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白狐浪漫譚  作者: むらくも。
儚き幻想の中で―偽りのセカイ―
10/16

其ノ拾


 天気は良好。太陽が天高く上って地面を照らしてうららかな日光が降り注いでいた。

 外を覗いてみれば人間達がそれぞれ営みをしており、畑を耕す者、楽しそうに笑いながら弓やらを持って狩りから帰ってきた人間など、様々だった。

 こうして第三者の立場から見ればわかる。『十人十色』とはよく言ったものだ。同じ人間はいていないのがはっきりとわかった。



「琥珀! 黄昏てないで手伝え! 少しでも人手がいるんだよ!」



 ・・・うん。こうしてのんびりしていると、見えなかったものがよく見える。

 遠くからタケミナカタ・・・八坂の声が聞こえるが、敢えて聞こえないフリをして目下に見える人里を眺める。

 風が吹き抜けてそれが人間の営みを別の場所に運んでいるように感じて不思議と心が安らぐように感じるはず。

 暑い夏も終わってるからそろそろ収穫祭だろう。米が食べられるのが楽しみだ。

 材料は筍とかで炊き込みご飯とかがいいかな? 松茸もこの時代ならまだたくさんあるから贅沢に松茸ご飯もいいな。


 今でも信じられない。あの地獄からここまで自然が復活するなんて。

 見渡す限りが氷の大地。緑豊かだった面影が全くなかった氷河期時代。

 あそこから見違えるように自然が蘇るなんて地球は凄いと思う。そして再び栄える生命も。

 そういえばあいつらは元気だろうか? 共に氷河期時代を生き延びて別れた妖精や動物達、彼等は今も繁栄しているだろうか?



「早く来いと・・・言ってるだろうが!」



 首を少し横に傾けると、ヒュゴッと何かが高速で通り過ぎていった。

 次いで、頭を下げるとゴッと大きなものが通り過ぎていくのを風で感じた。

 そのまま胡座をかいている状態で体と腕の隙間から後ろを見ると、そこには顔にいくつも青筋を立てている紫の髪を持つ女、八坂がいた。

 手には御柱オンバシラを持っており、ヒクヒクと顔を動かして俺を睨んでいた。

 それを見て取り敢えず一言だけ。



「皺が増えるぞ八坂」

「死ねぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」



 守矢神社のある部屋で大爆発が起きた瞬間だった。







 ■□■□■□







 八坂と洩矢神の洩矢に無理矢理居候にされて二ヶ月。

 今は秋で人間達は収穫祭をしており、米や野菜等を収穫していた。

 それにより、神々の供物として取れた収穫物を守谷神社の神である八坂と洩矢に捧げるらしいのだが、今年は大量に取れたらしく、かなり忙しいようだった。

 守谷神社で働く人間は右へ左へ忙しいようで邪魔にならないように隅っこの部屋にいたところを八坂に捕まって御柱をぶつけられた。

 けれど、俺の体に当たった瞬間に御柱は砕け散ったが。



「・・・忙しそうだなこりゃ」

「だろ? いいからお前も手伝え! 居候のくせして怠けるな! ・・・って避けるな!」



 隣で空振りした八坂がギャーギャーと騒いでいる。喧しいからか、すぐ近くで何かの作業をしていた巫女東風谷がこちらに気付いた。

 その手には大きな酒樽が抱えられており、とても女には持てそうにもない重さのはずなのに持てるのはどうかと思う。

 実際にそれをよいしょと下ろすと、ズンっと音が聞こえるのが何よりの証拠だろう。

 えへと笑う東風谷に何故か背筋が寒くなる感覚がしたのは内緒だ。



「どうしましたか? 邪魔になるので離れに行ったのでは?」

「これ」

「・・・ちょーっと待て。じゃあ何か? こいつにあそこにいるように言ったのはお前か苗!」

「? はい」



 ぐあーっと叫び始めた八坂。いきなりの奇行に周りが驚いているが一部だけだ。

 神の姿は神聖だとか言われてるからか特殊な体質を持つか、霊力がある一定の量を超えなければ姿を見るどころか声すら聞けない・・・らしい。

 神だとかそんな細かいことはどうでもよかったから知りたいとも思わん。


 ・・・駄目だな。こうすると母上からの教えをしっかりと聞けばよかったと後悔する。

 戻らない過去に縛られているのは自覚している。だが、この世界で味方は母上だけだった俺はそれに縋るしかない。



「琥珀様?」

「なんだ」

「神奈子様が呼んでおられますよ?」



 あちらですと大きな酒樽を片手で持ちながら東風谷は神社の境内のある場所を手で示した。

 そこにはなんでか八坂と洩矢が喧嘩していた。あれを見て八坂が呼んでいると言うのかお前は。



「あ、琥珀ぅー! こっちだよこっちー!」

「無視だ無視」

「いいですけどそれならこちらを手伝っていただきますよ? 先程は止めませんでしたが、忙しいので少しでも人手が欲しいんです」

「・・・中々えぐいなお前も。わーったよ、行けばいいんだろ行けば」



 それでいいんですと満足そうに笑った東風谷はパタパタと奥の方に走って姿を消した。

 そして俺は未だに騒ぐ二人を視界に入れて思いっきり溜め息を吐いた。

 メンドくせぇ。世話になってるから面と向かって言わんがメンドくさい性格をしているなあのカミサマ二人は。

 喧嘩するほど仲がいいって言うがあれは仲が悪いとしか思えんぞ。

 殆どは洩矢の娘の東風谷を巡ってだが、ほんの些細なことでも喧嘩しては俺が巻き込まれるんだよ。

 東風谷はそれが御二方のいいところですよと言っているがこちらの迷惑も考えてもらいたいもんだ。



「おい八坂、洩矢」

「いいとこに来た! お前も諏訪子に何か言ってやれ!」

「むむむ! 琥珀はこっちの味方だよ! そうだよね!」

「まずは事情を説明しろアホ共が」



 ゲシッと八坂と洩矢を蹴ると、説明を促した。

 話を聞いてみればどうでもいいことで争っているので話を聞くのも疲れてきた。

 松茸。これを焼いて食べるか生のまま食べるかで討論しているようであーだこーだと喧嘩が続いている。

 他にも魚は焼くか刺身にするかとか・・・お前等はガキか。人(神?)それぞれだろ食べ方なんて。


 お前はわかっていないやらわかっていないのはそっちと言い争う二人。アホらしくなってきたのでそのままにしておくことにした。

 そろそろ昼なのもあってか、小腹が空いてきたので飯が食べたくなった。

 一旦そこを離れ、東風谷に食材の一部をもらうと外で料理することを決めた。

 厨房でもいいが、俺は嫌われているから外でやるほうが気楽でいい。たまに猫とかに魚をあげたりできるからという理由もあるが。

 今日は・・・松茸ご飯にしよう。食べたいと思っていたし。








 ■□■□■□









 一時間後。どうしてこうなったと頭を抱えるしかなかった。



「う、美味い! 美味しいよこれ!」

「ああ・・・」

「素晴らしい・・・松茸にこのような使い方があるとは!」

「ああ・・・」

「おかわりください!」

「ああ・・・・・・」



 ・・・やばい。血管が切れそうなくらい怒ってるぞ俺。

 俺が作った松茸ご飯を目の前の女共三名に食い尽くされるのを見て顔がヒクつく。

 作っていたら匂いに釣られてまずは洩矢、セットで八坂。いい匂いだよーと東風谷まで呼ぶ始末で俺が食べる分まで食べやがる。

 にゃーにゃーと鳴く猫に焼いた魚をあげながら呆然とするしかない。


 言いたい事は一つ、俺の飯・・・なんで食われてんの?



「美味しいね~。琥珀はこんなのを他にも作れるの? なんか同じ神様なのにビックリしちゃったよ」

「・・・母上に食わせてた」

「あ・・・ごめんね。嫌な事を思い出させたかな?」



 その言葉には敢えて答えなかった。答えたところで何かが変わるわけではないから。

 少しバツが悪そうな顔をする洩矢の低い位置にある頭を八つ当たり気味に乱暴に撫でてて誤魔化した。

 それでも、洩矢側は驚いた顔をしていて見開かれた目を俺に向けると、あーうーと唸りながら傍に置いていた蛙の目が付いた帽子で顔を隠して俯いた。

 それを羨ましそうに見るのが東風谷。こいつはまだ人間だから心は読み取れる。



「(母上、か。本当の親ではない、俺の命を救い上げてくれた大切な第二の家族。会いたい。話したい事がたくさんある。そして、謝りたい。いつになれば貴女に会える?)

 ・・・すまん。それは全部食べていいから少しだけ一人にさせてくれ」

「あ、おい琥珀」

「琥珀様・・・」



 後ろから松茸ご飯を食べている八坂と引き止めようとして手を伸ばしている東風谷の声が聞こえたが、俺は振り返らないで眼下に見える森に向かって歩き出した。

 何故、今になってこんなにも胸が張り裂けそうなくらい苦しいのだろう。前はこんな気持ちにならなかったのに・・・。

 だけど、どんなに悲しくても涙は出ない。あの時、母上を喰らった日から。










 『オレノココロハコワレテイルノダカラ・・・』








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