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白狐浪漫譚  作者: むらくも。
儚き幻想の中で―偽りのセカイ―
5/16

其ノ伍


 ――なあ、アンタは知ってるか?










 ――“高天原タカマガハラ”って場所をさ。










「ああん? そんな場所、聞いたこともねぇな」


「そうか・・・ならいい。時間を取らせて済まなかったな」



 地球の自然は甦り、生き残った妖精や動物は各地に散らばって新たな種を残した。

 緑多き美しい大地に再び生命が芽吹いたのは喜ばしいこと。今では絶滅した人間も繁栄し始めている。

 人間も繁栄し、妖怪も彼等の畏怖や負の感情で現れ始めた。


 徐々に戻りつつある地球で、俺は一人で旅をしていた。

 目的は“高天原タカマガハラ”。母上が逝ったであろう場所を探すことだ。

 ・・・あの時、母上が死んだあの時。俺は取り返しのつかない事をした。


 母上の亡骸を・・・俺は喰らったのだ。体の全てを。細胞や血肉を全て喰らってしまったのだ。

 気付いた時はもう遅かった。意識を飛ばした俺が気付いた時は母上の亡骸を喰らい尽くしていた。

 後悔をした。自分の母親を食べた罪悪感が俺を蝕むようにずっと・・・後悔させられた。

 だから俺は“高天原”を探す。母上に会って、母上に謝りたいから。



「高天原を知ってるか?」


「知らないな・・・あっ、確か大和の神様がそんな事を言ってた気が・・・」


「ほう。有益な情報、感謝する」



 何年経ったかわからないが、やっと高天原の情報を手に入れられた。

 村人に感謝しながら近未来都市で手に入れた懐中時計で時間を確認する。

 ・・・六千年、か。母上が死んでそんなに経つのか・・・。

 もう俺の年は万を越えてるか。思えば長かったな。妖狐になってからはあっという間に時間が流れるのは慣れなかったな・・・。


 あれから俺は一人で過ごしてきた。

 母上を喰らったせいで動物や妖精達からは嫌われるようになり、全員が俺から離れていった。

 今も、俺は一人。誰にも会わないようにひっそりと暮らすつもりであったが、こうしてわざわざ人間に会うようになった理由ワケがある。



 ――“高天原タカマガハラ”への道を知る神が現れた。



 風の噂でそれを聞いた事で俺は高天原を求めて旅をする事を決意したのだ。

 だが、あくまでも風の噂。その神がどこにいるかも、本当に神が知っているのかもわからない状況で旅をする事は無謀に近かった。

 何年も顔を隠し、姿を欺いて情報を集めて高天原の手がかりを探し求めた。

 それがやっと、報われる日が来たのだ。


 母上・・・貴女は俺が貴女を喰らった事を許してくださいますか?



「おっ、いらっしゃい。何の御用で?」


「大和の神々とやらに会いに来た。場所を教えてもらいたい」


「・・・あんた、神様に何の用だ? 知らない奴をホイホイと会わせるわけにはいかねーな」


「・・・早く案内しろ。今は機嫌がいいんだ・・・損ねたら貴様を殺してしまうかもしれんぞ? 私もあまり殺しはしたくないのでな」



 高天原の手がかりを求めて、情報の在処である大和の国にやってきた。

 少し前に諏訪大国と戦い、諏訪大国を負かして信仰を得ようとしたが諏訪大国の信仰が思った以上に根深かったようで大和の国がピリピリしていると聞いていた。

 その影響か、離れた場所からイライラしたような雰囲気を感じる。

 目の前に立つ男もかなり警戒しているようだ。手に持った槍のようなものが中々物騒だ。


 大和の国の確か・・・天照だったか。高天原への道を持つのは。

 大和の国には数多の神々がおり、戦闘に秀でた神々も多いとの情報もあるが、果たしてどれ程のものか。

 諏訪大国のミジャクジや洩矢神を破ったとも聞くだろうから上級神がいるのは間違いないだろうよ。

 高天原の道標、ここで見つかると嬉しいのだが・・・。



「貴様、やはり妖怪か? ならばここを通すわけにはいかん! 顔も隠すような奴なら尚更な!!」


「・・・俺を怒らせるなと先程忠告はした。よって、貴様を利用させてもらおうか」


「なっ・・・に?」



 目の前の男の目がだんだんと虚ろになると、カランカランと槍を落とした。

 案内しろ。と声をかければ後ろを振り向いて奥に見える大きな鳥居に歩き始めた。

 俺がしたのは簡単な暗示。幻覚とも言える。

 相手の心に入り込んで心を操ることもできるが、それだと勘が鋭い奴には見破られてしまう。

 だからこその簡単な暗示を使う。これならば、『自分は自分の意思でこれをしているのだ』と思わせれば怪しまれるデメリットが少なくなる。

 それに、この男は兜のようなもので顔を隠しているため、目がおかしいと思われることもない。顔が隠れて、目も見えないからだ。


 暗示をかけた男はすれ違う同じ格好をする人間に軽い挨拶をしながら先に進む。

 見た目が怪しい俺を見ても、上手く誤魔化してくれているから問題はなさそうだな。

 それもそうだろう。顔を見られないために体全体を覆い隠す茶色の布切れを着ているのだから。

 人間に知られたくないのと動物や妖精、見えない妖精も含んだ彼等にも見られたくない二つの理由からこの格好をしている。

 ローブのような布切れのフードを深く被っているから見たくても見れないのは間違いない。


 そうこうしていると男は大きな鳥居の下に俺を案内し終えたようだ。

 虚ろな目をこちらに向けているので目を合わせて目をパチリと閉じた。

 すると、男は糸が切れた人形のように鳥居の下に崩れ落ちた。暗示を解除したために気絶したのだ。



「・・・ここに高天原の手がかりが・・・」



 赤く大きな鳥居を見上げて呟いた。

 他人から見た今の俺はたぶん寂しそうな子供のように見えるだろう。

 嬉しい・・・怖い・・・寂しい・・・様々な感情が混ざって複雑な心情だ。


 間を置き、頭を横に軽く振ると、フードを調整してまた顔を見えなくした。

 そして、足を動かして目の前に見える大きな鳥居をくぐる。敷き詰められた砂利の上を歩くと、独特の音が鳴る。

 成程。大和の国を代表する神々なだけはある。大きな神力をいくつも感じる。それに、この場所も神力で溢れて神聖な空気で満たされるのがわかる。

 しばらく歩き、大きな本殿が見えてくると中から声が聞こえてきた。

 近くなる声を聞きながら本殿の扉を開けて中に入ると、ピリピリした様子の人間の姿をした神々が一斉にこちらを見てくる。



「なんだ人間。誰も許可はしていないのに勝手に入るな!」


「汚らわしい。そんな格好で我等と会うなどふざけているのか!」



 ぎゃあぎゃあと神々がイライラをぶつけるように叫ぶ。

 それを無視してグルリと見回し、一際大きな神力を持つ女の姿をした神を見つけた。

 ・・・こいつ、か? 天照という神はこの女の可能性がありそうだ。

 真っ直ぐにその女の座る場所に歩くと、更に周りの神々の罵声が大きくなるが、不思議と耳に入らず、思考だけがクリアになる。



「・・・アンタが天照か?」


「・・・そうです。と答えましょう人の子よ。貴方は何故、この場に訪れたのでしょうか?」



 こいつが天照。俺が長年、探し求めた高天原への手がかりを握る神か・・・。

 自然に隠された顔の口が三日月に歪められ、笑いの表情が表に出始めた。

 そんな俺の様子に、天照が何かに気付くと、手を軽く上げる。そして、罵声を浴びせていた神々がピタリと止まる。



「アンタが天照・・・会いたかったぜ・・・」


「光栄です。貴方のような方に知られているとは・・・」


「まどろっこしい事はやめだ。単刀直入に言わせてもらおう」


「聞きましょう」



 この瞬間を待ちわびていた。ずっとずっと。

 母上に謝りたくて探し続けてきた母上に会うために高天原を探して探して・・・!










「高天原はどこだ」










 その言葉を聞くと、天照を含めた神々がザワッと違う意味で騒ぎ始める。



「何故・・・高天原を人間が?」


「我等の祖が住まう神聖な場所なのに、下等な人間が知っているとは・・・」



 周りの声は聞こえない。ただ、目の前の天照しか目に入らない。

 やっと見つけた手がかり。それだけを見ていて注意が散漫していたのだろう。

 次の瞬間、体全体に衝撃が走ると、意識が一瞬だけ吹き飛んだ。

 背中にまた衝撃を感じると、どうやら外にいるとわかった。背中には砂利の刺々しい感触を感じる。



「八坂の!? 何故、あの方を攻撃したのですか!」


「天照様! あいつは妖怪です! 高天原へは力を得るために行くに違いありません!」



 本殿側からそんな声が聞こえる。

 誰だ・・・俺を、俺の邪魔をする奴は・・・?



「殺す」



 本殿の扉側に天照と紫のような髪をした女が警戒心丸出しで手に石の柱を持っていた。

 あの野郎が俺を吹き飛ばしやがったのか。許さねえ、殺す。

 足の力だけでバッと立ち上がると、天照と女の驚いた様子を感じる。



「天照様、お下がりください・・・ぐうっ!」


「や、八坂の!?」



 耳障りな女の懐に一瞬で飛び込むと、健康的な肌が見える女性特有の首を掴んだ。

 呻く声が聞こえるが、気にせずに力を入れて首を絞める。

 折角見つかった手がかりを聞くことを邪魔したんだ。容赦などする気は一切ない。



「貴方! 何をする気ですか!?」


「天照。先に手を出したのはこの女だ。悪いのはこちら、俺は正当防衛で反撃をしているだけ・・・やはり、高天原の手がかりは貴様が握っているようだな?」


「くっ・・・ですが、何故、高天原へ? 人間がわざわざ我等がその存在が住まう聖地に行く理由がわかりませんが?」


「話す理由、貴様にはない。早く話さなければこの女が死ぬことになるぞ?」



 うぐっと更に呻く八坂のと呼ばれた女の神を見て天照は悔しそうに口を結んだ。

 一見、神は無敵に聞こえるが、そうではない。人間とは違うが、神力と呼ばれる神を構成する力があってこそ存在できるのだ。

 その神力の源は人間の信仰、神を崇め奉る事で生まれる力である。

 死という概念には遠く、近い不安定な存在が神なのだ。だからこそ、神は人間の信仰を求めて時には戦争をする。

 見返りに人間は普通とは違う力を与えられ、神を守る役目を果たす。


 今、この場で神を殺しても何れは信仰があれば神は甦ることができるだろう。

 だが、今の状況で神の一柱が欠けてしまうのは天照、大和の国にとってはどうしても避けたい事だろう。

 だからこそ、最大の切り札となる。高天原の情報と引き換えになる。



「どうする天照? こいつ、死ぬぞ」


「あうぐっ・・・」


「くっ、卑怯な・・・」



 どうしても高天原への手がかりを渡したくないのだろうか。天照は迷いながら、八坂と高天原の情報を天秤にかけているようだ。

 早く渡せ。高天原への手がかりを。そして、母上に会わせてくれと焦ってしまう。



「・・・ん?」


「いつまでも、やれると思うなよ・・・! ハアッ!」



 ゴキンッと俺の腕が折れる音が耳に、体全体で感じた。

 腕がダランとすると同時に、首を絞めていた八坂が脱出してまた俺を蹴り飛ばした。



「げほっげほっ・・・馬鹿力めっ!」


「八坂神奈子、無事ですか!?」


「なんとか・・・天照様、あいつは人間ではありません。おそらくは妖怪でしょう。滅せなければ!」


「・・・んでだよ」



 ポツリと呟いたが、俺の呟きは意外と大きく辺りに響いた。

 八坂と天照が身構えると、俺は手をついて立ち上がろうとする。その拍子に、隠していた顔が露になった。



「白い・・・髪?」


「なんでだよ・・・なんで邪魔するんだ。俺は謝りたいだけなのになんで、なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんで」


「お、おい? どうしたんだ?」


「なんで邪魔を・・・するんだてめぇらはァァァァァァ!!」



 吠えた。今まで貯めてきた後悔を全て吐き出すように吠えた。

 身に宿した妖力が爆発し、間欠泉のように溢れ出すと全てを吹き飛ばすような衝撃波が辺りを襲う。



「狐の妖怪か!? だがなんて妖力を持っているんだ!」


「邪魔すんな! 高天原の手がかりを俺に寄越せ!!」



 身にまとっていたローブは弾け飛び、体全体が露になって隠していた白い尻尾は凶暴なまでに尖っていた。

 溢れ出す妖力の一部がオーラのように体全体にまとわりついて相手を威圧するように天へと立ち上る。

 自分の目からも、黒ずんだ靄のようなものが見えている。禍々しい気配を感じるが、不思議と嫌に思わなかった。



「なんという禍々しい妖力・・・」


「高天原の! 手がかりを寄越せ天照! 俺は、俺は高天原へ行かなきゃならねえんだよ!!」


「・・・いえ、貴方が高天原へ行けばたちまちその妖力で高天原が穢れてしまう。行かせるわけにはいきません!」


「・・・! こんのクソアマがァァァァァァ!!」



 ダンッと地を蹴り、滑空するように天照へ向かって滑るように飛ぶ。

 地を蹴った反動で後ろから爆風を感じ、天照の横にいる八坂が腕で顔を庇っていた。

 距離がゼロに近付くと鋭く尖った爪を天照に突き出すように手を前に出す。

 天照は目をしっかりと開けて構えており、危なげなく俺の腕を避けてみせた。



「(速い・・・避けきれなかった!)」


「(チッ! 避けやがった!)」



 天照の頬には一筋の傷痕、俺の爪で切り裂かれて赤い血が出ていた。

 反撃するように天照が手を横に振ると、光輝く弾幕が放たれ、空間を埋め尽くすが如く、視界が白く染まる。

 だが、超スピードで周りを走り回る俺には当たらないでただ光の軌跡が周りを覆う。

 地面を蹴り、空中を空気を蹴るように駆け巡って避け続ける。



「速すぎる! 天照様の攻撃が当たらないなんて!」


「八坂神奈子! 貴女は手を出さないように! この方は私が相手をします!」



 両足だけではなく、両手も使って獣のように四足歩行に切り換え、更にスピードを上げる。

 四本の尻尾のまま強くなるにはただ妖力を鍛えるだけじゃなくて、近接戦闘を強化する必要があった。

 だからこそ、俺は過酷な地獄を生き抜いて自分の力を鍛えて鍛え上げた。あんな辛い思いはもうしたくないから。

 それが完成はしていないが今の戦闘形態で超スピードで戦闘する事を可能にした。


 今も、天照は目で追うことしかできないで弾幕は俺に当たっていなかった。

 空中を駆けるには妖力の繊細なコントロールが必要。ここまで戦闘ができるようになったのも母上の・・・母上の指導のお陰。



「何故貴方は高天原へ行きたいのですか!」


「貴様に話す必要は・・・ないっ!」


「くっ」



 金属同士がぶつかり合うような音がする。俺の爪と天照の神力で作られた壁がぶつかり合う音だ。

 ギギギッと指の爪から伝わる感覚に顔を歪めながら、もう片手の爪で壁を突き破るように壁を引っ掻くように腕を力強い突き出す。

 弾かれると、何度も壁を叩くように爪で更に引っ掻き続けた。


 天照の顔が苦しそうに歪むのを見ると、妖力を片手に集中させて思いっきり壁を殴った。

 パリイィィンと鏡が砕けるような音がすると、淡い色をした薄い膜が無くなるのがわかった。



「自慢の防御が無くなったなぁ? 死ね!」



 口を開けて妖力を吐き出すように力を放出すると、赤黒いレーザーが天照を襲う。

 天照様!という声が聞こえる。俺は天照から避けるように宙返りをして後ろに飛び退いて四足歩行をするように地に張り付いた。

 手応えはあった・・・後は。



「ふん。こいつが高天原への手がかりとやらか?」


「し、しまった! 八尺瓊勾玉を!」



 地に張り付いたまま尻尾の一本を動かすと、それに勾玉がプランとぶら下がっていた。

 そこにあるだけで神力が漏れてるのが肌でわかる。

 ・・・八尺瓊勾玉。そうか。三種の神器が高天原への扉の鍵になるのか。

 ならば、残った天叢雲剣と八咫鏡があれば・・・母上に会える。



「こいつはいただいていく。楽しかったぜ天照様よ」


「ま、待ちなさい!」



 超スピードでまた姿を消すと、天照の声を背に大和の国を脱出した。

 やった・・・これで母上に会える! 母上に謝れる!






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