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狙撃と天使

こんばんは作者です。

タイトルの「機巧天使」が登場します。

それではどうぞ。

「ここには私の曾祖母も祀られているんです。お母さんのことがあってからは毎週ここに」

 石碑、先の大戦で戦死とされた者の名が刻まれているそれを前に、夏葉は跪いた。手慣れた様子で祈りの言葉を呟く。それはまるで、宗教画のようだ。

 司もそれに倣い、彼女の隣に跪いた。ぎこちないが、誠意のある祈りだ。

「先輩も……、誰か大戦で亡くなったんですか?」

「いや、誰も」

 その声が変に感傷的なのに気づき、夏葉が顔を上げる。

「?」

「……」

 司は、何も喋らずに、ただ祈りを続けた。



「そろそろ、いきましょっか。付き合わせてしまってごめんなさい」

「いや、気にしないでいいよ。こうやって2人で歩くの初めてだし」

「はっ! そ、そうですね……」

 自分が司と二人きりでいることに気づき、急に顔を赤らめる。レジャー施設に併設された自然公園は、平日はほとんど人がおらず、辺りに人影はない。周囲を人工林に囲まれた円形の公園は、よく整地されており、隅から隅まで見渡せる。

「事務所に戻ったらどうしようか?」

「えっと、お昼ご飯を食べて、お茶して、書類整理して……」

「まあつまり暇ってことかな」

「……そ、そうですね」

 お互いに苦笑いし合う。

「探偵っぽい仕事は基本ハル先輩の仕事だからね。実際僕は暇になっちゃうんだよな」

 もう一人の仲間、元連邦警察の敏腕刑事を思い出し、今はどこにいるだろうか、と思う。

 吉矢・春山。元連邦警察の刑事であり、元々探偵をしていたのは春倉であったらしい。朝倉とは昔から交流があったらしく、彼女を所長という待遇で迎え入れている。今日も、探偵として素行調査でレブロンを走り回っているのだろう。

「春山さんも、夕方頃には一回帰ってきますよ。夕飯、用意しておかないと」

「そうだな。あの人お腹が空くと機嫌悪くなるからな。帰りに材料を買って帰ろうか」

「……先輩と、二人で買い物。ふふっ」

「ん、何だって?」

 急に声量を下げ、何か嬉しそうに呟く夏葉。聞き取ろうと司は耳をそばだてる。



 そのおかげで、消音銃が放つわずかな発砲音を司は聞き取ることが出来た。



 反射的に、身体が動いていた。

「伏せろっ!」

 防壁を構築する暇はない。司は夏葉の肩を押さえ、地面に伏せさせる。空気を穿つ弾丸が、上着を掠めた。

「つ、司さんっ!?」

「伏せているんだ!」

 弾丸の飛んできた方向を睨む。距離にして150メートルほどか。茂みが遠目でもわかるほど揺れている。隠れる場所もないこんな公園で狙うとは、余程自信があるのか、愚かなのか。

「夏葉。今日は真っ直ぐ事務所に帰るんだ。なるべく人の目がある通りを行くんだ。なるべく周りに注意を払いながらね」

「……わ、分かりました」

「よし」

 殺気が消えたのを確認し、夏葉にしっかりと言い聞かせる。大学生にそこまで言わなくても、と思われても、司には気になって仕方がなかった。

 夏葉がしっかり頷くのを見届け、司は加速の魔術を発動し、駆け出した。

 何か事件が起こっている。そんな不安を抱えながら。

「……ちゃんと、帰ってきてください」

 夏葉は、それを祈るように見届け、辺りに注意を払いながら、自然公園を後にした。



 射手は魔法技師ではない。すくなくとも、魔法戦闘の訓練を受けた人間ではない。そうであったら、先程の弾丸に何らかの魔法をかけられただろうし、こうして前方に姿を捉えることができるはずがない。黒いスーツの男を追い、足場の悪い林道を走る。

 僅かに色づき始めた木々が、窓景色のように流れていく。その中で男との距離は少しずつ縮まっていく。

 視界の脇で、木の幹が勢いよく爆ぜた。火がくすぶる音が聞こえ、煙の匂いがする。

 誰がやったかは分かっている。男の仲間が『熱量構築』の魔術を、投げたのだ。

 「投げる」とは比喩ではない。文字通り、手元で構築した熱量を、投げたのだ。これは魔法科学の「単一変換の法則」による。

 魔力を様々な事象に変換するのが魔術だ。しかし一つの魔術に全く違う二つの事象変換をさせることが出来ない。魔術領域内で相克が起こり、魔術を発動できなくなる。

 つまり魔力を熱量に変えつつ、それに魔術による運動エネルギーを加え、敵に向けて放つことは出来ないのだ。それを解決するために、昔から「魔術を投げる」という方法がとられている。魔術に手で「投げる」という動作で領域外から運動エネルギーを加えることで、相手を攻撃することができるのだ。熱魔法には重量がないため、女性であっても、それなりの距離を飛ばす事が可能だ。

 続いて三発の熱魔法が投げ込まれ、どちらも司に当たることなく、木々を焼きこがした。

「(やっぱり魔法を使ってきたか)」

 司は舌打ちすると、魔法のレベルを上げた。身体が軽くなるような感触を受け、さらにスピードを上げる。

 熱魔法を放っていた者達も自らに加速の魔術をかけ、司に併走する。

「(誘い込まれているのか……)」

 司の追走劇は首都から遠ざかり、森の奥へと移っていく。一目のつかないところに誘い込まれているのだ。

 そもそも男達の目的が分からない。射線から、司か、夏葉を狙ったことは間違いない。夏葉の特殊能力は確かに貴重だが、狙撃するような理由にはならない。ましてや司は……。

「(僕のことがバレてるのか……?)」

 それはない。自分でそう言い聞かせる。司の素性は、少なくともこの国の人間には知る術は無いはずだ。では……?

 併走する男が再び、熱魔法を投げる。やや放物線のような軌道を描き、こちらに飛んでくる。

「今度は、こっちの番だ」

 司は、加速魔法を発動し続けながら、余った魔法領域で同系統の魔術を展開させる。

力場構築コンストラクト

反転リフレクション

 弧を描く軌道で熱魔法が飛びかかる。その瞬間、明らかに不自然な屈折を起こし、熱魔法の軌道がそれる。

 その軌道の先には、司の追走からなんとか逃げ延びようとする、男の背中。

「ぐあっ!?」

 肉が焼けるような不愉快な音。熱魔法に撃たれ、弾かれるように地面に倒れた。

 力場構築魔法による、反転魔法。物体に力を加え、運動のベクトルを変える魔法だ。

 熱魔法を放った男が息を飲む。

 魔法は物体ではないが、投げるという行為により運動のベクトルが生じているので、力場構築の魔法が効くのだ。

 司は加速魔法を維持させたまま、茂みから熱魔法を放っていた男に肉迫する。

 男の抵抗を待たずに、勢いのまま男を殴りつけると、男は面白いように吹き飛んだ。

「もう一人いたはずだ……!」

 伸びている男と、火傷の痛みに呻く男。確かもう一人熱魔法を放っていた男がいたはずだ。

 音が聞こえる。風を切る轟音だ。辺りに風が吹き荒れ、木々がへし折れるかのようにしなる。

 魔法が起こす風じゃない。機械がつくる風だ。

「マジかよ……」

 黒塗りの無骨なヘリコプターがプロペラを回しながらまるで太陽を隠すように現れた。旧式の軍用ヘリで飾り気は無い。そして二門の機銃が取り付けられている。

 機銃が容赦なく火を吹いた。

『力場構築』

『反転』

 連続的な爆音とともに荒々しく地面が穿たれる。反転魔法は、その内のいくつかのベクトルを反転させ、ヘリを狙う。

 ヘリは被弾し炎をあげながら墜落する、はずだったが、敵の構築した防壁に弾かれる。

 唸りをあげて掃射を続ける機銃。鋭い痛みが、司の顔を突き抜けた。弾丸の一つが反転魔法の領域をすり抜け、頬を切り裂いたようだ。司の表情に明らかな焦りが見えた。掃射は止まらない。

 反転魔法を続行しつつ、導譜枠コードフレームを表示させる。そして、反転魔法を打ち消すように、新たに硬度構築魔法の防壁を生み出す。

 司の身体がすっぽり隠れる面積の防壁は、放たれる弾丸を完全にガードした。弾丸と防壁の摩擦で火花がほとばしり、鼓膜を破るような音が激しくなる。

 防戦一方だ。反転魔法を使ったとしてもヘリには届かない、また反転魔法は高速で動く弾丸そのものを効果領域として指定しなければならない。

 それは空を飛ぶ羽虫を、それと同じ幅しかない網で捕まえるようなものだ。

 防壁の魔法は空間を指定して壁を構築する、つまり弾丸を直接指定する必要はないが、魔力の消費量が大きくなり枯渇を早める。

 まさに八方塞がり。他の魔術を起動できる魔術装置があれば良かったのだが、生憎今回は重力と大気の操作魔法と力場と硬度の構築の魔法しか無い。

「(重力操作では弾丸は止まらない、大気操作でも弾丸を吹き飛ばすか……台風でも無理だな……)」

 出す手の無い司の脳裏に最後の選択肢が浮かぶ。その選択肢を選べば、この場を切り抜けることが出来るだろう。

 だが今まで一度も上手くいったことが無い。その選択をしても、命の補償は無い−−!


 轟音。


 急に機銃の銃撃が止んだ。ヘリはプロペラの部分から爆発し、呆気なく墜落していく。

 ヘリは常時、防御魔法を展開していたはずだ。

 領域を浸食した……!?

 魔法技師同士の戦いは、互いの魔法領域の「陣取り合戦」だ。どちらがより強い支配力で相手の魔法領域を浸食し、相手に魔法を当てれるか。それで勝負が決まる。今は攻撃は防御魔法を浸食、無効化し、ヘリを撃墜した。

 強い魔力を感じる。それも上空から。司は気圧されるように仰ぎ見た。



 それは、少女。機会の翼をつけたま少女だ。



 絹糸のような乳白色の髪。華奢な体を白のコスチュームに身をつけている。関節にはプロテクターがつき、胸元には連邦軍の記章。

 肌は驚くほど白く、見目は人形のように麗しい。

 そしてその背には、銀色の機械の翼。流線型をした八枚の羽根は、青白く輝く。全身から押さえきれない魔力がまるでご来光のように輝きを放つ。



 −−機巧天使計画マシンエンジェル・プロジェクト−−。



 かつて、軍で囁かれた「レブライ連邦を導く者」。

 まるで来迎のようなその姿は、世界の全てを圧倒した。


「未央……。」


 神意すら感じられてしまうような圧力の中、司は忘れることのできないその名を呼んだ。


 機械の翼をつけた、少女の名を、呼んだ。


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