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彼が悪魔と呼ばれた日  作者: 芳右
第一章 彼が異界へ渡った日
17/52

015 旅立ちの日に

俺がこの村を出る準備を始めてから二年が経った。

もともとこんなに時間をかけるつもりは無かったのだが、自衛手段や言語の習得に予想以上の時間がかかってしまったのが主な原因だ。


とはいえ、時間をかけたおかげで資金も結構貯まったし、コンコルダが納得する程度には狩りの技術も上がった。


村を出るのはドルメスさんが町へ戻る時、一緒に馬車に乗せてもらうことになっている。


既に村の人たちには予定を伝えているので、後はお礼と別れの挨拶をするだけだ。

中でも一番お世話になったコンコルダには、ささやかながらプレゼントも用意しているので、どうやって渡そうか画策中だ。


この村でできた初めての友人たちにも何か渡そうと思うのだが、旅にどの程度お金がかかるかもわからない状態で、あまりお金を使ってしまうワケにも行かず、悩んだ結果全員に手作りのアクセサリーを渡すことにした。


アクセサリーと言っても、狩りの途中見つけた綺麗な色の石を少しずつ削って形を整え、紐を通しただけの簡単なものだったが…割と良い出来栄えだと思う。


もちろん失敗作は文字通り山のようになってはいるが…これは見なかったことにする。


こうして全ての準備を終えた頃には、既に出発まであと四日となっていた。

翌日にはドルメスさんが来て、仕事の手伝いをする予定なので、実質自由に過ごせるのは今日が最後になる。


俺は朝からエギルたちの家を回り、それぞれにお礼とプレゼントを渡していく。

全員が別れを惜しんでくれた事を嬉しく感じる反面、申し訳なく思いながら、用件を終えて家に戻った。


あとはコンコルダにプレゼントを渡してお礼を言えば、この村で遣り残したことは無くなる。

親しくなったからこそ気恥ずかしいものもあるが、ここはやはり区切りとして必要なものだろう。


そして、その日の夜。

夕食を終えた俺は、コンコルダと話をするべく声をかけた。


「…コンコルダ、ちょっと話いいかな?」


「ああ」


少し改まりすぎた感が否めないが、仕方がないと割り切る事にした。

コンコルダも時期的なもので用件の見当はついているようで、すぐに応じてくれた。


「…まずは、野犬や熊に襲われたとき…助けてくれてありがとう」


「ああ」


まどろっこしいかもしれない…けど、一つずつしっかりとお礼を言っておきたかった。

コンコルダもただ頷きながら聞いてくれるので、そのまま続ける。


「俺に言葉や狩りの方法、他にも沢山の事を教えてくれて…ありがとう」


「ああ」


「面倒を見てくれてありがとう」


「ああ」


「今までかけた迷惑に比べたら…全然足りないだろうけど、コレ…ドルメスさんに頼んで用意してもらったんだ…一応、俺の感謝の気持ち…です」


そう言って、シンプルなデザインのネックレスをテーブルに置いた。

ネックレスというよりはドッグタグに似たものだが、こちらの方がカッコいいかなと俺の勝手な判断で作ったものだ。もちろん銀色の金属部分には『CONCORDA』とアルファベットで記入してもらっている。


この辺りには、そういったものが無いらしく、俺が絵で説明したものをドルメスさんの伝手つてで特別に製作してもらった。


少々値が張ったがコレは仕方の無い出費だったと思う。


机に置かれたソレを、コンコルダがゆっくりと手に取り、無言で眺める。

しばらくして「ありがとう、大事にする」とつぶやいて笑ってくれた。


その後は二人で思い出話をしながら、にぎやかに過ごした。



―――――



異変は早朝に起こった。

昨夜、夜更かしをしてしまったせいでぼんやりとする頭を揺さぶるように、外から大きな音と声が聞こえてくる。


それを聞いてただ事ではないと判断した俺は、急いで階下へと駆け下りた。


すぐにコンコルダの姿が見える。

いち早く騒ぎに気付いて起きていたらしく、既に準備が整っているのを見て素直に感心する。


「コンコルダ、一体何が?」


「わからん、俺は今から様子を見てくる。念のためケンジも準備しておけ」


「わかった」


短いやり取りをした後、俺も準備を始める。

準備と言っても面倒なのは皮製の胸当てを着る作業だけなので、大した時間もかけずに終わる。


そうしている間にもどんどん外が騒がしくなってきているので、俺も弓と矢筒を掴んで外へと出た。


「…?!」


外に出てみると、門の側に横たわる一人の男性と、その男性の容態を確認しているらしいコンコルダの姿が見えた。近くに馬が居るのを見ると、あの馬に乗ってここまで走ってきたのだろう。


嫌な予感がして慌てて近寄ってみると…


「ドルメスさん?!」


荒い息を吐きながら倒れていたのはドルメスさんだった。

疲労の色が濃いようだが、大きな外傷は見えない事に少しだけ安堵した。


とはいえ、安心はできない。

本来ならば今日の昼頃に到着するはずのドルメスさんが、こんな早朝に来るのも妙だが、馬が一頭しか居ない上に、商売道具が載っているはずの馬車が無いというのは、相当大事だという証拠だ。


「コンコルダ!」


「あぁ、これから話を聞くところだ。ドルメスさん…疲れている所申し訳ないが、話を聞かせてもらえますか?」


「…時間が…ありません…早く…逃げないと…」


「大丈夫です。ここはもう村の中です。安心してください」


そう言って、辛そうに話すドルメスさんを安心させようとするコンコルダだったが、


「ちがっ…もう…すぐ…側まで…ムー…」


『グォォォォォォォォォォォ!!!!』


ドルメスさんが言い終えるより早く、轟音とも言える程の大音量で動物の鳴き声らしいものが聞こえてきた。


それを聞いただけで背筋に冷たいものが走り、ブルリと体が震える。

他の人たちも同じようで、中には自分を抱くようにして身を縮めている人までいた。


音が止んだ後、ドルメスさんが悔しそうに「遅かった…」と呟いているのが耳に入ってきた。

俺はどう対処したらいいのかが思いつかず、考えが焦りで空回りする。


そんなとき、


「女子供は家に戻れ!男連中は迎撃だ!急げ!!」


大声で叫ぶコンコルダの声に、気を取り直した村の人たちが大慌てで動き始める。

俺も迎撃に参加するため弓を構えなおすが…


「ケンジ、お前は村の連中の誘導だ」


「え?…誘導って…」


「相手がムートだとしたら、木造の家じゃ危ないかもしれん。だから煉瓦造りの家か…無理なら地下牢の方へ移動させろ」


「地下牢に?」


「あぁ、あそこなら下手な家よりも崩れにくいし、貯蔵庫としても使われているから食うにも困らん。避難場所としては上等だろう…鍵の場所はわかるな?」


「…わかった。じゃぁ…」


「お前は避難場所で女子供を守っていれば良い…いいな」


「なっ…?!」


コンコルダの物言いに反論しようとするが、


「時間が無い!早く行け!」


思わず歯を食いしばる。

けれど、その場は言いたいことを飲み込んで走り出した。


急いで家に戻った俺は、地下牢の鍵を手に取り、再び外へ出ると近くの家々を回った。

途中でドルメスさんを運ぶ村人とすれ違った。どうやら村長の家に運ぶことになったらしい。


ドルメスさんの事が頭からスッポリ抜け落ちていた事に気付いて、自分が冷静さを失っていたことを自覚した。


大事な時にはいつもそうだ。

冷静な判断をしなきゃいけないときに、勢いだけで行動してしまう。

何度もそれで失敗をしたというのに…どれだけ学習能力が無いのか。


急がなければいけない場面ではあるが、冷静にならなければいけない時でもある。

周囲と同じように自分まで恐慌に陥っては、最悪の事態もあり得る。


冷静に周りを見て、最善を考える。

俺は一度立ち止まり、大きく深呼吸をして早くなった心臓の鼓動を落ち着かせていく。


まずは地下牢がある小屋の鍵を開けておいて、誘導するならそれからだ。

注意喚起をするにしても、木造の家だけでなく煉瓦造りの家にも言っておいた方がいいだろう。

一人で動いても遅すぎる、ならばエギルたちに協力を仰ぐのも良いかもしれない。


考えをまとめていく事で少しずつ思考がクリアになっていくのを感じた。

ある程度考えがまとまった後、再び走り始めた。


先ほど考えた通り、まずは地下牢の鍵を開けて出入りができるようにしておいた。

ここに入れるのはおそらく十人かそこらだろう。

それも考えながら避難させなければ…


次に近くにある家々を巡りながら、できるだけ頑丈な建物に隠れるように伝えていく。

途中でエギルたちの家に寄り、協力を仰ぐと二つ返事で了承してくれた。


いつものメンバーが集まったところで現状の説明を行い、必要な情報を端的に伝えてそれぞれが走り出した。


―――――


手分けをしたおかげで、思ったよりも早く情報が行き渡り、村の中に人の姿はほとんど無い。


地下牢へと避難することになったのは、この村で俺に懐いていたコルトをはじめとした子供たちとその母親数名とリコルさん、そして俺やエギルたちを含めた十九名だった。


突然の事態に混乱する子供たちを母親とリコルさんが、何とか落ち着かせながら、地下牢へと避難させていった。


そうして漸く全員の避難が終わった頃、門のある方から木の折れるような破壊音と土煙が上がっているのが見えた。

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