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彼が悪魔と呼ばれた日  作者: 芳右
第一章 彼が異界へ渡った日
13/52

011 信頼②

翌日、日課の訓練をこなし気まずい雰囲気のまま朝食を済ませた俺は、昨日と同じく約束を果たすべく家を出た。


すると、外には子供たち…では無く昨日のつり目男とその仲間らしい三人、それと見知らぬ女の子が二人の計六人が居た。


「…えと…おはよう」


とりあえず挨拶をしてみたのだが、誰からも返答が無い。

こいつらコミュニケーションという言葉を知らないのか?…知らないだろうなぁ…


対応に困っている俺の心情を知ってか知らずか、唐突につり目男が、


「これから狩りに行く、手本を見せてやるからお前も来い」


そう言って、返事も聞かずに歩き出してしまった。


「ごめーん、今日はコルトとの約束があるからまた今度なー」


とりあえず伝えるべき事を伝えた俺は、つり目男とは違う方向へと歩き出した。

後ろのほうから「臆病者め!」なんて言葉が聞こえた気がするがたぶん気のせいだ。


しばらく歩くと反対側からコルトと一緒に子供数人が一緒に走ってくるのが見えた。

コルトたちからも俺を認識しているようで、元気良くこちらに手を振ってきていたので、軽く手を振り返してこたえてやる。


そうして、コルトたちとなんやかんやと遊んで過ごしていると、門のほうからコチラへ向かって歩いてくるコンコルダの姿が見えた。


「ケンジ、ここにいたか」


安心したようにそう言ったコンコルダだったが、すぐに真剣な表情で、


「…どうやら村の近くに熊が来ているらしい。姿を確認したワケじゃないがそれらしい痕跡が所々残っているのをさっき確認した。危ないからしばらくは森に入るんじゃないぞ?」


用件だけ伝えて去ろうとするコンコルダだったが、俺にも一つ伝えなければならない火急の用件がある。


「コンコルダ!」


「…どうした?」


俺の焦りを隠すことなく今朝方つり目男たちが狩りに行くと言っていたのを伝えた。


「わかった…俺はこれからすぐに森に入って探してくる。ケンジは他の連中にこの事を伝えてくれ」


「…わかった。コンコルダも気をつけて」


お互いにやれる事を確認すると、早々に行動を開始する。

コンコルダはできるだけ近くに居る者たちに声をかけ森へ捜索へと向かった。

俺は不安顔の子供たちを元気付けつつ家へと送り届ける。


道中見かけた村の人たちには逐一現状報告と情報拡散を呼びかけて何とかひと段落したので、一度家に戻ることにした。


家に入ろうとした丁度その時、かすかだが悲鳴が聞こえた気がした。

妙な焦燥感に駆られた俺は、すぐさま家の中に入り弓を掴んで自室へ戻り、数種類の矢筒を肩に引っ掛けると、部屋の窓から屋根に上り周囲を見渡す。


だが、鬱蒼と茂る森の中でそれらしいものは見当たらない。

焦りが視野を狭くするのはよく理解しているが、それを制御できるほどの冷静さを持ち合わせてはいない。

「落ち着け」と何度も自分に言い聞かせるが、やればやるほど不安が大きくなってくる。


こうなったらいっそ村の外に出て探したほうが早いかと思ったその瞬間、視線の先に何か赤茶けた色の何かが移動しているのが見えた。


目を凝らしてそちらを見てみると、移動するのは赤茶色の毛並みをした大きな熊だ。

そして、その少し先を走っているのはおそらく今朝のつり目男たちで間違いは無いだろう。


今は何とか森の木々を利用して上手く逃げているようだが、徐々にその距離は縮まっている。

もしこのまま障害物の無い森の外へ出てしまえばおそらくすぐに追いつかれる。


助けなければ…そうは思うのだが、正直に言えば怖い。

俺が行ったところでどうなる?ただ熊の餌が増えるだけじゃないのか?それ以前に助ける義理があるのか?


そもそも助けるとして、何をどうする?


そんな考えが脳裏を過ぎる、ネガティブな思考を頭を振って振り払い、何か方法は無いかと考えるが何も浮かばない。


(一体どうすれば…)


「…ジ!そんなところでどうしたんだい?!」


思考の深みに嵌りかけた俺に唐突に声がかけられた。

ふと声のほうを見てみれば家の前で俺のほうを見上げるリドエルさんの姿が見えた。


「今外で熊に追いかけられてるやつらがいるんです!早く助けないと!」


「なんだって?!…そ、それなら早く男連中を…」


(ダメだ!それじゃ間に合わない!)


リドエルさんなら何かいい案を思いついてくれるかもしれない、そんな淡い期待を持って伝えるが、それは脆くも砕け散った。


「こうなったら、何とか俺が熊の注意を引き付けます!その間に上手くあいつらを保護してください!!」


言ってから早々に屋根から村を覆う防壁の上に移動し、防壁に手を引っ掛けてある程度体を下ろしてから、一気に飛び降りる。


今回は足が痺れる事もなく身軽に着地し、熊が居るだろう方向を確認すると、もうすぐ森を抜けると言う所まで来ていた。


逃げていたつり目男たちも限界が近いようで、足元が覚束なくなっているのが見て取れる。

一刻の猶予も無いことを意識して、覚悟を決めた。


(勢いとは言え、もうここまで来たんだ。やるしかない!)


自己暗示のように両頬をパチンッと叩いて気合を入れる。

手近な低い木を一気に上り、そのすぐ隣にある一段高い太目の木の枝へと飛び移ると、弓に矢を番えて熊の進行方向であろう場所へ向けて構える。


コンコルダに貰ったこの弓は、体が小さい俺でも使えるように小振りで軽いものになっている。

そのため射程距離が一般的な弓よりも短いし、今回のように大きな獲物であれば距離によっては威力不足で刺さりもしないかもしれない。


だからこそ高い位置からギリギリまで引き付けて矢を放つ必要がある。

焦っては全てを仕損じる…命がかかったこの状況でピリピリとした緊張感が全身を支配する。


今にも熊に追いつかれそうな彼らを見つめながらハラハラするが、俺に気付くことなくその下を通り過ぎるのを確認したところで標的・・が射程に入った。


(刺され!)


その思いと共に引き絞った弦をスッと放し、矢を放つ。


放たれた矢は一瞬で獲物へと到達し、その矢鏃やじりで首付近の肉を抉りつき刺さった。

しかし、熊の頑強な体は矢一本では大したダメージを与えられず、止まる気配は無い。


だが、それは予想していた。

すかさず第二射を熊の進行方向上へ放つが、矢は地面に突き刺さるだけで熊に当たることはなかった。

もちろんそれは熊の警戒心を利用した足止めを目的としたものであり、その思惑は見事成功した。


矢が刺さるのを危惧して足を止めた熊は、こちらに気付いた様子で、恨めしそうに見上げ、うなり声を上げている。


(よし!ここまでは順調…あとは…)


こちらを睨んでいる熊を警戒しつつ逃げていた連中に視線を向けると、何故か立ち止まっていた。


「何してる!一気に門まで走れ!!」


イラ立ちを隠すことはせず、そう叫んだ俺の声に反応して再び走り始める彼らの背中を見送り、熊のほうへと視線を戻すと、今まさに俺が居る木へと体当たりを仕掛ける瞬間だった。


慌てて木の幹にしがみ付き振動に備えた所でズンッと激しい振動が木を伝ってくる。

木は激しく揺れ、下手をすれば折れてしまうかもしれないくらいの衝撃。


それだけに留まらず、怒りを露にした形相でよだれを振り撒きながら木を揺さぶる熊。

俺は思わず、その迫力に気圧されそうになるが、何とか勇気を振り絞って次の行動を起こす。


タイミングを計って再び隣の木へとしがみ付いて移動し、手近な木を見つけては何度かそれを繰り返す。

予想よりも手早く移動できたことで熊から一時的に距離を取れた俺は再び矢を番えて放つ。

そうして徐々に村から熊を引き離すが…


ズンッと木に一際強い衝撃が走ったと同時にバランスが崩れ俺の体は宙に投げ出された。

それでも、咄嗟の判断で体を丸めたおかげで手足の負傷は避けられた。


が、落ちた場所は熊のすぐ横である。

痛みも何もかも無視して力任せに起き上り、熊の方を確認するのと熊が俺を視界に捉えたのはほぼ同時。


体長二メートルはありそうな巨体は、俺に恐怖を与えるには十分な迫力を持っていた。

何を考えるよりも先に逃げの一手しか思いつかない。


悲鳴を上げる事すらできず、ただ一目散に逃げる俺のすぐ後ろを猛スピードで迫ってくる熊。

そんな中で思い出されるのは、この奇妙な体験をすることになったキッカケである車との接触事故。


(逃げてばっかじゃん…)


そんな悠長な事を考えている場合ではないのだが、思わず笑ってしまった。

この時俺には今までに無い余裕が生まれていた。


決して余力を残しているワケではないし、熊を一撃で倒せるほどの作戦があるわけでもない。

今まさに全力を出しているし、状況で言えば圧倒的劣勢。


命の危険が読んで字の如く背後に迫っているのだが、体の芯が冷えたような、どこか冷静に現状を分析して打開しようと考え続ける自分がいるのだ。


(車に比べればまだ熊のほうが余裕がある。矢も刺さるし、まだ生き残る目はある!)


自然と右手に持つ弓に力が篭る。

後ろに気を配れば、熊は草や枝を度外視して一直線にこちらへ迫ってきている。


だが俺はすかさず太めの木の陰へと体を滑り込ませて、熊の視界から逃れると見当違いな場所へ適当に物を投げて物音を立てる事で熊の気を逸らし、その間に別の木へと移動してうまく距離を稼ぐ。

匂いなのか何なのかすぐに俺の居場所はバレるが、矢が放てるだけの距離が稼げればいいのだ。


そうして小細工を積み重ねることで十分に距離を稼ぐことができた俺は、猛進してくる熊と向かい合う。

真正面で俺が弓を構えても熊が進行方向を変える様子は無い。


(次で仕留める!!)


狙うのは頭、十分に威力が出るよう弦を限界まで引き絞り、放つ瞬間を見定める。

そうして絶対に外さないと思える距離に入ったところで俺は渾身の矢を放った。


「グォォォォォォ!!!」


同時に凄まじい咆哮が轟く。


放たれた矢は、矢本来の貫通力と猛進してくる熊の速度で今までに無い威力を発揮し、深々と熊へと突き刺さった。


「なっ…!?!」


しかし刺さったのはまたしても首付近、熊が咄嗟に頭を振って狙いを外したのだ。

もちろんそれで熊が止まるはずもなく、勢いそのままに迫ってくる。


持ってきた矢はもう残っていない…ならばもう本当に逃げるしかない。

判断は一瞬、背にしていた木の裏側へと素早く回り込むと、振り向くことなく全力で走り始めた。


直後、背後でバキィッと木が折れるような音。


あの勢いで木に激突すれば、いくら熊とてただでは済まないだろう。

それに一縷の望みをかけて振り返るが、のっそりと起き上がってくる熊の姿を確認して愕然とした。


やはり考えが甘かった、あの巨体から来る破壊力も、頑丈さも、移動速度も、そして何より自分の能力も、全ての目算が甘かった。


いや…やれるだけの事はやった、これ以上できることは俺には無い。

そう思い直すことで気分を無理やり持ち直し、その場を駆け出した。



しばらく走ると門が見えてくる。

あれから背後に熊が追いついてくることはなく、今では姿も確認できなくなっていた。

しかし、手負いの獣は危険だと何かで聞いたことがあるし、気を抜くべきではないだろう。


そんな考えから背後を気にしつつ走っていたのだが…


「…何してる!逃げろ!!」


そんな警告が俺の耳に入ってくる。

思わず声のした方を向いた俺の目に入ってきたのは、物凄い勢いでこちらへと向かって来る熊の姿だった。


(え?!何であんなところから?!)


俺がそう思うのも無理は無い、なぜなら熊は背後では無く俺の真横(・・・・)から迫ってきていたのだから。

あんまりな出来事に一瞬思考が停止する。


そしてそれは致命的な隙を生んだ。


「グォォォォォォ!!」


「ヒッ…?!」


気付いたときにはもう遅く、巨体に逃げ道を塞がれた状態で眼前によだれまみれの熊の口が迫る。

想像以上の恐怖から、咄嗟に右手に持っていた弓を熊のほうへと突き出した。


だが弓の先は口内へ入るとそのまま押し返されて、熊に押し倒される形で体が投げ出された。

当然弓を構えていた俺の腕など衝撃に耐えられるはずはなく、肩から手首にかけて激しい痛みに襲われる。


更に体を圧迫されるような感覚が加わり、苦痛に顔を歪める…がそれ以上何も起きる気配が無い。


恐る恐る目を開けて様子を見てみると、すぐ横に熊の頭があって一瞬にして血の気が引く。

だが、それが再び動き出すことは無かった。


よくよく見てみれば熊の体には至る所に矢が刺さっている。

中でも致命傷になったであろう矢など、熊の後頭部に深々と突き刺さっていた。


一瞬最後に突き出した弓が上手く突き刺さったのかと思ったりもしたのだが、右手に持つ半ばから無残に折れてしまった弓が、その考えを否定していた。


「大丈夫か!!」


少し離れたところから聞き覚えのありすぎる声が聞こえてくる。

そうして大した間も置かず俺の元へと到着したコンコルダに、熊の下から引っ張り出してもらい事無きを得たのだった。


余談だが、その後コンコルダとリドエルさんにこっ酷く叱られた。


―――――


後日、怪我で療養中の俺に来客があった。

くだんのつり目男とその仲間たちである。


「あ…あの時は、その…助けてくれてありがとう」


そうして最初に用件を明らかにしてくれたのは、名前も知らない女の子の内の一人だ。

女の子にしては短めに切りそろえられた髪と小麦色の肌から彼女の活発な性格が窺える。


「うん、無事で良かったよ。まぁ最後にコンコルダに助けてもらった俺が言うことじゃないかもしれないけどね」


少し茶化すように言った俺の言葉に女の子が笑うが、他の連中は黙ったままである。

この空気をどうにかしようと、俺はとりあえず、


「俺の名前はケンジ、良かったら君らの名前も教えてくれる?」


軽く笑ってそう言った。


これがキッカケとなって、この土地に来てから初めて俺に同世代の友人ができたのだった。

予想以上に長くなってしまいました…

申し訳ないです。


はてさて、このお話が今後の展開にどう影響を与えていくのでしょうか。

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