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白狐浪漫譚  作者: むらくも。
儚き幻想の中で―偽りのセカイ―
14/16

其ノ拾肆


「やっ。目覚めはどう?」

「・・・てめぇの顔を見るまではよかったよ」

「うんうん元気そうだ。大して痛くもない罵倒を吐けるなら大丈夫みたいだ・・・おーい、起きたから何か用意してくれる?」



 目を開ければ忌々しい顔がドアップで写り、嫌な気分になった。

 近くで声を張り上げてるのを聞きながらムクッと起き上がると、俺は何処かの草原の中で横たわっていた事がわかった。

 しかもこの草原、普通よりも少しだけ高い。胡座状態の俺の胸の下辺りまで伸びていて視界はほとんど緑一面だった。

 いや、少し上を向けば晴天と呼べる青い空が見える。その空は地上と同じはずなのに、何処か神聖なものだと感じていた。


 ・・・この湧き上がる感情は・・・懐かしい、のか? 何故、懐かしむ?



「それは元々ここの住人だからだ。御代琥珀・・・いや、神代琥珀」



 その嫌に威圧感がある声に思わず振り向いた。そこには俺の幼い姿の白帝大神を名乗るガキと見るだけで覇気がヒシヒシと感じる大男と妖艶な雰囲気を纏う美女がいた。

 只者ではない・・・何者だこいつら。



「・・・ふむ。どうやらこの魂は器によく馴染んでいるようだな」

「でしょ? 安定していないけど結構同調しているでしょ? やっぱボクの目は狂っていなかったね」

「あー、はいはい。嬉しいのはわかるけどもう少し威厳を見せなさい。そんなだから末端にも嘗められるのよ。姿もその姿のまま。よっぽど彼が気に入ったのね」

「そうそう! どうなるかと思ったけど嬉しい限りだよ! まるで我が子を見守っているような感覚だね!」



 器? 魂? 何の話をしているのだ?

 駄目だ。頭が回らない。どうも混乱しているようだ。

 こちらに来る時に叩き込まれた膨大な知識と記録・・が頭を圧迫しているようで少しボーッとしてる。

 目前には喜の感情を全面的に前に出している白帝大神。一本だけある俺と同じ白い尾がブンブンと左右に振られている。

 それを苦笑しながら見るのが美女。黒い艶のある長い髪と整いすぎた・・・・・顔つき。はしゃぐ白帝大神を宥めるように低い位置にある頭をポンポンと叩いていた。

 反対に、大男は俺を真っ直ぐに見ており、闇のような深い黒をする瞳には俺の姿が写って・・・。



「!?」

「む? どうした、そんなに驚いて」



 驚くな。というのが無理だ。

 奴の瞳に写る俺の姿が見慣れたものではなかったからだ。

 白い髪の毛は汚れ切ったような黒よりの灰色、エメラルドと金だった瞳は気持ちの悪いどんよりしたような緋色で光がない。

 体を見れば、旅で見た貧しい人間が着ているような簡易でボロボロになっている麻の服装だった。



「・・・! ・・・!?」

「落ち着け。心を沈めろ。その感情に呑まれずに自我を保て」

「くおらぁ! キミは厳しすぎるんだよナギ! はい、息を吸って~落ち着いて~大丈夫~ここは安全だよ~」

「ズレてるズレてる。貴方も大概違うわよシロ」



 声を発しようとすれども、出てこない。まるで喉の奥に何かがつっかえているかのように喉を言葉が通らなかった。

 大男は俺の頭を鷲掴みにして落ち着けと。白帝大神は何故か背中を摩りながら子供をあやすように。女は冷静に物事を見てツッコミを入れていた。



「・・・そういえば、ここって真実の姿を写す場所じゃなかった? 器に入っているといっても真実の姿は写し出されるんじゃないの?」

「・・・あー! すっかり忘れていた! ナ、ナギにナミ! 早く家に戻るよ!」



 ぐちゃぐちゃになる頭の中。

 俺は、俺という存在は何なんだ? そういった疑問がどんどん湧いて混乱が酷くなってきた。

 今まではなかったはずなのにこの場所にいると自然とそんな事を考えてしまう。

 偽物。偽物。偽物。俺は偽物。器にあるただの偽物の人格だと頭で理解してしまう。


 ・・・そうか。今、全てを理解した。

 今までの綻びや心情の変化、力の行使不可と封印の意味。そして守谷神社の俺に対する接し方が食い違う理由が。



「全部俺の創り出した自分を慰めるための幻想か」

「え・・・? 自力で気付いた?」

「やはり規格外か。シロ、こやつは生かしてはおけん。綻びに気付くだけではなくて真実にまで自分で気付き、自我を取り戻した」

「駄目! だからこそこの子が必要なんだよ! 昔の古い風習なんて必要ない世界を新たに築いてもらうために!」

「だからこそもう一度アレを起こすか。以前は失敗して封印したのに」

「それはボクが悪い。力の使い方を碌に教えずに発動させてしまったから。だけど今なら再生を成功させられる!」



 再生、それは『第二の天地開闢』。


 口から自然と声が出てきてかなり驚かれるが、俺の口は止まらずに言葉を更に発する。

 以前・・は失敗して世界を創り直すどころか破滅に導いてしまった。

 そこに生きた命は全て消え失せた。緑も失い、海は氷へと変貌し、大気は凍えるような風が毎日吹く極寒地獄、氷河期地獄が始まった。

 慕ってくれていた神や神官は一部のみ、天に浮かぶ母なる地球に寄り添う月へと避難をしている。

 そして大問題なのが失敗した事により、世界を包む力のパワーバランスが一気に崩れてしまった事だ。

 妖力こと“妖気”、神力こと“神気”、霊力こと“霊気”。そして誰もが持つ、生きるために宿している普通の“気”、“氣”。その四つのパワーバランスに歪なものが混じる。


 それは“魔気”と呼ばれる魔力だ。


 本来は人間が持つべき“氣”が変質し、“霊気”を持たない人間の戦う手段のために生まれたものだと考えている。

 以前に神、神官と人間達と暮らしていた際に“霊気”を操る者は少なくはなかった。

 しかし、それを持たない人間は人外なる者、妖怪の餌になる事が多かった。力なき者は生きる価値が無いとばかりに考える傲慢な考えを持つ神官までもがいた。

 神官は神に仕える人間。いわば後ろ盾に神がいるだけで力は普通の人間と変わらない。神官とは神の身の回りの世話をするだけの道具に近い存在なのだ。

 それを勘違いして神の寵愛を受けているのだと言う輩が多くて苦労した記憶が蘇った。


 魔力と呼ばれる新たなエネルギーは新たな生命を生み出した。

 魔族、悪魔が生まれ、魔力を操る人間の魔法使いと魔女も生まれた。

 悪魔は魔力のみで構成される者だが、魔法使いや魔女は魔力と氣を合わせ持つ新しい人間の可能性・・・・・・・・・だ。

 再生が失敗し、新たな命が芽吹く時にそれは確認した。悪魔は数を増やしているが、人間側は秘めているのに覚醒しきれてないようだ。

 失われた生命も再生を始め、今は数を順調に増やしていっている。守谷神社がいい例だ。


 ・・・そして記憶、失われていた封印されていた力を取り戻した俺の役目もここで努めなければならない。



「天地開闢の発動、増えすぎた“陰”の浄化。人柱ならぬ神柱となる事」

「・・・いやはや。まいったわね。まさかここまで早く自覚するなんて思わなかったわ」

「迷惑を掛けた。伊邪那美大神。今度は役目をしっかりと果たす」

「そう思うならあの時にちゃんとしなさいよ・・・後始末が大変でシロも煩かったのよ?」

「・・・源典オリジナル、すまなかった。俺の力が足りないばかりに迷惑ばかり掛けたな」

「そう思うなら前みたいに父親って呼んでほしいんだけど?」

「冗談を。俺は貴方の力を完全に受け継げなかった失敗作ですよ。気安く貴方のような御方に接する事はできません」

「・・・うぅ。ナミ~琥珀が完全に戻ったよ~」

「いい事だけではないという事だな。失った記憶が目覚めて元の人格も復活してしまったか」



 俺は失敗作。生みの親である白帝大神様の化身として新たな生命としてこの世界に生まれ落ちた。

 作られた記憶・・・・・・の半分は正しい。

 俺は未来を生きていた人間だった。ある時、神聖な社にある御神体を事故とはいえ壊してしまい、天罰を受けて死に落ちた。

 何の因果か、俺は蘇った。白帝大神様、伊邪那岐大神、伊邪那美大神の手によって。

 目的は世界を創造した天地開闢を再び起こして穢れた世界を浄化するため。俺はそのための生贄に近い存在として白帝大神様の化身として生み出されたのだ。

 以前にも化身は何体か用意したそうだが、巨大すぎる力に溺れて暴れたそうで失敗している。

 反対に俺は御三方に気に入られて特別な化身の器、天地開闢の要となる力の大半を与えられた。それが天狐に酷似した力だ。

 あの天狐の大きな力でさえも本来の一割以下の力なのだからその大きさがわかる。


 だけど俺は失敗した。

 原因は不明。失敗したせいで再生される世界は破壊され、“穢れ”は更に広がり、地球は一時崩壊した。

 反動、代償は大半の記憶と自我。自我は崩壊してその空いた空虚感を埋めるかのように自分で自分の作り出した幻覚の中に自分を閉じ込めて今まで時を過ごしてきた。

 つまり、俺には母はいない。今まで知り合いだと思っていた者達は幻想だったのだ。

 守谷神社の連中は自我が崩壊した俺と会って長い間共に過ごしていたようで洩矢諏訪子と八坂神奈子との記憶が鮮明に思い出される。

 酒を飲み交わす。喧嘩する二人を見る。食事をして宴会を開く。洩矢諏訪子の娘である東風谷苗が生まれ、笑い合う。彼女の父のような立場で世話をする。泣き止まない東風谷苗を尻尾でくるめてあやす。そんな記憶が流れる。

 偽りの俺が自我を取り戻したのは成人化した東風谷苗と初めての酒を飲んで目覚めて目を覚ました時。詳しく言えば、初雪の時からだ。



「白帝大神様。俺はまた天地開闢を起こせばいいのでしょうか? 一度失敗した俺がやってもよろしいので?」

「そうだ・・・と前の私なら答えるかもしれんが、正直反対だ。そのために生まれた存在だが、情が湧いてしまった私は死んで欲しくないと答える。生かしておけないと頭ではわかっていても心ではやりたくないと拒む」

「妾もよ。嘗て失った息子の代わりのように少しの間だけ過ごして同じように情が湧いてしまった。そなたは妾達の息子。死なせるわけにはいかない。でしょ? シロ」

「勿論! あんな過ちを起こして自我崩壊なんて二度とやらせないよ!」

「ですが、俺はそのためだけに生まれて・・・」

「黙る! ボクが決めたんだからこれは決定事項なの!」

「・・・わかりました」



 失敗した俺は普通なら処分されるだろうが、御三方は俺を生かした。

 殺すなりなんなりするはずが、大きな力に失われた自我を押し潰されないように能力に封印を施すばかりか、自我の回復を促す八尺瓊勾玉まで与えてもらった。

 つまるところ、天照大神から奪ったのではなく元から持っていたようだ。

 状況把握に時間が掛かるが、大体は把握できた。半々で真実と偽りの記憶が混じっていて繋がっていないようで全ては繋がっているとの事だろう。


 ・・・俺は死んで正解だったのかもしれない。新たな生を与えられたくせに指名も果たせない、それどころか悪化させて世界を壊してしまった。

 だけど俺は生きた。残った人間らしい部分が俺を無理矢理生かして無意識に死を選ばないようにしているのだろう。

 どこまでも失敗作だ俺は。世界の害悪にしかならない存在・・・。




 死ぬべき存在だ。俺という存在は。




「神代琥珀。新たな使命を与える」

「一時下界に帰還。時が来るまでそこで暮らす事。望ましいのは人間と共にいる事」

「天地開闢は一旦中止。決して起こしてはいけないよ。ボク等が新しい方法を見つけるまでは絶対に駄目だからね?」

「承知しました」

「・・・できたらもう少しお話をしたかったけど無理だね。だけど忘れないでほしい。キミはボク等を恨む権利はあってその感情を消さなくてもいいんだよ」

「承知。ですが、助けられた恩は忘れません」



 それだけを告げると、踵を返して立ち上がる。

 大男・伊邪那岐大神、美女・伊邪那美大神、源典オリジナル・白帝大神様。御三方に一度だけ振り返って頭を下げる。

 端から見れば無気力な歩き方をする俺はそのまま広大な草原に飛び込むように一歩を踏み出すと、下にできた黒い渦に飲まれるように落ちていった。



「・・・正解だったのかな? あれだけ優しい子をボクの化身にするなんて」

「信じるのだ。シロが選んだ魂だ。何があっても信じてやれ」

「そうよ・・・さて、妾達は新しい手段を見つけましょう。死なせたくないのなら、ね?」









 ■□■□■□









 黒い空間、高天原と下界を繋ぐ道を延々と落ちていくと、足が下界の地に着いた。

 全ての真実が知れてよかった。俺はただの道具、世界を創り直すための生贄だった。

 この心に穴が空いた感覚が俺本来の姿。喜怒哀楽もない人形のような存在が俺だ。

 喜びもなく、怒る事もできず、哀しみもなく、楽しいとも感じない。ただ任務を果たすためだけの。



「?」



 ふと、頬を何かが伝った。

 手で触れると、水の感覚がした。どうやら涙のようだ。

 涙・・・? 俺に哀しいという感情はないはずなのに何故涙を流す?

 ・・・ああ、そうか。今まで信じていた母の温もりが全て嘘だと知って哀しいと偽りの俺が涙を流しているのか。

 到底、俺には理解できない感情だ。哀しいのならば哀しくならないように情を移さなければいいだけの事なのに。

 やはり人間は弱い。天地開闢で人間も、世界の在り方も全て正さねばならない。

 御三方の使命を無視してでも俺はそれを引き起こす。全ては世界のために。よりよい世界を創るために・・・。


 歪んでいると言われても俺はやり遂げる。





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