其ノ漆
久し振りに投稿。変だと感じるのは仕様ですのであしからず。
――・・・またこの夢、か・・・。
『母上』
『琥珀』
――・・・なあ俺。これは俺に対する罰なのか? 母上を喰らった俺への。
座る俺に雪が降り積もり、白い髪の毛に合う頭の上と肩に少量の雪が乗る。
雪・・・パラパラと降るその光景はあの時の光景と重なる。
母上が・・・死んで喰らった日と同じ。過ぎ去ったトラウマ。
そんな雪の降り注ぐ光景を背景に、二人の親子が見える。
死んだ母上、そして幼い俺の姿をした少年が手を繋いで楽しそうに歩いている。
吐く息が白く固まるがそれでも話すのはやめない、楽しく笑う姿は俺の心を抉るようだ。
『母上。大好き!』
『妾もじゃ琥珀。いつまでも一緒に、の?』
――・・・畜生。俺は・・・!
『仕方がないよ。君がした事はそれほど重い罪なんだ』
「! お前ッ!」
忌々しく呟くと、急に景色が切り替わって少し離れた前方に小さな俺がこちらをじっと見詰めて立っていた。
雪が降るのは変わらないが、周りには氷の柱があった。
小さな俺は小さな口を動かすと、辺りによく響く声が聞こえてきた。
『母上を思うあまりに周りが見えていない。そのせいでどれだけ傷つけた? どれだけ迷惑をかけた? 調子に乗らない方がいいよ・・・君は世界の中心じゃないんだよ』
『・・・ふぅ。この空間に閉じ込めても反省も全くしてないね』
『呪いはまだ続く。君はまだ苦しみを感じるべきだ』
「てめっ! 待てやゴラァ!」
■□■□■□
夢から引き揚げられる感覚にゆっくりと目を開ける。
目に写るのは木目がよく見えるどこかの天井らしきもの。
頭がボーッとして頭が回らない状態だが、ゆっくりと上半身を起こした。
「おはようございます。気分はいかがですか?」
顔を横に向ければ、見覚えのある緑色の髪の毛をした女。
眩しい笑顔で挨拶する女はどこかであった覚えがあるが・・・。
・・・なんだ? 何があったんだか覚えていない。
「お前・・・誰だ」
「私です。前に貴方様に会ったはずですよ・・・あっ、姿が変わっていますからわからないかもしれませんね。私は貴方様に殺されかけたことがあります」
「俺が・・・お前を?」
「ですが、急に倒れたので未遂ですけどね」
クスクスと笑う女。
・・・駄目だ。思い出せない。こんなはっきりと特徴のある人間なら覚えているはずなのに。
それよりもここは何処だ? 見たところ、家の中のようだが。
「諏訪子様ー、神奈子様ー! 琥珀様がお目覚めになりました!」
諏訪子・・・神奈子・・・懐かしい響きがする。緑色の髪の女も見覚えがあるな。
駄目だ。頭がボーッとして頭が回らない上に思い出せない。
「やっと目を覚ましたようだよ神奈子ー」
「全くだよ。今までどれだけ寝ていたんだよ。ハァ・・・」
「諏訪子様、神奈子様、まだ完全に目覚めていないようなので」
「・・・?」
襖の扉を開けて入ってきたのは二人の少女と女だった。
金髪に変わった帽子を被った少女、紫の髪に太い縄を背負った女。記憶がある。
緑色の髪の女と親しく話しているのを見て、記憶を掘り返される。
「・・・・・・タケミナカタと・・・洩矢神、だったか?」
「あーうー、前に自己紹介したのに名前すら呼ばれないよー」
「私はむやみやたらに真名を呼ばれてるんだが・・・」
確かにこの二人はタケミナカタと洩矢神だ。だが、この違和感は?
「大丈夫か? 少し戸惑ったような表情だが」
「・・・タケミナカタ。お前、少し老けたか?」
「死ね! 心配した私が馬鹿だったよ!」
何故か殴られた。それも握られた拳で思いっきりと。
頬に痛みを感じていると、タケミナカタは怒ったように部屋から出て行った。
何なんだ?
「あー、神奈子が気にしている事を言っちゃったね」
「後で慰めておきます」
「頼んだね。神奈子の扱いは苗のが上手いからね」
洩矢神が緑の髪の女と親しげに話している。
前に会った時はタケミナカタと洩矢神しかいなかったはず・・・。
「洩矢神、誰だそいつは? 前はそんな奴はいなかったはずだが。それに俺はなんでこんな場所にいるんだ?」
「質問が多いね・・・まずはこの子は前にも会ってるよ。ほら、君が前に殺そうとしていたでしょ?」
「・・・? その時はガキだったと思うんだが」
「そう。けど、前に君が私達を押さえ付けた時から・・・」
その言葉には驚くしかなかった。
洩矢神の口から自分の置かれた状況を理解する事ができた。
「十三年も経ってるんだ。君はその間ずっと寝ていたんだよ」
「・・・はぁ?」
■□■□■□
「・・・・・・プハーッ」
この時代にはないタバコを吸いながらどこまでも澄んだ青空をボーッと眺めていた。
洩矢神・・・洩矢諏訪子の話してくれた話にはド肝を抜かれたような気分になって今は何も考えたくはなかった。
まさか十三年も寝ていたとは・・・俺自身でも信じられなかった。
それと、敵であるはずの俺をそんな長い間、看病してくれていた事にも驚きどころか呆れが混じった感情が出てきた。
どうやらあの時、洩矢神とタケミナカタを叩きつけたあの時にいた緑髪のガキが成長したのがさっきの女らしく、あいつが俺を看病してくれたみたいだ。
タケミナカタや他の二柱に仕えている神官等は反対したようだが、洩矢神の実の娘であるあの女と洩矢神が無理矢理提案を押し付けたようで、彼女が一人でやるという事で俺を看病して匿う(・・)事ができたそうだ。
・・・こんな、人間もいるんだな・・・。
俺が知っている、今まで会ってきた人間は看病する事を反対した方が多かった。
母上のいる高天原の手掛かりを探している時に会った人間のほとんどはそんな感じだった。農民はまだいい。だが、神の腰巾着は酷いもんだ。
自分があたかも神であるかのように、農民に威張り散らしたり気に入った農民の娘を神のご加護だと言って無理矢理連れたりと。クズばかりだった。
「何かお飲み物でもいかがですか?」
「いい」
「と言っても、もうありますけどね? 粗茶ですが」
「・・・礼だけは言っとく」
タバコを指で弾いて睨むと、一瞬で灰になり、跡形もなく消し飛んだ。
自分の力の一部である狐火を使っただけなんだが、こいつ・・・お茶を持ってきてくれた緑髪の女はかなり驚いていた。
これくらい、お前の仕えるカミサマならできるだろ。と思いながら湯呑のお茶を啜った。
熱いお茶だからか、少し肌寒かった体に染み渡ってホッと息をついた。
こうやってのんびりするのも久し振りだな。と思う。今までは高天原への道を探して旅をして、神に追われて戦って、妖怪にも襲われて。休む暇もなかった。
だけど、今は平穏なものだ。目覚めて二時間ほどしか経過していないが、変わらぬ世界の流れに一安心した。
また母上を失うような、あの氷河期の地獄には遭いたくない。あれは忘れてはならない記憶と共に、忘れたい記憶と矛盾したものだ。
「それで? 巫女サマはなんで妖怪の、それも殺されそうになった相手とこうやって話しているんだ?」
「あははは・・・私は気にしていませんよ。あの時、貴方様の心は泣いておられましたから」
「・・・どういう意味だ?」
うーんと人差し指を顎に当てて考える素振りを見せる女。
少し嫌な予感がする。それも、俺の心を深く抉りそうな事を話されそうだ。
「なんというか・・・迷子になった子供、ですかね? 母親を探して探して泣きそうなそんな感じがしました」
「!」
「キャッ!」
その言葉を聞いて、ほとんど無意識に体が動いて隣に座る女の体を押し倒した。
すると部屋の外からガタンと聞こえてくるが、俺はそれは聞こえず、目の前の倒れた女を睨んだ。
「貴様・・・あの時に見えた幻想は貴様の仕業か・・・!」
「え、あ、あの・・・?」
女は顔を真っ赤にしてどもったように声を出していた。
長い緑髪が部屋の畳に広がってモゾモゾしている姿は普通の男ならクラっとくるだろうが、そんな事どころではない。
今の言葉、倒れる前に見えた幼い俺の事を知っているような言い方だった。
俺以外にも幻術が使えるのはごまんといる。だからこそ、悪戯にしてもあんなものを見せられたからには問い詰めなければならない。
「さあ、話せ。あれはお前の仕業なのか?」
「な、何の話ですか? 私が何かをしたのでしょうか?」
「正直に話せ! あの幻術はお前が・・・がっ!?」
ビキッと頭に鋭い痛みが走った。その唐突で鋭い痛みに、声を漏らしてしまった。
女が着ている青っぽい巫女服の胸元を持つ手を離してしまい、堪らずに両手で頭を抱えて馬乗りになっていた場所から畳の上に転がる。
「うぐぁ・・・」
「だ、大丈夫ですか!? しっかりしてください!」
隣で女の声が聞こえるが、頭の痛みに聞く余裕がなかった。
痛みと一緒に頭に妙な声が響いてきた。この声は・・・前に聞いた・・・。
『全くわからない子だね。反省の欠片すら見えないじゃないか』
『というわけで、これは罰だよ。自分の身勝手な行いが何をもたらすかちゃんと考えなよ』
ブッツンと意識が急に意識が飛び、畳の上に勢い良く倒れ伏した。
声が・・・遠退く・・・また意識が・・・。
「琥珀様! 御代琥珀様! 諏訪子様、神奈子様! 来てください!」