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白狐浪漫譚  作者: むらくも。
儚き幻想の中で―本当のセカイ―
15/16

其ノ拾伍


 ここから主人公は休み。





 信じられなかった。旅に出たあいつがまさかあんな風に変わり果てるなんて。


 あいつ、琥珀は私がまだ諏訪子と争っていた時から諏訪子の相談役に近い立場で諏訪子を支えていた。

 諏訪子を破り、守谷神社へと改名した時から私はあの二人と共に過ごす事になった。初めは敵だったせいか殆どの人間と巫女に受け入れられなかった。

 地道に長い時間を掛けて二柱の神とまで言われるようになるには大変だった。

 だけど琥珀が率先して説得を続け、受け入れられた。琥珀の御蔭でここにいれるようになったと言っても過言ではない。

 まるで雲のように漂う琥珀だからこそ人間も信頼できるのだろうかと思う。



「琥珀様・・・?」



 長い時を待つ必要があると思ったが、意外と早く帰ってきた。かなり変貌した有様で。

 白い髪とよく好んで着る黒の着流しは変わらない。

 しかし、纏う雰囲気はまるで違う。暖かな包むような空気を持っていたはずが今は見ているだけで肌寒い。

 無表情。まるで感情が感じられないのだ。目も綺麗な緑色だったのが暗い光を宿す金色に変貌していて何も写していない。

 というより、何も見ていない感じがする。前は前を見ている綺麗な瞳だったのに。


 苗はそんな変わり果てた姿が信じられないのか、嫌々と頭を抱えて左右に振っていた。

 涙をボロボロと流すのを見ると心が痛むが、琥珀は何も感じていないようだった。前は泣くなと頭を撫でてあやしていたはずなのに。

 アレは何だ? アレが私達の知る琥珀なのか? 別人じゃないか!

 そこで気付いた。琥珀が旅に出る前に何かがあった。そう、苗の頑なな断固とした拒否をする場面だ。

 つまり、苗は琥珀がこうなる事がわかっていたのか? だからあまり我侭を言わないあの子があそこまで反対したのか?



「・・・や、やだなぁ。なんでそんな演技をしているの琥珀? ほら、いつもみたいにただいまとか元気にしてたか?とか言わないの?」



 苗だけではない。一番付き合いが長い諏訪子も動揺を隠しきれてない。

 声は震え、琥珀の着流しを握る手もカタカタと震えていた。瞳も不安で揺れている。

 琥珀はただそれを見る。無表情で、無感情でただ見つめるだけだった。

 ゾッとする。人は、妖怪は、神はあそこまで変わり果てる事ができるのだろうかと。



「ねえ、答えてよ・・・答えろ! 御代琥珀!!」

「違う」



 気圧される。その声に、その眼差しに。

 声の質も変わっていた。聞くだけで安心できると子供の頃から苗が言っていた声はその印象を書き換えられるような冷たすぎる声になっていた。

 諏訪子はそれに怯え、苗は嘘嘘と呟き始める。私も信じられなかった。



「俺は御代琥珀ではない。神代琥珀、神々の御三方がお創りになられたただの人形だ。貴様等の知る御代琥珀はもういない」



 何かが崩れる音が聞こえた。

 違うんだ。もう目の前にいる琥珀は私達の知る琥珀ではないと思い知らされた。

 琥珀の目は私達を見ていない。まるで遥か遠くを見ているようで、私達を写していない。



「俺は天地開闢を起こす。誰もが悲しまない世界のために。俺の存在は世界のために・・・」

「待て琥珀。お前は何故そうなった? それだけは答えろ」

「貴様等の知る琥珀は偽りの心を持った自我を失いしもう一人の俺で人間の部分を多く受け継いだ哀れな奴だ。だが御三方の前に立つ事で使命を思い出し、失われた自我が蘇って俺が目覚めただけの事。そしてもうすぐこの存在理由の無いこの仮初の命も消え去る。救済と再生のために」



 狂ってる・・・! 

 今はっきりわかった。琥珀は変わったわけではない。壊れてしまったのだ・・・・・・・・・。何かに押し潰されて。

 今の琥珀が本来の琥珀でも私達の知る琥珀はあの琥珀だけだ。

 ならば、救わねば。壊れたのなら私が、諏訪子と支えよう。



「やめておけ建御名方命たけみなかたのみこと。今の俺は全ての力を取り戻した御三方の化身だ。止めようなど貴様の今の神格では到底敵わんよ」

「! 心が読めるのか!」

「不思議なものだ。以前の俺は力を取り戻して、いもしない幻想の母を求めて宛もない幻覚に囚われたまま長い旅をして・・・結局は全てが無駄。人間の感情を持つから正確な判断ができないのだ」

「何を・・・言ってる?」

「気付いているだろう。ある時を境目に貴様等の知る御代琥珀の様子がおかしくなった事を」



 ・・・言われてみれば諏訪子は違和感を感じると言っていた。苗も別人のように感じたと言っていた。



「そう。あいつは大きな過ち、許されぬ大罪を犯した。世界を再生させるはずの天地開闢を失敗させ、あまつさえには世界を崩壊させた・・・貴様やそこの神も聞いてるだろう? 氷河期と呼ばれる極寒地獄だ。洩矢諏訪子、貴様はよく知るはずだ。何故なら、貴様はそこで全ての記憶と失った抜け殻の俺と出会っているのだから」

「・・・あー、あうー」

「自分が犯した大罪から逃れるように幾重にも己に幻覚を施し、自我を保つために様々な幻覚で作られた世界で過ごした。本来の存在すべきこの世界で御三方と接触した事で御三方の術で作られていた使命を果たすだけのために生まれた俺が目覚めたのはその時だ。俺は御代琥珀であり、御代琥珀ではない。ただの道具、化身の一体で失敗作なのさ」

「? どういう事だ?」

「理解する必要はない・・・俺はもう消える。だが安心しろ。貴様等は俺の事は忘れるだろう」

「何故? 私は忘れようにも忘れられないぞ」

「・・・ふふ。貴様も神ならばわかるだろう? 天地開闢の名を。それがもたらす恩恵を・・・そして、代償を」



 天地開闢は私達の先祖の神々、別天津神ことあまつかみ達が生まれた時を示す日本が生まれたと言われる伝説の出来事だった。

 理解はあまりできていないのだが、私達神々の間では神聖なもので知ろうにも知れない。

 それを知っていてしかも引き起こそうとするなんて琥珀の真の力はそこまで凄まじいのか? いや、嘘という見方もある。

 この変貌、それに関係している・・・という事か?



「先程も言っただろう。これが俺の本当の姿、貴様等が知る御代琥珀は偽りの姿だ。変貌も何もしていない・・・成程、天地開闢の詳細は知らないようだな。なら話さなくてもいいな」

「天地開闢・・・伝説の出来事とお前に何の関係がある?」



 諏訪子も苗も今は精神が折られて話をまともに出来ない。

 私も少し衝撃を受けたが、今は少しでも話を聞いて情報を集めなければ。

 呆けていても何も変わりはしない。まずは自分が出来る事から少しでもやる。そうすればどうであれ結果は出ると琥珀は苗に聞かせていた。

 ならば親友である私は琥珀を救う手立てを・・・。



「無駄だと何度言えばわかる。救うとは何を救うのだ? 御代琥珀を? 御代琥珀の人格を? 御代琥珀そのものを? それとも貴様等が愛する御代琥珀の幻想をか?」

「お前が何を言おうとも私は私達が知っている琥珀を救う。お前のような奴ではない優しい琥珀をな」

「・・・ふむ。ならば問おう。御代琥珀とは何だ? 貴様等にとってあいつの存在とはどういうものなのだ?」

「家族。長年共に過ごした親友であり、大事な家族だ」

「おかしいではないか? 俺も御代琥珀なのだぞ? ならば俺も貴様等の大事な家族とやらではないのか? 元々は御代琥珀は俺自身なのだぞ? まるで差別をするような扱いは酷いと思わないか・・・『なあ、神奈子?』」

「! お前! それは卑怯だろう!!」



 よりにもよってあいつは私達がずっと聞いていた優しい声色の琥珀の声で語り掛けてきた。

 これには心を大きく揺さぶられて動揺してしまい、あいつにもその動揺が筒抜けになってしまった。

 無表情の仮面の裏に昔に見た暖かい笑顔が垣間見え、諏訪子と苗も更に動揺し始めた。

 まずい。完全にあいつの手の上で踊らされている。主導権を完全にあちらに握られてしまった。



「話はまだあるか? 無ければ俺はこの守谷神社を去り、天地開闢の儀式の準備に移るつもりなのだが」

「琥珀様・・・何故ですか? 私が成長するまで見守ってくれるとおっしゃってくれたではないですか! 戻ってください。あの優しい琥珀様に・・・お願いです!」

「その願いは叶えられん・・・本来ならば言うべきではないが、長年連れ添った貴様等になら教えてもいいだろう」



 トンと右のこめかみ辺りを指で叩くあいつはもったいぶるような仕草を見せる。

 泣いているからか、声が震えている苗は聞きたくないとばかりに耳を塞いで蹲っていた。苗の凄まじいほどの勘が何かを告げているのだろうか?

 私も嫌な予感がする。聞くなと本能が叫んでいるように感じる。


 そして、死刑宣告とも言える残酷な言葉が発せられる。


「貴様等の大好きな御代琥珀は幻想の中から解放され、長年探し求めていた母が偽りだと知って心が砕けた。そして、奴は死を望んでいる。でなければ俺が簡単に主人格である奴の肉体を乗っ取れるものか」

「う、嘘だよね? あの琥珀が死にたいなんて・・・」

「事実だ。幾重にも重なる幻覚の狭間で生きたせいで心は脆くなっていた。その支えを失えば砕けるのは当然だろう」



 ついに声をあげて泣き始めた苗に、私は我慢の限界とばかりにあいつの胸倉を掴んで畳の上に押し倒した。

 悲しむような口調ならまだ我慢できた。だが、こいつは淡々と人事のように話すのが我慢ならない。

 認めたくはないが、同じ肉体を共有していたのに死を望んでいる片割れを救おうとも思わないのか!?



「無理だ。俺は御三方によって作られた人格のようなもの。喜怒哀楽はない、ただ使命を果たすためだけに作られた主人格以上の偽りの存在。嘘で固められた偽りの幻想なのだよ、この俺は」



 ゾッと背中に悪寒が走った。

 淡々と話すこいつ・・・感情がない事を考えても達観している感じが恐ろしく感じる。

 胸倉を掴む手の力が緩まり、こいつは何事もなかったかのように琥珀がいつも着ていた黒い着流しを整えながら立ち上がる。

 その表情に変化は見られない。かなりの力を入れたせいでこいつの首には青い痣ができているが、気にしないで痛みも感じていない様子で軽く触れるだけだった。



「さて。話も終えてもいいかな? 俺からは伝える事はもうないが・・・まだ何かあるか?」

「ッ・・・!」

「ないか。なら俺はここを去ろう」



 話を終えると、あいつは興味を失った子供のように背中を見せて縁側から外に出ようとしていた。

 それに苗は泣きながらも行かせたくないとばかりに手をあいつに伸ばす。

 行かないで。行かないで。と泣きじゃくる苗の悲痛な叫びに私は唇を噛むしかなかった。

 説得でもできればよかったが、あいつは琥珀ではない。信じたくない琥珀の死の願望を聞かされたせいで参っているのか、動こうとも思えなかった。


 どんどん遠ざかる琥珀、それに合わせて砂利を踏みしめる音も遠くなる。私達よりも大きな背中がだんだん小さくなる。

 守谷神社に続く長い階段の前に立つと、あいつは一瞬だけこちらを見る。そして、息を呑んだ。

 目が光を失っていたのが嘘のように暗い夜の中でも光があるかのように金色の眼が私達三人を射抜いた。

 あいつの口がゆっくりと動く。



 ――ごめんな。もう俺の事は忘れてくれ・・・さようなら。


「! こは・・・!」



 目を閉じるあいつ・・・今のは確かに琥珀だった。

 真意を確かめようと声を出そうとすると、眩い光が辺りを包んだ。








 ■□■□■□









「・・・あれ? 私達は何をしていたんだ?」

「神奈子、痴呆? 村で宴会があって今帰ってきたばかりでしょ? ね。苗?」

「はい。少し飲みすぎてしまいましたけど」

「う、うぅむ? そうだったか?」



 ・・・ああ。確かに宴会をしていたな。諏訪子がしこたま酒を飲んでいて私も苗も飲んでいたな。

 村の村長に双子の子供ができたからそのお祝いに行ったんだったな。最近は物忘れが多いな、参った参った。



「・・・あれ? 何で苗、泣いているの?」

「え・・・あっ、やだ。何で涙が出てるんですか?」

「どうした苗。お前が涙を流すなんて小さい時以来じゃないか。悲しい事が・・・あった? んん? 何かを忘れているような・・・?」



 守谷神社に着くと、何故か苗の左目から一筋の涙が流れており、少し驚いた。

 悲しい。その言葉を口にすると、急にモヤモヤが出てきて胸が張り裂けそうな気持ちになる。

 ・・・大方、信仰してくれている誰かが悲しんでいるのだろうかと完結させると、戸惑う苗を引っ張りながら母屋に帰る事にした。



「ほら苗。泣き止んで湯浴みをしてこい。そうすれば少しは気分が晴れるだろう」

「あ、はい・・・でも何故涙なんか・・・」



 明日も忙しい。さっさと寝て明日に備えよう。

 信仰を得るためにまた演説をしないといけないのは嫌だがな。









「それと諏訪子、痴呆とは何だ痴呆って。お前も私と同じ年だろう」

「あー聞こえない聞こえないー」

「おい」






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