別れ
山間の村を追われた騎士達は、ふもとの町の貴族のもとに身を寄せていた。
戦士と魔術師は、騎士達に使者を出した。
魔物の大群が迫っている。このままでは、村は全滅である。この上は、二度と逆らわぬと誓うから、村へ戻ってきてもらいたい。
騎士達としても、村には愛着がある。国王より賜った領地でもある。が、ただで戻るわけにはいかない。
反乱の首謀者、赤鎧の戦士と魔術師の首を差し出すこと。それが、村へ戻る条件だった。
それだけは聞けぬと言って、使者は村へ戻っていった。
使者から報告を受けた魔術師は、しばらく考えてから、皆に作戦を提示した。
村を出て、谷間で敵を迎え撃とう。それならば少数でも守りやすいし、何より村を焼かれるわけにはいかない。
皆が賛成したので、そのように決まった。ただ戦士は黙ったまま、魔術師の目をじっと見ていた。
仲間がひとりふたりと倒れる中、赤鎧の戦士は先頭に立って、槍を振るい続けた。強力な守りの術が、魔法による攻撃から彼を守った。魔術師と吟遊詩人は、魔力の弾丸で、空を飛ぶ魔物を撃ち落とした。
しかし、多勢に無勢だった。そもそもほとんどの者は、大した訓練も積んでいない。
「ここは一旦、退こう」
敵を食い止める魔法を張りながら、魔術師が言った。
「ぼくに考えがある。みんなはちょっと、下がっていてくれ」
皆が言われた通りにすると、魔術師は地面に右手を当て、呪文を唱えだした。するとどうだろう。近くの小川から水が引き寄せられ、土と混ざり合って、魔術師の周りの地面がみるみる沼地になっていく。
「無茶だ!」
詩人が怒鳴った。
「そんな大がかりな術を使っては、体がもたないぞ」
詩人の言った通り、魔術師は広大な沼地の真ん中で、ばったりと倒れた。空を飛ぶ魔物が、それに襲いかかる。
「あいつを置いていくわけにはいかない」
そう言って、戦士は槍を握り直した。
「みんなは村へ戻ってくれ。敵はこの沼地を越え、さらに休息を取らなければならない……良いか、とにかく村を守るんだ。意地は時に大切だが、仲間と比べればつまらないものだ」
そして、赤鎧の戦士は親友のもとへ、沼地に足を取られながら進んでいった。
「みんな、言われた通りにするんだ」
詩人が、いつになく厳しい顔をして言った。
騎士達のもとへ、再び使者が出された。騎士達は郎党と、さらに町の貴族の手勢も連れて、村へ戻ってくることになった。
その知らせを聞いてから、詩人は戦士の家に、あの親子を訪ねた。
「あなたはこのまま、ここを離れるおつもりでしょう」
美しい母親が言った。
「悪いが、そのつもりです。騎士達が戻ってくれば、わたしはいてもいなくても同じです。目を付けられる前に、消えることにします」
「それでは、この子を連れていっていただけませんか。騎士の子であるこの子は、ここにいては、辛い思いをするだけですから」
「それを言いに来たのです。ただし、あなたも一緒です。あなた方ふたりくらいなら、こっそり連れ出せる」
しかし、女は首を横に振った。
「わたしはここに残ります。旦那様との思い出がある、この家に」
「しかし、あなたはあの人の妻ではない」
「昨日……初めて、抱いていただきました」
(あいつめ、最後に余計なことを)
詩人は思った。
いつからか、この女性のことを好きになっていた。
「それで、子どもができたのですか」
「昨日の今日では、分かりませんわ」
女は、ちょっと笑った。
「子どもができたら、それは赤鎧の戦士の子だ。いっそう、辛い目にあいますよ」
しかし、女は気持ちを変えない。
「家などは物に過ぎません。彼の思い出は、我々の中にある」
しかし、女は気持ちを変えない。
そのベッドが、あいつとの思い出だというのか!
詩人はしかし、それだけは口に出さなかった。
「君は、お母さんと別れるのは寂しいだろう」
詩人は、ずっと黙っていた女の子に話しかけた。
「寂しい」
女の子は言った。
「でも母さん、頑固だから」
海辺の町の、一軒の食堂。人々が、吟遊詩人を囲んでいた。
「で、その子は何だい。妹かね」
「この子は、わたしの弟子です。わたしが語るのをそばで聴かせて、技を覚えさせています」
「ふうん」
「そんなことより、せっかくなんだから、何か話してもらおうぜ」
「何かこう、勇壮なのが良いな」
「それでいて、どこか物悲しいようなのが、おれは聴きたいね」
何を気取ってやがる、といって、笑い声が起こった。
「そういうことならば、おあつらえむきの話がございます」
吟遊詩人はそう言うと、小さな竪琴を構えた。
「それでは聴いていただこう、赤鎧の戦士の物語を」




