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彼が悪魔と呼ばれた日  作者: 芳右
第一章 彼が異界へ渡った日
18/52

016 惨劇

今回はグロテスクな表現が多用されています。

それをご了承の上お読みください。

門の辺りから見える土煙は収まるどころかどんどん範囲を広げていった。

それにあわせて悲鳴や怒号までが聞こえてくる。


最悪の事態だと、誰もが理解した。


「おい、俺たちも加勢した方がいいんじゃないか?」


不安そうな顔でそう聞いてきたのは俺の横に居たエギルだ。

この襲撃がムートによるものかもしれないと言うのは既に全員に伝えているが、誰も実際にムートを見たことが無いので、どうにも判断に困る。


加勢に行ったとして役に立てるのだろうかという不安はもちろんある。

かと言ってこのまま見過ごすわけにもいかない。


そうして考えている間も断続的に破壊音が響いてきていた。


焦る気持ちを必死に押さえ込み、少しでも情報を増やそうと、周囲を観察しながらひたすら考える。


目に映るのは未だ濛々《もうもう》と立ち込める土煙、そしてそれを不安そうに見ている仲間と様子見に地下牢から出てきた村の人たち。


避難させた人たちの安全を確保するためにも、少しは戦える人間が必要だ。

なら二手にわかれるしかないか?


だが、俺たちはまだ子供だ。安易に別行動をとってしまって大丈夫か?

実際加勢したところで、足手まといになっては意味が無い。


どうする?どうしたい?どうすればいい?


「おい!ケンジ!」


その声にハッとして顔を上げると、仲間たちが真剣な顔で俺を見ていた。

冷静になる事を意識しすぎたせいで考え込んでしまった…


「俺は行くぞ!お前はどうするんだ?」


「…俺は…」


エギルの問いに俺が迷っていると、


「…ぼ…ぼくも…行くよ…僕も父さんたちを助けに行く」


「俺も行く!」


ハウントとルトの二人が声を上げた。

それを聞いてエギルが嬉しそうに笑い、「行くぞ!」という掛け声と共に走り出す。


ハウントとルトの二人もそれに続き、つられるようにチェドラルも慌てて後を追おうとしたが、


「待て!!」


俺が大声で全員を止めた。


「っ?!なんだよ!なにかあるのか?!」


出鼻を挫かれたエギルが、怒ったように声を荒げた。

だが、理由も無く止めたわけじゃない。


「何か…見えないか?」


「…何かって…」


先ほどエギルが走り出した瞬間に、土煙の中に影が見えたのだ。

もちろんただの影ではなく、人ではない何か巨大なシルエット。


少しずつ土煙が収まって、徐々に無残に崩れた門と壁が見えるようになってくる。


「あ…あ…」


ハウントが何かに気付いたらしく、一点に視線を固定したままガクガクと震えだした。

ただ事ではない様子に俺もそちらに目を凝らすと、


「…何だアレ…」


思わず日本語でつぶやいてしまう程にその映像は衝撃的だった。


二年前に俺たちが遭遇した熊の倍はありそうな巨体で暴れまわる褐色の熊が…手当たり次第に近くに居る人間の体をむさぼり食っていた。


熊の周囲はペンキがぶちまけられたように真っ赤に染まっている。

そんな地獄絵図のような光景に胃の内容物が喉の辺りまで登ってくるが、なんとか耐えた。


遠目ではっきりと見えなかったからこそ我慢できたが、ハウントははっきりと見えてしまったらしく涙目で吐いていた。


そうしている間も巨大な褐色熊は近くにある家を破壊していく。

木造も煉瓦も関係なく、その力を見せ付けるように次々と…


って、見てる場合じゃないだろう!


「全員地下牢へ避難しろ!!ウラル!先導を頼む!エギルはハウントを連れて行くのを手伝ってくれ!!」


「わ…わかった!」


俺の声で目が覚めたように全員が動き始めるが、


『グゥォォォォォォォォ!!!』


ただの音による振動。そのはずなのに、気圧されるような感覚で手足が震える。

チェドラルは腰が抜けてしまったらしく尻餅までついていた。


「うわぁぁぁぁぁぁぁぁん!!」


気付けば小屋の中で外の様子を覗こうとしていたハズのコルトが泣き出していた。

その声に反応したのだろう熊がピクッと一瞬動きを止め、すぐにコチラを見据えたのがわかった。


ゾクリと全身に冷たい感覚が走る。


今まで相手にしていた野生の動物たちとは桁が違う。

全身の筋肉が萎縮してしまったかのように、動くことが出来ない。


(ダメだ…逃げなきゃ…動けっ!動けよ!!)


自然と涙が出てきて視界がぼやける。


目の前にいるエギルたちも誰一人として動かない。

俺の背後にある扉の向こうでドタドタと慌しい足音がしている。

どうやら彼女たちは指示通り地下牢の奥に逃げているようだ。


こうしている間にも熊は刻一刻と迫ってきているのだが、何故かその歩みは酷く遅く見える。

まるで処刑執行までのカウントダウンをされているような気分だ。

これが走馬灯なんだろうか?


そんな事を暢気に考えていられるのもここまでだった。


俺たちのすぐ傍まで迫って来た熊は、走る勢いもそのままに大きな口を開けて突っ込んで来た。


「ぅわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


一番熊に近い場所に居たエギルの泣き叫ぶ声を聞いて、頭よりも先に体が動いた。

二年間欠かさず繰り返してきた動作で弓を構え、矢を射る。


目の前にいるデカブツに矢を当てるのに技術などいらない。

放たれた矢は真っ直ぐに進み、熊の口の中に吸い込まれて行った。


それだと言うのに熊は怯むことも無く、そのまま直進。


「エギル!!!」


俺がそう叫んだとき、既にエギルの上半身は熊の口の中だった。

エギルの下半身らしいものが熊の口の端からはみ出ているのが見える。

それが邪魔だったのか、前足でエギルの足を押さえそのまま首を振り上げて食いちぎる。


ブチブチッと肉の千切れる音と、俺たちに血が小雨のように降ってきたのはほぼ同時だった。


「…っ!!逃げろ!!早く!!」


何とか搾り出した俺の声は、酷くかすれていた。

気付けば口の中はカラカラに乾いていて、ほとんど声になっていなかったかもしれない。


だからだろう…

俺の声に誰一人反応する様子は無く、エギルを食べ終えた熊が傍でへたり込んでいたルトを食った。


少しの間ルトの苦痛の声が響いていたが、それもすぐに聞こえなくなる。


このままだとココにいる全員が食われる。考えている時間すら惜しい。


「逃げるぞ!!」


やはり反応は返ってこないが、もう構わない。棒立ちしているハウントの手を引っ張りチェドラルの襟を掴んで引きずった。


熊も俺たちが逃げていることに気付いて、こちらに来ようとするが俺たちが小屋に入るほうが早い。


バタンと大きな音を立てて小屋の扉を閉めると、急いで地下牢への蓋を開けて入ろうとする。


だが、ガタガタと震え続けるチェドラルと、半ば放心状態のハウントがなかなか自分で動いてくれない。


仕方なく、強硬手段で行こうと再びチェドラルに手を伸ばす、


「…ヒッ?!!」


咄嗟とっさに俺の手を避けるように動いたかと思うと、勢い良く地下牢へと入って行き、バンッと音を立てて蓋が閉まった。


突然の出来事に呆けてしまったが、自分で動いてくれたのならそれでいい。

急いでハウントの手を引いて、地下牢へ入ろうとするが何故か蓋が持ち上がらない。

取っ手部分を必死に引っ張るが全く開く気配が無い。


おい、まさか…


「おい!チェドラル!!」


俺の声に反応するように一瞬蓋がガタと音を立てて動いた。

間違いない…どういうつもりか知らないがチェドラルが蓋を内側から引っ張っている。


この地下牢の蓋は何故か両面に取っ手がついている。

そのため内側から開かないように力を込めていれば、簡単には開かなくなってしまう。


心の底から沸々とドス黒い感情が湧いてくる。

だが、その怒りを声に出すことはできなかった。


積み木で作ったお城を壊すように、熊が木造の小屋を破壊したのだ。

一瞬で小屋の半分が薙ぎ払われた。


大小の木片が飛んできて容赦なく体を傷つける。

痛いと思う暇も無く、別の恐怖が俺たちを襲った。


体がガクンと何かに引っ張られ、その勢いで残っていた小屋の壁に叩きつけられる。

脳が揺さぶられたせいか視界が歪む。


先ほどまで掴んでいたハズのハウントの手の感触は既に無い。

慌てて周囲を見回すが、彼の姿はどこにもない。


そんな時、熊の口の辺りからボトリと何かが落ちてくる。

嫌な予感がして見てみれば、ソレと目が合った(・・・・・)


「…ハウント…」


顔の三分の二程度を残しただけの、空ろな目をしたハウントの頭がそこには転がっていた。

バレンタインデーに載せる話では無かったかなぁ…

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