012 友達
熊襲撃事件から数日が過ぎた。
あの事件の後、村の男たちが総出で熊の残党狩りを行ったが、特に危険も無く終了した。
後で聞いた話だが、あの時熊は三頭も居たらしい。
一頭は俺やつり目男を散々追い掛け回した奴だ。
アレに関しては俺が執拗に食らわせていた毒矢のおかげで、大人たちが発見したときにはほとんど虫の息だったとの事。
コンコルダ製毒矢恐るべしである。
もう一頭はコンコルダたちが見つけてすぐに、数に物を言わせて手早く仕留めたが、近くに居たもう一頭に気づくのが遅れて取り逃がしてしまった。
慌てて追い討ちをかけたが、仕留めきれずに村付近まで迫ったところで、運悪く俺が出くわしたと…そういう事らしい。
なんとも残念な話だが、こんな感想を抱けるのも生きているがこそだ。
ちなみに、とどめまでは刺せなかったとは言え、熊一頭を俺一人で仕留めたと言う事で、謀らずも村の人たちから一目置かれる事となった。
新たに出来た友人である、つり目男ことエギルたちからも嫉妬半分、からかい半分と言った調子でネタにされている。
怪我自体も大した事はなく、今では数日分の遅れを取り戻そうと訓練を再開していた。
残念ながら弓は壊れてしまったので今は体力づくりがメインだ。
いつも通り日課の朝練を終え、家に入ると朝食が準備してあり、コンコルダと一緒に食べる。
その後、今日の予定はどうしようかとしばらく考えていると、コンコンッと家のドアをノックする音が聞こえてきた。
俺がドアを開けると、外に立っていたのはヒョロっとした印象の長身の男。
「ありゃ、ハウントおはよう」
「あ、あぁ…おはよう」
彼は新たな友人の内の一人で、名前はハウント。
あのメンバーの中では一番身長が高いのだが、どうにも気が弱く口数も少ない。
体もあまり肉がついていないので、『もやし』っぽいイメージが強い。
「…あー…今日はどうした?」
互いに挨拶を交わした後、全く話が前に進まなかったので、仕方なく俺のほうから切り出してみる。
「…あ、あの…エギっエギルが呼んできてくれって…だから」
「あーわかった、とりあえず行こうか…」
ハウントのあまりの口下手さに苦笑しつつ、用件は本人から聞いた方が早いと判断して、早々に案内を頼んだ。
俺の言葉に頷いたハウントは、俺のほうを何度も振り返りながら前を歩いていく、ちゃんと付いて来ているか不安なのはわかったが、挙動不審すぎる。
しばらく会話も無く、黙々と付いて行くとすぐにエギルたちの後ろ姿が見えてきた。
「おはよう」
俺が挨拶すると、こちらを振り向いてそれぞれが返事をしてくる。
それぞれを簡単に紹介をすると、エギルと同じくらいの背丈で、あまり特徴が無いのが特徴のルト。
エギルやルトよりも少し身長が低く、ぽっちゃりした体系のチェドラル。
俺が療養している時に、最初に言葉を交わした活発そうな女の子のウラル。
それとは逆に、大人しそうな雰囲気に俺と大差ない身長、腰付近まで伸びた長めの髪の女の子エルナ。
これにエギルとハウントが加わるというのがいつものメンツだ。
「で、今日はどうした?」
「あぁ、少し狩りをしておこうと思ったんだが、ケンジも来ないか?」
「この前あんな目にあったばかりなのに、よくそんな気になったな…」
その行動力に半ば感心しながら、俺がそういうと、
「…いや、実は昨日の夜、親父たちが話しているのをこっそり聞いたんだが、どうも明日久しぶりに商人が来るらしい。だから俺たちも獲物を商人に売って小遣い稼ぎしようと思ってるんだ」
恥ずかしそうに言ったエギルに、なるほどと俺は納得する。
この村は基本的には自給自足だ。肉類は自分たちで狩り、野菜も自分たちで育てる。
不足分があったとしても、物々交換が主流なので金銭授受は発生しない。
だが、服やその他雑貨などを加工する技術や道具はこの村にはないため、他から仕入れる必要がある。
それを何週間かに一度来る商人に動物の毛皮や肉、育った野菜や果物の余剰分を売って金に変え、その金額に応じた雑貨を得ている。
その商人が明日この村に来ると言う事で、エギルたちも何か欲しいものを手に入れようと画策していたようだ。
ちなみにコンコルダに見せてもらったこの土地でのお金と言うのは、使い古された十円玉のような鈍い銅色をした棒状の金属で通貨単位はポルトらしい。
銅以外にも種類があるらしいのだが、コンコルダは同じ色をした少し大きめの板(銅板)までしか持って居なかったので、他はわからない。
価値は金属の色と形状で決まるらしい。
こちらもはっきりとはわからないが、銅色は大まかに棒一本で一ポルト、銅板で百ポルトと考えればいいと思う。
もう一段階大きい単位としてルグがあるらしいが、詳細は今のところわからない。
俺もこの村に来てから結構経つが、商人を見たことがないので少しだけ興味が湧いた。
けど、
「せっかく誘って貰って悪いんだけど、この前のアレで俺の弓折れちゃったからな」
そう言って苦笑する俺に、思わず『しまった』という表情になったエギル。
そうなった原因の一旦である他の者の中にも気まずそうな雰囲気が流れた。
「だ、大丈夫だ。弓ならたぶん予備もあるし、それを借りれば…」
「いや、俺って自分で言うのもなんだけど小さいだろ?だから普通の大きさの弓だと上手く扱えないんだ」
慌てて代替案を出そうとしたエギルだったが、俺の返答で納得したのか少しだけ肩を落とした。
俺自身も買い物をしてみたいというのはあったが、出来ないものは仕方ない。
エギルたちの反応に苦笑で返し、最終的な断りの言葉を言おうと、俺が口を開きかけたとき
「…あっ…あの…、だったら一度コンコルダさんに聞いてみるのはどうでしょうか?」
そう言ったのは普段ハウントよりも口数の少ない少女、エルナだった。
予想外の人物から意見が出たため、一瞬思考が停止してしまったが、言われてみれば確かにそうだと納得してしまった。
コンコルダから貰った弓なのだから、その予備をコンコルダが持っていたとしても不思議は無い。
「エルナの言うとおりだ。ケンジ、聞いてみよう」
エギルの方も再び勢いを取り戻したようだ。
俺自身も特に反対意見は無いので、早速コンコルダに聞きに行くことにした…何故か全員で。
家に戻ると、コンコルダは家の裏手で畑の手入れをしているところだった。
「コンコルダ、ちょっといい?」
「おぉケンジ、何だ?ってどうしたそんなゾロゾロと…」
俺の声で振り返ったコンコルダが、人数の多さに驚いた顔でこちらを見るが、それに関しては俺も上手く答えられない。
「いや、まぁいろいろあって…それより、明日村に商人が来るっていうのはホント?」
「あ、あぁ…確かにそうらしいが…よく知ってたな?」
「エギルのお父さん…エルダスさんだっけ?…がそういう話をしてたのをたまたま聞いたらしいんだ」
「なるほどな、それで用件はそれだけか?」
「いや、本題はこっちなんだけど…この前壊れちゃった俺の弓の予備って…あるかな?」
意図してやったことでは無いとは言え、せっかく貰った弓を壊してしまった負い目から少しだけ声が小さくなってしまった。
「あぁ…悪いが、あの弓はアレ一張しかない…が」
「…が?」
コンコルダは少し考えるような素振りをした後、改めて俺に視線を向けると、
「そろそろ普通の弓でやってみるのもいいんじゃないか?最近は筋力もついてきた様だし、感覚さえ掴めれば十分扱えるようになると思うぞ?」
そういってコンコルダは軽く口元に笑みを浮かべた。
「弓は俺の予備を使えばいい。最初は違いに戸惑うだろうが、基本は同じだ。しっかりやって来い…だがこの前の事もある、油断はするなよ?」
それだけ言うとコンコルダは畑仕事を再開した。
「やったなケンジ!」
そう言って俺の肩を叩いて喜んでいるエギルと、その後ろでニコニコしている仲間たち。
俺も自然と頬が緩んでいるのに今更ながら気付いた。
「コンコルダ!ありがとう!」
気恥ずかしさを紛らわせるために大声で言うと、早足に家の中へ弓を取りに戻った。
弓を持った後、慣らす程度に弓の感覚を確かめた後エギルたちと共に狩りに向かった。