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彼が悪魔と呼ばれた日  作者: 芳右
第一章 彼が異界へ渡った日
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004 危機

前話の最後に出てきた映画がわかった方はいるのだろうか?

「ザ・ワイルド」と言う映画なのですが、詳しいストーリーなどこの場では関係無いのでは省きます。

しばらく休んだ俺はある程度体力も気力も戻り、再び歩き始めた。

腹も減ったし、体力が戻ったと言っても気休め程度だ。

気力だって、人が居る場所に行けるハズだと無理やりテンションを上げているに過ぎない。


体はダルイし、気を抜けば座り込んでしまいたくなる気持ちをなんとか抑えて道を進んでいく。

日はとっくに暮れて、空に輝く月と星以外は明かりも何も無い真っ暗闇。


不安に押し潰されそうなのを堪えて必死に歩く、歩く、歩く。

そうして歩き続けて何時間かが経過しただろう時、唐突に耳に入ってきた音。


一瞬だけ、だが自分の足音以外にはっきりと聞こえたガサガサッという何かが動く音。

それがおそらく後ろのほうから聞こえてきた。


慌てて辺りを見回してみても、こうも暗くては何も見えない。

俺は後ろを警戒しつつ、少し早足に歩き始めた。


希望的観測よりも恐怖のほうが勝ったからだ。


それからしばらく歩くスピードを上げて進み続けたが、音は消えるどころか頻度を増やし、不規則に聞こえてくる。


何かが居る…自分を追いかけてくるものが、少なくとも単体ではなく複数で。

足音から考えても人間ではないが、案外聞きなれた感じの足音…

それから少しすると、ソイツラが森から飛び出して来る。月明かりに照らされて姿が確認できた。


森から飛び出してきたのは犬が二匹、森のほうからもまだガサガサ音がしているため他にもいるようだ。

こちらを威嚇するように低くうなる犬たち。


野良犬ならば視線を逸らさず、囲まれないように落ち着いて対処すればなんとかやり過ごせる。

田舎で育った俺の野生動物に対する知識を駆使して、後ずさるように距離を取ろうとするが、それに合わせて犬たちもにじり寄ってくる。


近くに縄張りがあるのか…それとも出産で気が立っているのか…

どちらにせよ早くこの場から離れよう。触らぬ神に祟り無し。


触ってもいない神に「神隠し」にあわされたかもしれない俺としては皮肉な諺だ。


そんな事を考えていたからだろうか?

目の前の犬たちにのみ気を払っていたら、森の中で待機していたであろうもう一匹が俺に向かって吠えながら走ってきた。


驚きながらも後生大事に持ち歩いていた教科書入りの学生鞄を左右に振り回して牽制し、なんとか目の前に迫る犬を立ち止まらせた。


だが、息をつく暇も無く他の二匹も俺に向かって激しく吠え立て走り寄ってくる。

それにつられるように森のほうから更に二匹が飛び出してきて、ついに数は五匹。


隙を見せれば噛み付こうと俺の足元まで迫る犬たちに嫌な汗が流れる。


(おかしい…)


囲まれてはヤバイと思い、必死に背後も気にしながら下がり続ける俺にしきりに食いつこうとする犬ども。

いつもの野良犬相手ならばとっくに縄張りから抜けて去っていくはずが、そんな気配が一切無い。


何だ…いつもと何が違う?


じわじわと追い詰められるような感覚に焦りを覚えながらも考え、観察する。

そしてすぐに思いあたった事は、五匹全てが似たような体格に黒っぽい毛並みの犬だという点だった。

夜だから色に関してはあまり自信が持てないが、たぶん同じだろう。


普段見ている野良犬なら体格も毛並みも違う混成の群れがほとんどだ。

同じような毛並みのやつが群れているのは二・三匹くらいならまだしも、それ以上となると見たことが無い。


ただの偶然か?それとも…そもそもホントに野良犬か?


一度それを考えてしまうと、どうも違うように思えてくる。

どこか狩猟犬や野生の狼のように見えなくも無い…いや、犬は犬だ!狼とか実物見たことないし!


考えている間も、俺の背後に回ろうと二匹が駆け出すが、俺も犬たちに視線を向けたまま走ってなんとか回り込まれないよう距離を取る。


だが、真正面に居る犬たちも走り出して距離を詰め、あわよくば噛み付こうとしてくるために鞄を振り回して牽制、背後に回るのを一旦諦めて左右から噛み付こうとする犬にも牽制して動きを止めさせ、再びゆっくりと後ずさる。


そんなことを既に何十と繰り返している。

相手は野生動物であり持久力は言うまでも無く俺より高い、さらに数の上でも圧倒的不利。

精神的に消耗させられ、心なしか息も上がってきている。


かといって気を抜けば間違いなく噛み付かれる。

月の光でチラチラ見える犬たちの牙。あれに噛みつかれたら痛いじゃ済まないだろうし、狂犬病なんてのもある。

気を緩めることは一切せず、周囲の警戒も怠らない。

まだ森の中にもいるかもしれないし、いるとすれば森の中からすでに俺の後方に回っているかもしれない。


数的に不利な俺からは仕掛けないほうがいい、下手に攻撃すれば他の犬たちに襲われてしまう。

無傷で逃げることだけ考えよう。


そう考えながら、後方を警戒するためにチラッと後ろに視線をやったとき、かすかに明かりが映った。


「…?!」


それに驚き、はやる気持ちを抑えながら犬たちを牽制し、再び後ろを確認する。

意識したせいか、先ほどよりもはっきり映った明かりは先ほどよりも多く見える。


間違いない!家の明かりだ!


どうやら犬たちを相手取っている間に、人家のある場所の近くまで来ていたらしい。

そこで一瞬、気を緩めたのがいけなかった。


隙を突いてうなり声を上げた一匹が俺に噛み付いてきた!

とっさに右腕を前に出して顔を庇ったが、その右腕に思い切り噛み付かれる。


「いっ!!」


噛み付いた勢いのまま着地した犬は俺の腕を引っ張ろうとするが、左手に持った学生鞄で必死に叩いて引き剥がす。

しかし、安心する間もなく今度は右ふくらはぎの辺りに鋭い痛みが走った。


「あ゛ぁ!!」


とっさに足を振り回そうと力を込めても、痛みが増して犬を引き剥がせず、再び鞄で犬の頭を殴って無理やり引き剥がす。

だが、視界映ったのはここぞとばかりに襲ってくる残り全ての犬の姿。


「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


慌てた俺は、大声を上げながら無茶苦茶に鞄を振り回して威嚇した。


必死に動き回ったおかげか、少しだけ俺から距離を取る犬たちを確認して、痛みを堪えて走り出した。

当然、そんな俺を素直に逃がしてくれるはずもなく、しつこく追いすがってくる犬ども。


すぐに追いつかれてしまうが、手足を大げさに振って走っているおかげで上手く近づくことができないようだ。


痛みのせいか、少し涙でぼやける視界に少しずつ民家の明かりが近づいてくる。

もう少し、もう少し…


そうやって自分を鼓舞しつつ、痛みを我慢して速度を上げるが…


「ぁっ…」


足元にある車輪の跡らしき小さな段差に足を取られ躓いてしまった。

短い悲鳴をあげて勢いのまま地面に倒れ、とっさに顔を庇ったのはまたしても右腕で、先ほど噛まれた傷口がさらに広がってしまう。


「ぅあぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


必死に声を上げて痛みを紛らわせながら、即座に体を反転させて仰向けになり焦点も定まらない状態のまま、おそらく今まさに食いつこうとしているだろう犬に向かって思い切り足を蹴り上げる。


適当に蹴り上げた足からは、ぐにゃっとした感触。


当たった!…だが、まだ俺は地面に仰向けになっているだけで状況が好転したわけではない。

なんとか犬たちに食いつかれないようバタバタと不恰好に手足を振って威嚇しながら様子を見る。


どうやら先ほどの蹴りがいい感じに効いているらしく向こうも威嚇はしてくるが、積極的に攻めてこない。

頭の中ですぐに立ち上がって体勢を立て直すのとこのまま下手に動かず体力回復を試みるかを天秤にかける。


一瞬の判断、仰向けに寝転がったまま五匹同時に襲い掛かられた場合のイメージが脳裏を過ぎり、すぐさま行動へ移す。


足を勢い良く曲げてそのままネックスプリングの要領で立ち上がる。

先ほど噛まれた右の腕とふくらはぎに鋭い痛みが走り膝を付きそうになるが、今は痛がっている場合じゃない。


俺が飛び起きたことに犬たちが一旦怯んだのを見逃さず、丁度いい場所に頭があった手近な犬に思い切り横なぎに鞄をぶち込んだ。


犬の首からグギッと嫌な音がしたが構わず再び走り出した。

先ほどまでの後ろ向き走りじゃなく、少しでも早く人の居る場所へ行くために普通に走る。


走る途中チラッと後ろを見てみれば、どうやら追ってきているのは三匹のみで、残りの二匹は少し後方でぐったりと倒れている。


起き上がる時にたまたま足が当たった奴と鞄で殴った奴だろう。

生きているのか死んでいるのかまでは判断できないが、とにかく数が減っているのは嬉しい誤算だ。


それでもこれ以上逃げるのは限界があった。

だんだんと足に力が入らなくなってくる…


右腕などは最初に比べてかなり感覚が鈍くなっている。

おかげで痛みもある程度和らいでいるのが不幸中の幸い…と思うべきなんだろうか。


それよりも今はひたすら明かりを目指して体を動かそう。

不恰好でどれだけ情けなくても、こんなところで野良犬の餌になどなってやる義理はない。

というか、そんな死因はまっぴらゴメンだ。


呼吸が荒い、心臓の音がうるさい。

これだけ必死に体を動かしてるのに寒気がする。


あぁクソっ!


体が重い、動きが鈍い…こんなことならもっと鍛えておけばよかった。

少なくともあんな野良犬に一方的にやられるような事のないように…


ふと視線を下げれば足元近く、俺に併走するように一匹。

少し距離を取った後方に二匹いる。


止まったらやられる、けど止まらなくてもいずれやられる…

だったらいっそ戦おう!


…なんてカッコいい思考にはならない。

まぁ野良犬相手にカッコいいも何もないけど。


ひとまず併走する犬を威嚇程度に攻撃して警戒心を持たせる。

犬が俺の攻撃を警戒している間に距離を稼ぐ。


うん、コレしかない。


町か村かの判別はつかないが、その入り口らしきものも見えてきている。

村?の周囲には三メートルくらいの木製の壁、正面には大き目の普通車が通れそうな大きさの扉。


アレ…でもあの扉…閉まってる。


「開けてー!!!!」


必死すぎて声が裏返ったが気にしない。

閉ざされたままの木製の扉に向かって必死に声を上げ続ける。


もちろんその間も犬から注意を逸らしたりしない。


「頼むから!!開げっ…でっゲホッゲホッ…」


あらん限りの声でひたすらに叫びすぎたせいで、喉がやられてしまったらしい。

口内に広がる血の味と痛みで涙目になったが、今はそれどころじゃない。


顔中が血と涙と鼻水でぐちゃぐちゃになりながらも、なんとか扉まで辿りつき、痛めてしまった喉の代わりに比較的無事な左手で必死に扉を叩いた。


動きを止めた俺に対して好機と感じたのか、俺から一定の距離を取っていた犬たちが今にも飛び掛って来そうな姿勢で低くうなっている。


ドンドンとあらん限りの力を振り絞って扉を叩くが一向に開く様子も、人が居る気配すら無い。

まともに声も上げられず、扉を叩く左手も強く叩きすぎたせいで血がにじんでいる。

右腕とふくらはぎから痛みは感じないし、目の前がだんだんぼんやりとしてきた。


少しずつ意識が薄れていくのを感じる。

目の前でこちらを獰猛な牙をむき出してジリジリと距離を詰めてくる犬共から逃げなければ…

そうは思うが既に体が言うことを聞いてくれない。


気付くと俺の意思とは無関係に体は地面に這いつくばっていた。

薄れ行く意識の中で最後に認識できたのは、どこか遠くに感じる犬の鳴き声と視界いっぱいに広がる炎の雨だった…。


野犬にボロ負けした賢治くん、彼は一体どうなってしまうのか!

待て次回!


…こういうの一回はやってみたいですよね?

…アレ?俺だけ?

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