翔きの音であった。その二つの音を、耳聡く聞き取った彼――ゲシュラードは、呟きを漏らした。

「……そろそろ時間のようだ。」

 その呟きに、彼女――ポリーもまた、森の奥へと首を巡らす。そして、彼女と視線が逸れた時を見計らい、彼はその翼を開き、上空へ飛び去った。

 飛び去った羽音に、振り返った彼女は、夕空に消える飛影を見送る。それから間もなく、森の奥から誰かがやって来る気配が感じられた。再び彼女は、そちらへと首を巡らした。

 彼女が見守る中、森の茂みから出て来たのは、二人の男性であった。

「ポリー! やはり、ここにいたか……」

「……兄様?」

「ご機嫌は如何ですか、ブライトウィンド女爵……」

「クリックさん……」

 声をかけてきた二人は、彼女の兄であるポールと、兄の友人である平民種のクリックであった。

 二人は、彼女が腰かける枝の方に、背の翅を翔かせて近付いてきた。

 近寄る二人に、驚いた様子で彼女――ポリーは声をかけた。

「二人とも、どうしたんです? こんな所に……?」

 彼女の言葉に、苦笑らしきものを浮かべた彼女の兄が言葉を返した。

「決まっているだろう……お前を探す為だよ。幾ら、本日にはキチンと出席すると言っても……宴を放って、森の外れにいるのは、女爵位を戴いた身として、余り褒められたものではないぞ。」

「……ごめんなさい」

「良いじゃないですか、ポール卿……今日のところは、リーフウィスパー女爵が代理を務めていたし、本日までのお楽しみになって良かったとおもいますし。」

 少しばかりしょげた様子になった彼女を庇う様に、青年――クリックは口添えの言葉を述べた。

「そうか……?」

「そう言うものですよ。平民種への歓迎に、勿体をつけて見せるのも一つのやり方です。」

「……そうなんですか」

 クリックのポリーは、少し呆然とした様子で言葉を返す。そんな彼女に、彼女の兄――ポールは一つの問いをかける。

「……で、いつも誰に会いに来ているんだ?」

「え……!?」

 さり気ない兄の問いに、彼女の言葉は途絶えた。その様子に、訳を知らぬ平民種の青年は、興味津々と言った様子で貴族種の兄妹を見詰める。

「……誰って――」

「やはり、言い難い相手か……」

「…………」

 兄妹の間に、暫し沈黙が漂う。その沈黙を破ったのは兄――ポールの方であった。

「……確かに、グレムリンに会っているとは、他人には言えんだろうな。」

「兄様!」

「え? グレムリン!?」

 兄の口から出て来た言葉に、妹と傍観者の青年は一瞬言葉を詰まらせる。

 それ程、彼の口にした言葉が衝撃的だったと言うことだが、その意味合いは二人にとって異なるものであった。それは次に紡がれた言葉が如実に語っていた。

「……何故、兄様がそのことを?」

「……何故、グレムリンがこんな所に?」

 両者の言葉に苦笑を見せつつ、ポールは言葉を返した。

「……以前ここに攻めて来たらしいグレムリンとお前が会っているのを知ったのは、少し前のことだ。女爵位を得てからのお前は、時々森の外縁に出ることが多くなっていたからな。何をしているかと、時々様子を窺っていたのだ。だが、お前を襲う素振りもないので、取り敢えず何もしていなかったが――」

 兄が告げた話に、妹は驚きを隠せぬ様子で、兄の顔を見詰めていた。

 そんな兄妹を驚きと好奇心の入り混じった顔で、残る青年は次の言葉を待つことにした。

 彼等が厭く程の間を置かず、彼女は口を開いた。

「……ゲシュラード、と名乗っていました。彼はグレムリンの安住の地が欲しいと言っていました。」

「安住の地? ……まさか、ここを攻めると?」

 彼女――ポリーの言葉に、彼――ポールは一瞬その表情を険しくする。だが、彼女はそれを取り成すように言葉を繋ぐ。

「いいえ……彼は攻めるのではなく、私達と……和解出来ればと……言っていたの……」

「……和解!? ……和解だと!?」

 妹の言葉に、驚きを隠せぬ兄の言葉が被さる。怒声にも聞こえるその言葉に、僅かに怯むながらも言葉を続ける。

「えぇ……出来るものならと。」

「それは、無理な話だ……」

「僭越ですが、私もそう思いますよ。ブライトウィンド女爵……」

「そう……私も……そう思う。でも……そう言ってしまえば、何も変わらない……そうは思わない……?」

「ポリー……」

 二人――ポールとクリックの言葉に頷きを返しながらも、ポリーは呟きを漏らした。彼女の言葉を聞き、二人は次の言葉を接ぐことが出来ずにいた。



 それと時を同じくして、「妖精公国」に程近い上空を飛翔する二つの人影があった。それは“風の悪魔”と称される者――グレムリン……それも、彼等の中で“いと高き者”と称される上位種たる兄弟であった。

 星空の下で翼を翔かせる二人は、上空で休息する一族の元へと上昇していた。飛翔を続ける兄弟の内、弟が兄に問いの言葉を投げかけた。

「兄者よ……」「……なんだ、ゲリューズ?」

 問いかける弟――ゲリューズの声に振り返った兄――ゲシュラードは首を後方へと巡らせた。闇を見通す妖魔の瞳は、兄の行動を訝しむ弟の表情を克明に映していた。弟の表情を見詰める彼には、その理由が痛いほど分かっていた。

「……いつまで、こんなことをするつもりだ?」

 そう問いかけるゲリューズの言葉は、もっともなものであった。彼の兄――ゲシュラード=ダーキッシュブラストは、ここ一年ばかり折を見ては妖精公国に足を延ばし、その地の女爵の一人である少女と幾許かの時間をともにしていた。

 このことを知るのは、今のところ弟であるゲリューズしかいない。彼が兄の行動を他の者に対して誤魔化しているからである。しかし、そんな誤魔化しも長くは続かない。

 故にゲリューズは、兄の行動の真意を問いかけずにはおれなかった。

 その訝しむ弟に向け、兄たるゲシュラードは言葉を返した。

「いつまで? ……もう暫くは、続けていたいな。」

「兄者!?」

「フェアリーの中にも、我等と話が通じる者がいる。それが知れたからな……」

「話が通じる!? 何を馬鹿な!」

「本当だ。お前も会ってみるか?」

「会う? そんな馬鹿なこと……」

 そうかけられた言葉に、身の毛がよだつと言わぬばかりに身を震わせ、ゲリューズは呟く。そんな弟の様子にさもあらんとばかりに苦笑して、ゲシュラードはその背の翼を大きく翔かせる。

「……天翔ける我等……森に棲み、地を旅する奴等……元は同じ風の妖精族だ。互いが共存する日が訪れると思いたいのだ……」

 その呟きは、後を追う弟の耳へ微かに流れ込んでいた。



 そして、暫しの月日の後……「妖精公国」ブライトウィンド伯爵領から嫡子が姿を消した。それと同じ頃、グレムリン族の一氏族であるダーキッシュブラスト氏族の“刃の長”もまた姿を消した。

 やがて、両者の失踪について、「妖精公国」と「グレムリンの諸氏族」の間に一つの噂が流れた。

 その噂とは、「失踪した二人――ポリー=ポーラ=ブライトウィンドと、ゲシュラード=ダーキッシュブラスト――は、駆け落ちしたのだ」と言うものだ。

 それは両種族――ノーブル・フェアリー族とグレムリン族――にとって、最大級の醜聞として広まっていくこととなった。



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