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白狐浪漫譚  作者: むらくも。
儚き幻想の中で―偽りのセカイ―
13/16

其ノ拾参


「少しだけ暇が欲しい」



 次の日の朝。俺は家主である二人の神にお願いをしていた。

 勿論、高天原へ行くため。結局、昨日の深夜の出来事が気になりすぎて眠れなかった。

 あのガキの言う、残酷な真実とやらが何かを聞くために再び旅に出る。

 本音を言えば知るのは恐ろしいと感じている。だけどもう逃げるわけにはいかない。母上の死を本当の意味で乗り越える必要があるんだ。


 しかし、却下をされた。珍しい事に東風谷苗が。

 今まで短い時間で見てきた彼女の表情の中で初めて見るものだった。行って欲しくないと必死の表情で止められた。



「(苗の勘は無視できないからね・・・もしかしたら琥珀の人生、苗の琥珀と共にある時間が失われる可能性があるって事だね。つまりは、ここが転機点。琥珀と苗の未来の)」

「お願いです! ここからいなくならないでください!」

「お、おい苗。なんでそんなに必死なんだ? 琥珀がこうして何処かに行くのは初めてじゃないだろう? またひょっこりと帰ってくるさ」

「違うんです! そうじゃなくて、このままじゃ琥珀様が消えてしまうんです!」



 まるで子供の駄々のように引き止める東風谷。

 ・・・グッ。だんだん違和感が強くなってきた。こうして話を聞いていると、その会話から綻びが生まれては解け込んでいく。

 軽い目眩を感じる。世界が歪んでいるような、奇妙な体験をする。

 目の前で必死に叫ぶ東風谷と戸惑う八坂。洩矢は洩矢で何かを考えて成り行きを見守っていた。


 一瞬だけ。ほんの一瞬だけ洩矢はこちらを見る。

 その視線にはメッセージが込められ、俺はそれを理解した。



 ――必ず帰ってくるんだよ。



 理解して目を見開いた。

 こんな俺でもまだ帰ってこいと言うのか? 俺は弾かれ者だぞ?



「・・・苗には悪いけど、私は賛成だよ」

「諏訪子!?」

「何故ですか諏訪子様!!」



 予想通りだった。口論していた二人が驚き、それぞれ反応をした。

 八坂は賛成するとは思わず、驚いて東風谷はまさか母が自分の言っている事を理解してくれなかったのかを落胆の混じった驚きを見せた。

 確かに、洩矢は東風谷に甘い。初めての娘だからか、何かと構っては彼女の味方をする。だからこそ自分の反対の意見を言われて驚いているのだろう。



「苗。お前の琥珀と離れたくない理由もわかる。それがお前の人生を左右するだろう事も理解している。だけどね? たまには琥珀の好きなようにさせたらどう? 今まで土着神になる前の私を支えてくれて新参者である神奈子も支えてくれ、生まれた苗のいない父親代わりをしてくれた。なら、初めての我侭くらいは叶えさせてあげようよ。お礼も含めてね」

「ッ!!」



 痛い。その言葉を聞いて頭に鋭い針を刺されたような痛みが走った。

 変だ。洩矢は・・・俺の知らない俺を知っている。俺ではない誰かの事を喋っている。



「最近、様子が変なのはこの時が来るためのせいかもしれないね。極めつけには昨晩のあれだよ」

「確かにな。あんな風に取り乱すような事は今までなかった。となれば、何か原因がある・・・それが今回の我侭という事か?」

「だと思うよ。今までちょくちょくいじられたり、叩かれたりしたけどこんな風に我侭を面として言うのは初めて。長い付き合いで初めてで少し新鮮かも」



 ズキズキと頭が痛む。霞む視界の端に世界の綻び・・・・・が見えた気がした。

 知らない知識がまるで最初から知っているように知っていた。膨大な情報量に痛みも相まってパンクしそうだ。


『封印は今だけ解いておく』


 あの言葉はこれを意味していたのだろうか? この俺の知らない知識は解かれた封印の影響なのか?

 だがそれが本当なら矛盾が出る。こんなのがあるなら封印される前にこの現象が何故起こっていなかったのかという事だ。

 ・・・この答えも“白帝大神しらみかどのおおかみ”と名乗ったガキが知っているのだろうか。



「だけど・・・だけどお母さん!」

「苗。琥珀は私達の道具じゃない。お前が望まなくとも、琥珀の人生は琥珀のもの。どんなに辛い選択でもそれを選んだなら受け入れないといけないんだ。わかるね?」



 それがとどめだった。洩矢の言葉に東風谷は沈黙した。顔は伏せられ、正座している膝に置かれた手は巫女服の袴をギュッと握っていた。

 洩矢が辛そうに東風谷を見ると、俺の方に顔を向けてコクリと首を動かした。



 ――また、昔みたいに名前を呼び合って酒を飲みたいね・・・。



 そんな洩矢の言葉が響いた。

 行かねば。謎だらけのガキの正体、そして俺の身に何が起きているか・・・俺の本当の正体を知るために。

 立ち上がると、自分の体が勝手に動いて東風谷の前にしゃがむ。何故かこうしなければと思ってしまったから。



「・・・必ず帰る。約束する」



 ほら指切りだと口から言葉が自然と出てきた。右手が彼女の頬に伝う涙を拭い、拭った手の小指を突き出して彼女に見せる。

 泣いている東風谷は泣くまいと堪えながら俺の小指に自分の小指を絡めると、上下に何度か振る。

 それが終わると、ポンと緑色の彼女の髪の毛のある頭を軽く叩くと、今度こそ部屋から出ていく。

 少し離れると、去った部屋から東風谷の啜り泣く声が聞こえてきた。これだけは強化されている聴覚を憎まずにはいられなかった。


 目指すは・・・高天原。全ての真相が待ち受ける場所。鍵となるのは終焉の土地、始まりの大地。

 つまり、母上が死んだ場所。そこに向かう。







 ■□■□■□







「ここか。あれから随分と変わったな」



 守谷神社から出て数日。目的地に着く事ができた。

 前のように旅をしている途中で妖怪に襲われるなんて事はなかったが、見える景色は妙としか言い様がなかった。

 守谷神社を出る前、綻び・・が見えていたが、酷くなっている。

 継ぎ目のようなものがあちこちにあり、不安定な空間の揺らぎは勿論のこと、継ぎ目の“向こう側”には何もない。虚無しか感じられなくて背筋が凍りそうだった。

 自画自賛のようだが、並大抵の事では恐怖を感じない俺でもそれはあってはならないと認識しているのだ。


 幸いなのは人間や妖怪、神であってもその綻び・・を視認できない事。もし感知などしたら発狂するではないかと思う。

 綻び・・は何故かこの土地では見られない。緑に染まり、生命いのちで溢れているこの土地は完成されている・・・・・・・。そうだとわかっている。

 一番高い場所である崖の上、高台に上ると、そこの全貌がはっきりと見えた。



「本当に、変わっているのに変わらない・・・懐かしいな」



 自然と笑えた気がした。見た目は大きく変わっても最後にいた時と比べて空気、雰囲気、匂い。それらは変わらない。

 ・・・何も、変わらない。最期の時を一緒に過ごした時と。



「・・・いかんいかん。感傷に浸るのは後だ。今は扉を開かないと」



 頭をフルフルと振って考えを消す。髪の毛が揺れて隠していたフードの中から前髪の一部が出てきた。

 この時代、現代のように科学があるわけでもないので妖怪などオカルト的なものがあると信じられている。というか妖怪に襲われている人間もいる。

 俺の髪の毛は普通には有り得ない真っ白なもの。洩矢は金、八坂は紫に近い色をしているが、神である事を知っている上に自分の統べる土地から出ないからそうそうないが、黒や茶が普通であるこの時代では俺の髪の毛は妖怪の類だと思われる。

 だからこうして人間離れした容姿を隠さないといらんいざこざが出て旅ができなくなったりする。以前に旅をした時に着ていたボロボロの布っきれで作ったローブとフードで顔を隠しているのだ。


 現状、力がまともに扱えないのでこうするしかない。幻術もかなり疎かなものしかできないから気付く奴は気付く。

 反対に、力がほとんど出ないから高位の妖怪以外は俺は人間にしか見えないだろう。



「・・・っと、ここでいいか」



 グルリと土地の真ん中にある大きな湖を一周して場所を決める。

 場所が決まると、身を覆い隠しているローブを脱ぎ捨てて楽な格好をする。動きやすいように氷河期以前の現代風の服装だ。

 首を鳴らしながら手もパキパキと鳴らすと、右手で顔を覆い隠す。



「(封印解除・・・八尺瓊勾玉発現。神気全開放、結界展開。座標指定・・・完了)

 待ってやがれ。てめぇに会いに行くぞ。開け、高天原への道よ!」



 空に向かって吠えると、胸にある天照から奪った八尺瓊勾玉が眩い光が放たれる。


 高天原へ行く道は実はあってない。というより、現存する神では開けられないのだ。

 日本神話で有名な素戔嗚尊、天照大神、月夜見尊のみがそこへ行ける手段を持っている。

 三種の神器。八尺瓊勾玉やさかにのまがたま八咫鏡やたのかがみ天叢雲剣あめのむらくものつるぎ、別名草薙の剣くさなぎのつるぎ。これらに宿る神の力の源の神気が鍵である。

 高天原には三神以外にも日本を開拓した“天地開闢”によって生まれた神々もいる。彼等は普通の神々以上に膨大な神気を持ち、神でも謁見する事が禁忌とまで言われるくらい崇高な存在。

 何故、こんな事を知っているのだろうか。まるで昔から知っていたように頭に知識があるのは驚愕を通り越して嫌悪感が生まれる。

 微かな未来、過去の記憶で知っていた日本神話の知らない逸話も混じっているのでますます混乱してきた。


 兎も角、高天原への道を開くには三種の神器の神気と供物となる代償を捧げる必要がある。

 俺が選んだのは・・・喜怒哀楽の喜の感情。無意識に選んだのに疑問すら湧かなかった。



「・・・! これは、きっついな・・・!!」



 高天原への道を開くと、体が無理矢理引っ張られて光の奔流に流されていく。

 それは純粋な神気であり、霊気であり、氣である。だが、純粋すぎるがゆえに俺の体には毒だ。脱力感が凄まじい。

 くっそ・・・あの野郎、これくらいは話しておけよ・・・!


 小さい俺自身に愚痴を零していると、その奔流が身に流れ込んできた。

 コップに注がれた水が溢れるように体に神気や霊気、氣が流れ込んできて息をする事も忘れる。

 これは・・・英知? 森羅万象の記憶? 違う・・・これは星の記憶・・・か・・・!



「くぁっ!」

『我慢するんだ』

「(白帝大神・・・!)」

『この記憶は副作用のようなものだ。本来の自分を取り戻す、ね? 来てくれて嬉しいけど、来ない選択をしてほしかったな・・・』



 頭に白帝大神の声が響く。だけど今はそんな事は気にしていられなかった。

 自分が内側から塗り替えられるような感覚と頭に流れる様々な記憶に意識を保つのが精一杯だった。



『じゃあ・・・一番奥にある小さな神社で待ってるよ。案内人もいるから大丈夫』



 その声を聞くと、衝撃が体全体に伝わった。どうやら下に地面があるらしく、激突したみたいだ。

 痛みはそれほどなかったが、意識が朦朧としているせいで痛覚が麻痺しているだけかもしれない。

 頭の中で渦巻く数多の記憶と記録。それは姿を変えて何かに変わる。



 『幻想であり続ける』事を目的とした能力ちからに。



「・・・」



 霞む視界。何回目になるかわからない意識を飛ばす事。消える前に誰かが俺の傍に立っていたような気がした。






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