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白狐浪漫譚  作者: むらくも。
儚き幻想の中で―偽りのセカイ―
11/16

其ノ拾壱


「失礼します・・・あ、起きていらしたのですか」



 後ろから東風谷の声が聞こえる。匂いからしてまたお茶を持ってきてくれたのだろう。

 俺はただ何かをするわけではなくてボーッと空を見上げる・・・雪が降り注ぐ白銀の空を。


 またこの季節が来てしまった。春、夏、秋と巡って冬が訪れる。これは自然の摂理とは外れていない当たり前の事。

 だけど、俺は嫌いだ。冬ではなくて、雪そのものが。母上を失ったあの日の雪と重なるから。

 自然が蘇り始めたあの日から雪は俺のトラウマを呼び覚ますものになっていた。最初は視界が血で真っ赤に染まって訳がわからなかった。

 暴れた。暴れて復活しかけていた自然を破壊したりもした。それを振り払うように。

 今はそんな事はないが、何も考えられなくなる。何事もやる気力が沸かなくなっていた。



「・・・・・・やっぱり雪は嫌いだ」

「え? 何か言いましたか?」

「なんでもない。暫くはまた一人になりたい」

「あ、はい。ですが・・・」

「・・・頼むよ東風谷」



 東風谷の顔を見れば、驚いた表情。何かを言いたそうだったが、すぐに口を紡ぐと失礼しますと部屋から出て行った。

 パタンと音を聞くと、縁側から雪が積もる庭に裸足で歩いて行った。

 足の裏から雪の冷たさを感じる。息を吐くと白く固まって天に昇っていく。

 薄い服だからか寒いと感じるが、感覚が麻痺しているせいか嫌にはならない。

 そのまま目を閉じて雪の冷たさを頬に感じながらパタリと雪の上に倒れこんだ。


 体全体に雪の冷たさを感じる。目を開ければ雪が降り注ぐ幻想的な光景が見える。

 耳を澄ますと、声が聞こえる。まだ楽しかった日の思い出が巡っては消えていく。鼻はその時に嗅いだ匂いを覚えている。

 ・・・なんで、世界はこんなにも残酷なんだ・・・。

 母上が死ぬ必要が何処にあった? 何故、あんな氷河期があのタイミングで起きる必要があった?



「・・・俺は・・・死にたいのに・・・」



 ポツリと呟いた。なのに、声は自然と辺りに響いた。

 最初は死のうと思った。母上がいない、大事なヒトがいない世界はいても意味がないと思っていた。

 だけど死ねない。俺の本心が、本能が死ねないと叫んでいる。

 これも、あのガキの呪い。不死、不老とも言えるその呪いが俺の体に刻まれていた。

 これは以前からのようで、推測では母上を喰らった日からいつの間にかあったと思う。


 呪いの詳細は大体こんな感じ。敵意や殺意がない相手に牙を剥けば戒めを与えるがごとく、力を強制解除される。

 敵意と殺意。どこまで反応するかはまだわかっていないが、妖怪や神など、はっきりとした敵意を持つ相手ならば問答無用で全力を使えるようだ。

 だが、代償は大きい。力を失えば普通の人間以下になり、それも死ねないからいい的になるのは目に見えている。

 俺は現最強の妖獣だ。妖怪や神にとってもこれほどいい餌はいないだろう。おそらくは一番長生きしているのは俺なのだから。

 妖怪は年月を重ねる事でその強さを増す。それを考えれば俺は妖怪の中で最強かもしれない。



「・・・もう疲れた・・・」



 いつもこうだ。雪を見ていると、憂鬱な気分になる。

 ギュッと体を抱き締めるように丸まると、無音の白銀の世界に溶け込むように意識をそこに委ねた。

 今は・・・こうしていたい。






 ■□■□■□








 どれだけそうしていただろうか。俺の体の大半は雪に埋もれていた。

 視界は白一色。体は完全に冷えていて意識が朦朧としているが、頭はクリアに思考できる。

 すると、誰かに手を引っ張られて体が引き上げられた。



「こんなとこで何をしている! 風邪でもひいたらどうするんだ!」

「八坂・・・」

「ああ、こんなに体が冷えて・・・ほら今から神社に入って風呂で体を暖めろ」

「五月蝿い」

「なっ、お前なぁ! 私が気遣って・・・琥珀? どうしたんだ?」



 怪訝な様子の八坂の手を振り払って俺はまた寝ていた場所に寝転んだ。

 八坂は俺の様子がおかしいのに気付いたのだろう。戸惑った様子で俺を見ているのがわかる。

 今の俺は誰とも話したくない。自分でもおかしいのはわかっているが、この雪が俺を惑わす。


 目を再び閉じて冷たさに身を委ねる。パサリと白い雪よりも白く感じる俺の髪の毛が下に流れて目の下辺りを撫でる。

 先程よりも子供のように体を丸める。雪がまた積もってくる。



「琥珀。何故こんな事をするかわからんが、ここにいては風邪をひく。中に入らないか?」

「嫌だ。俺なんか放っておいてくれよ・・・何で俺を見捨てたりなんか・・・」

「ほら、いいから中に入れ!」



 八坂にまた無理矢理体を引っ張られて立たされる。

 軍神だからか、簡単に俺を肩に担ぐと、白い雪の上に足跡を残しながら守谷神社へ歩く八坂。

 それを黙って身を委ねる俺に、八坂は何も言わなかった。普通ならもっと何かを言うと思っていたのに。



「お前に何の考えがあってあんな事をしたかは敢えて聞かない。だけど相談したい事があればなんでも言え。私は軍神、相談くらいならなんでもできるからな」

「・・・なんで、そこまで俺を?」

「理由がいるか? 神はな、平等であるべきなんだ。敵対しない妖怪ならば酒は飲み交わす。純粋に崇拝する人間には祝福を・・・それが私、八坂神奈子ってもんだ」



 ・・・よくわからんがこれだけはわかる。

 こいつは味方でいてくれるかもしれないって事だけ。純粋に俺自身を心配してくれているのだと。





 


 ■□■□■□







「・・・?」

「あ、お目覚めですか。もう朝ですよ。ほら、雪も積もっています」



 ふと気付くと、借りている部屋の布団の中で目を覚ました。

 顔を横に動かせば外に続く縁側の扉を開いている東風谷がこちらを見ながら微笑んでいた。

 寝てしまったのか? 確か、昨日は八坂に無理矢理連れられて部屋に寝かされたはず。

 ・・・つまり、あの後すぐに寝たって事か。後で八坂に礼を言っておこう。



「見てください初雪・・ですよ。白い雪が貴方の髪の毛によく似合っています」

「・・・?」



 ・・・初雪・・? 昨日が初雪だったのに何故、今日の雪を初雪と言う?



「・・・あ、あの琥珀様? そんなに見つめられると恥ずかしいのですが」



 顔を赤くしてモジモジする東風谷。どうやら自然と見つめていたようだ。

 事はついでと東風谷に聞いてみた。何故、初雪と言ったのか。

 だが、返答は俺の予想を裏切るものだった。



「え、あれ? 今日が今季節初めての雪なんですが。私、間違えましたか?」

「・・・何? 待て、今日は何日だ」

「えっと・・・神無月(十月)の終わり辺りですがですが」



 嘘だろ。と口から漏れた。俺はもう霜月(十一月)に入っていると認識しているのに、何故東風谷と時間感覚がズレている?

 少しオドオドしている東風谷を見れば嘘を言っている様子ではない。俺に対しては基本、嘘は吐かない奴だ。これは間違いない。


 その違和感が拭えず、俺は服も着替えずに寝巻きのまま守谷神社を早足で動いて片っ端から聞いて回った。

 結果は皆、東風谷と同じ答えを言う。あの八坂や洩矢ですらもだ。

 どうなっている? ここに来てから何かがおかしい。平穏は許さないと自分で戒めれば妙な景色が見えたり、力が不安定になる。



「一体、何なんだ・・・」



 俺の言葉は空気に吸い込まれるように誰にも聞かれずに消えていった。




 この時、思いもしなかった。




『入口に来た』




 まさかこの感じ始めた違和感の正体が全ても始まりだったなんて。




『真実まで後少し・・・』




ボクは耐えられる?』




『残酷で、最も残酷なボク等の真実に』








『だけど許して欲しい。これが、最善の方法だったんだ・・・』







 どこかで、時計の針が動き出す音が聞こえた。俺にとって、受け入れがたい時間が・・・。







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