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白狐浪漫譚  作者: むらくも。
儚き幻想の中で―本当のセカイ―
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其ノ拾陸


 ・・・ここで最後。全ての準備は整った。

 不安定な人格を無理矢理制御しながら力を行使、対象の記憶を書き換える。

 天地開闢、それを起こし、全てを救うために俺は今まで短い時間の間で御三方に探知されないように慎重に、なおかつ迅速に準備を整えた。



「我は白帝大神の化身也。我が命は白帝大神の命と思え。それゆえに我は命ず。大気よ、大地よ、大海原よ。世界再生のための礎となれ。我に全てを委ね、新たな存在へと転生せよ・・・我が名は白帝大神の化身、傀儡の神代琥珀、御代琥珀也。我が命に従え。我と共に在る事を誓え。我と共に再生誕する事を誇りに思え」



 ポタポタと滴り落ちる地面を赤く濡らす血で描かれた円の上で静かに語り掛けるように言葉を紡いでいく。

 両手、手首を切ったため、血の量は既に致死量に達している。それでも死なないのはこの器の恩恵か俺が壊れているかどちらか。

 おそらくは両方当てはまるだろう。既に壊れた俺の本当の人格、元から壊れている俺という人格。なんとも皮肉な事か。


 天地開闢にはあらゆる儀式に用いる神具や言霊が必要だ。とはいえ、世界を再誕させるような儀式だ。生半可なものでは起こすどころか逆に再誕させる世界に殺されかねない。

 まず、神具である三種の神器の八尺瓊勾玉、八咫鏡、天叢雲剣。高天原への道を開く鍵となるこの神器、神具は『異なる世界と繋ぐ事』を目的とした御三方の子等が創り、概念を固定化させた最終兵器とも言える危険な物だ。

 次に、言霊。再誕させる世界に語り掛けて自らを世界と同調・・・・・・・・させるために詠う儀式。世界が相手だ、根気がいるなんて問題ではない。

 最後に供物。これは俺自身が当てはまる。肉体の血肉と精神、心まであらゆるものをだ。血を使ったのは交信するための手段、交信できると自分の存在は未来永劫消え去る。まるで幻想のように。

 だが、供物は神であり、最上位の神気を持つような者でなければ反応しない。それも個の神気だ。集めたような不純物が混ざりまくった物は論外。純粋な神気、これは御三方の人形である“神獣の器”と呼ばれる俺でなければならない。

 神の従順なる獣、それは気高く何よりも誇り高い存在。今は愛想を尽かした者が多く、確認されているのは“空狐”と“龍神”、“真の銀狼フェンリル”など北欧の伝説の魔獣に数えられるだけだ。

 殆どは姿を消すか死ぬか。生き残りは龍の神“龍神”と狐の神“空狐”くらいだろう。狐の頂点は天狐だが、神は空狐だ。位はあちらが上でも総合力は空狐が遥か上をいく。



「我は白帝大神の化身也。我が命は白帝大神の命と思え。それゆえに我は命ず。大気よ、大地よ、大海原よ。世界再生のための礎となれ。我に全てを委ね、新たな存在へと転生せよ・・・我が名は白帝大神の化身、傀儡の神代琥珀、御代琥珀也。我が命に従え。我と共に在る事を誓え。我と共に再生誕する事を誇りに思え」



 同じ言葉を繰り返しながら血が大量に滴る両腕を高く上げる。流れる血が着ている黒い服を赤黒く染めていく。

 淡々と言葉を紡いでいくとだんだん快晴だった空模様が怪しくなり、緋い雲が渦を巻くように集まってきた。

 それを視界で確認すると、ペチャペチャと血溜まりの上を歩き、ゆっくりと浮かんで緋い雲に近付いていく。



「・・・契約を交わすのだな? では俺の指示に従え」



 右手だけを高く上げると、緋い雲が掌に集まってそれが形を変えていく。

 それは緋想天と呼ばれる宝剣。名は『緋想の天剣』、神具の名に連なる世界が創りし宝。

 緋い刀身はオレンジに淡く変色すると、焔が燃え盛るような形へと再び変わっていく。峰の部分が所々が尖ってまるで焔が固まったように。

 ブンとひと振りすれば空間が裂けるような威力を発する。



「ふむ・・・『緋想の天剣』、どうやら剣自体にも力は宿っているようだな。これは珍しい・・・」



 空中に放り、白い尾で『緋想の天剣』を掴むと、両腕の手首に白いとは言えぬ汚れた包帯を巻いて手を一時止血する。

 包帯を巻きながらマジマジと剣を眺めてみれば特有の波動を放っていた。着々と時間を重ねて力を取り戻しつつも強くなる俺ですらも驚愕に値するものだ。

 強者には誰でも宿ると言われている能力に分類するか。まさか無機物に能力が宿るとは誰が思おうか。三種の神器すらも宿さないのに驚きだ。


 しかし信じられないな。保険として御三方が創られた俺という人格が主人格である未来を生きた大賢者の人格を押し退けて支配するなんて。

 大賢者、と言われているが何処にでもいるような人間が大きな力を宿した器に転生するなんてどれだけの苦難があっただろうか。ある日、突然大賢者として奉られ、やった事もないような儀式をして有り難い御言葉を哀れな子羊である人間に与える。そんな毎日を過ごせば参るだろう。

 実際に主人格は対等に接する事ができる者はいなかった。上には御三方、下には神や神官に人間。大賢者となる前の主人格は友と呼べる人間がたくさんいて幸せな人生を歩んでいたはずだ。

 それが無くなり、気軽に話せる者がいなかったらどうなる? 火を見るよりも明らか、今までの概念を欠片もなく破壊されて自我を失いかける。そして御三方より与えられた使命をただこなすだけの人形に成り下がる。

 御三方は以前の主人格の引き起こした天地開闢が失敗した時にそれを大いに悔いた。ただの人間だった者に与える使命を与えたのは間違いだったと。

 贖罪なのか、必要以上に気を遣うのはその罪悪感からなのだろう。自分から心を閉ざしたのに暴走しないように俺の人格を改変させて枷とした。


 主人格は神代琥珀から御代琥珀へと名を変え、自分が作り出した幻覚の偽りの幻想の世界でそこで生きていた。

 せめて幻想の中では幸せに。と御三方は願っていたが現実は非情だ。

 母を得た御代琥珀は母を失い、母を喰らった。幻覚の中とはいえ、それが御三方の強力な封印を強引に食い千切るきっかけとなった。

 感情のコントロールが困難。それは母だけを見ていなかった場合とよく似ていた。感情だけで力の行使、それは一歩間違えていれば自身の破滅を導いていただろう。

 白帝大神様の御姿・・・・・・・・で諭さねば幻覚の世界は砕け、現実の世界で神獣の一体である空狐の力で暴れていただろう。

 緩やかに幻覚を解くのと急に幻覚を解くのを考えると、前者の方がまだ安全だった。だから俺は開放した。だけど心は砕けてしまった。

 心の支えだった母が幻想だなんて知れば耐えられないだろう。以前の大賢者と呼ばれていた頃を考えれば何とも報われない者だろうか。



「だが安心しろ。俺だけは味方でいる。そのためには俺は悪名をいくらでも被ろう。嘘で固めてお前を真実で救ってやろう。そのために俺は生まれてきた・・・」



 だからと顔だけを後ろに向けると、憤怒の感情を顕にした妖怪・・・天狗を統べる天魔がそこにいた。



「おや。誰かと思えば鴉ではないか」

「貴様・・・我等の領土に踏み込んだばかりか我等の同胞を殺してくれたな!」

「先に手を出したのはその同胞だという事は忘れるなよ。道を聞いただけが殺されそうになるなんて笑い話にもなりはしない・・・そこの所はどうお考えかな? 鴉の?」

「黙れ! 皆の者! 奴を捕らえよ! そして許すな。命乞いしようとも無残に痛めつけて儂の前に連れてこい!」



 ふん。やはり低脳な阿呆には上は任せられんな。

 自分達の誇りとやらが汚されただけで逆上するとは。それもこちらには非はないというのに。

 まあ、過剰防衛だとは反省している。流石に殺すのはやりすぎた。

 良くて半殺し。種が絶えない程度に数を減らして黙らせてやろう。



「早く目覚めろ。お前には俺と違って未来があるのだからな」



 一番先頭の天狗の顔を殴り飛ばすと、真っ直ぐに大きな黒い羽を持つ天魔の元に天狗を踏み台にしながら一気に近付く。

 邪魔をする天狗は先程手に入れた『緋想の天剣』で斬りながら地面に落としていく。


 幸いだったのは母を求めて旅をしていた御代琥珀の戦闘経験が俺に反映されていた事だな。

 天照大神や追っ手の下級から上級の神を相手にした経験は戦う時に大いに役に立つ。

 戦闘経験で培われた勘と言えばいいだろうか? 最善の手を考えずに本能で動く事ができる事は嬉しい。ある一定の強さを持つ相手ではそれを逆手に取られるが高い戦闘能力を所持するこの器ならば多少なら力押しでいける。

 あの天魔・・・傲慢な態度を持っており、戦闘も得意ではないようだ。普段から楽をしていたのだろうと考える。



「この小僧がァァァァァァ!!」

「少なくとも俺が年上だよ低脳。誰に喧嘩を売ったかを後悔しながら逝け」



 天魔の錫杖らしき武器を首を横にずらしながら避けると、『緋想の天剣』を胸の辺りに突き刺すように突き出した。

 手に生々しい感触が伝わると、剣を伝って天魔の血が手を汚していった。

 その様を目を細めて一瞥すると、更に突き出してとどめを差す。



「死ね。貴様が天狗の長たる天魔を名乗ろうなど片腹が痛い。醜く残酷に往ね」

「儂は・・・儂は天魔ぞ!? 何故負ける!?」

「偽物に用はない。本物ならばもう少し手応えはあるが、貴様は虫以下の実力。それでよく天魔を名乗れたものだ・・・」



 むぅ。いかんいかん。初めての体の興奮感がまだ抜けていないようだ。

 胸から血を流す天魔・・・この天狗は偽物の天魔だろう。そいつを更にけなすように言葉を吐くと、ドンと剣を抜くように体を蹴飛ばした。

 スルリと剣が抜けると、血の軌跡を描きながら落ちていくのを見ずに剣に付いた血を飛ばすように振ると、辺りを怒号が包んだ。

 天狗の親玉がやられたせいだろう。誰もが怒り狂ってこちらに飛んでくるのが目を閉じても音でわかりそうなほど轟音を奏でていた。

 御代琥珀なら嬉々として歓喜の雄叫びを上げそうだな。鬱憤を晴らせるとか言いそうだ。


 迫る攻撃の嵐を感じたままに動いて避けると、近くにいる天狗の片っ端から殴っては蹴っては武器として振り回したりする。

 ・・・ぬ。こういう事をしていると体がその喜びにうち震えてしまいそうだ。

 どうやら強い部類に入る天狗は自分の妖気を放出する事ができるらしい。先程から色とりどりの光が瞬いて目が痛い。

 確か、弾幕というのだったか? 逃げ場を無くすために最も有効的な手段だと聞いた事がある。とはいえ、頭の知識と友好的な妖怪から聞いた話だから本当かはわからん。



「・・・ん? 何だ。もう終わりか? 歯応えもないな貴様等」



 考え事を少ししかしてないというのに気が付けば周りは天狗の黒い羽が舞っていて全ての天狗が地面に倒れ伏していた。

 弱い。やはりこの器は規格外だ。暴走しなくてよかったと心の底から思う。

 もし本気で暴れていれば世界は再生する前に完全に崩壊していただろうと思う。本当に暴走しなくてよかった。


 さて。ここでの目的は達成された。

 これで天地開闢を引き起こす材料は全て揃った。後は時期を見て儀式に最適な場所で俺を生贄に新たに世界を創り直す。

 御三方には見つからないようにせねば。絶対に阻止されるだろう。

 何せ、命令に背いて本来の天地開闢とは違う天地開闢をしようとしている。完璧な天地開闢を望む御三方・・・いや、伊邪那岐大神と伊邪那美大神は必死で止めようとするはずだ。

 自分達が現界・・・・・・できる唯一の方法を潰されるのだ。それはもう死に物狂いで俺を消す勢いで止める。



「ふふん。何でも思い通りにならないのが世だ・・・ならば、その荒波に呑まれる事を望まなかったお前を救う事を考えよう。大丈夫、我が精神が死のうともお前だけは生き残らせる」



 心の奥深くに眠る主人格である御代琥珀に語り掛ける。

 心が砕けたとはいえ、天地開闢は御代琥珀がいなければ完成しない。目覚めてもらわねば準備が全て無駄になる。

 ・・・ククッ。まさか俺がここまでの感情を持てるようになるとは信じられんな。それも奪ったであろう相手の心配をするようなどと。

 だが心地よい。これが人間の宝の感情というものか。理解だけでは到底、この正体は知れんな。



「・・・チッ。どうやらこの場所がバレたようだな。しつこい神だな」



 『緋想の天剣』を尻尾に収めるように鞘代わりにすると、その場を高速で離れる。

 敢えて飛ばずに近くの森の中を木を飛んで渡るように移動する事で見つかる危険を減らす。

 いい加減に諦めてくれると嬉しいんだが・・・無理だな。見ただけで頭が固そうな馬鹿だろうし。


 おっと。もう少し離れた方がいいか。










 ■□■□■□













 忌々しいあの盗人め・・・また逃げおったか。



「どうだ」

「どうやら先程まではここにいたようです。あそこの天狗がこっ酷くやられたと話していました」

「くっ・・・逃げ足だけは早い奴だ。まだ近くにいるはずだ! 探し出せ!」



 あの狐め・・・我から盗んだ宝剣、必ずや返してもらうぞ! 我が神の名に誓い、貴様を滅してやる!










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