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霧読家の力

こんばんは作者です。

今回ちょっと長くなりました。

よろしくお願いします

 目的地の前でタクシーから降りる。そこは、盆地に設けられた住宅地だった。北区とは首都−−首相官邸を中心とした半径約15キロメートルの円周内とされている−−の内、文字通り真北の小さな盆地一帯を指す。

 連邦成立時の都市計画作成当時は、この辺りは首都に含まれなかった。数多の動植物が原生し、この地が未墾だったからである。

 しかし都市化が進むにつれ、地価の安さから居住を希望する人が増えてきた。そのため盆地一帯を首都の版図に加え、自然との共生を目指しながらの都市化が今も進んでいる。

 原生林の間を縫うように伸びる下り坂を下っていくと、風景に調和するように考えられた若葉色の屋根が見えてきた。

「じゃあ夏休みは今週までか」

「はい」

「ということは、論文課題の宿題は終わったのかな?」

「あとは推敲だけです。題材には困りませんから」

「そりゃ、そうだ」

 題材は、彼女の生活に深く関わっていることだ。苦笑いしながら思う。

 夏葉は都立魔法工学大学の2年生だ。都立魔工大は、都内でも指折りのエリート校。彼女はそこの学生、将来を期待される身分なのだ。

 そんな彼女がなぜ探偵というあまり好まれない職業をバイトに選んだのかは、所長しか知らない。

 しばらくすると、異臭の発生地とされている一件の家に辿り着く。統一された若葉色の屋根、白塗りの外壁、そして手入れされた庭園。異臭騒ぎが起きているとは思えない。

 辺りに人通りはなく、家主も既に出かけている。鍵を開けておくと連絡を受けたが、鍵をかけないで外出するのはどうなんだろうか。

 そんな心配は、玄関の扉を開けた瞬間、杞憂に終わりそうだと思った。



 扉を開けた瞬間、この家が内包する空気が渦巻いた気がした。窓も締め切った家−−いわば密室だ−−では有り得ない、強烈な風の動き。

 後ろで夏葉が声を張り上げた。司は無意識の内に、左腕の銀色の腕輪−−もちろん魔術装置だ−−に手をかざす。

 朝着ていたジャージに仕込まれた装置と違い、魔術を高速展開できるよう、戦闘の中で起こるタイムラグをなるべく減らすよう造られた装置だ。


硬度構築コンストラクト


 無機質な音声とともに、腕輪から導譜枠コードフレームが表示され、さらに長方形のオプションメニューが表示される。 家の奥から強い圧力を感じる。大気が震え、廊下を獣の如く疾走してくる存在を感じる−−!


光壁ウォール


 魔術装置に更に細かい命令を導譜に乗せて、入力。

 正面、司達を庇うかのように黄緑色の光が生まれ、長方形の壁が生み出される。直後噛みつくような強風が強い圧力を伴い襲いかかる。

 しかし、その風の牙が司達に届くことは無い。防壁の術式が風の侵入を阻んだ。そして不満を表すようにも聞こえる唸りをあげ、玄関から飛び出していった。

 硬度構築。

 魔力粒子を幾重に編み上げ密度を上げ、魔力を硬質化させる魔術だ。魔力とは、魔法科学において、導譜に従い魔術を構成する、いわば材料のようなものだ。

 風が過ぎ去って数舜、防御壁が光を強めると、まるで飛び交う蛍のように粒子となって消えた。魔力は自然状態では光に変換され、大気中に排出される。

「……役所の連中がさじを投げるわけだな」

 呆気にとられたように司が呟く。夏葉は腰を抜かし、その場でへたり込んでしまった。

 司は彼女の具合を確かめると、家の中へ入っていった。といっても家捜しではない。

 ありふれた家の中の風景。特に不自然なところはない。しかしそれをぶち壊す明らかな違和感。司は手で口元を覆い、眉を歪めた。

 何かが焦げるような、匂い。僅かだが部屋に残った匂いが、並みの人間では感じれない匂いが、漂っていた。

「役所の連中がさじを投げるわけだな」

 先ほどと同じ言葉を呟くと、夏葉がふらふらと家の中に入ってきた。

「おーい、夏葉。こっちだ」

 無視。いや、声に気づいていない。

 司はため息をつくと、夏葉の肩に触れる。

「また上の空になってる」

「ひゃっ。すみません」

 こちらを向いてほがらかにはにかむ。目の焦点が合い、瞳が色彩鮮やかに輝く。

「夏葉。やっぱり見えるんだね」

「はいっ。あちこちに、魔力の粒子が残っていました」

 夏葉は、魔力を見ることが出来る目を持っている。魔力は導譜により光や熱や力場、電気に変換される。それらは普通、魔力が変換されたものとそうでないものを見分けることはできない。

 しかし、魔力粒子は導譜の支配領域内でも、僅かに発光している。魔力の光を敏感に感じ取れる目を持つ夏葉は、その僅かな光を感じ取ることができるのだ。

「うん、ありがとう。夏葉」

「いえいえ。私にはこれしかできませんから」

「謙遜することはないのにな」

「まだまだです。私はまだこの目をコントロールできていません。前もいったじゃないですか」

 夏葉が魔力の光を感じ取る仕組みは、人間が光を感じ取る仕組みと同じだ。人間は周囲の暗さに合わせて反射的に調節できる。しかし、夏葉は魔力の光に合わせて瞳孔を調節することがうまく出来ない。そのため、魔力の光で、いわゆる立ちくらみのような状態になってしまうのだ。

 そのせいで何度彼女が危険な目にあったかを思い出して、司は話を本題に戻すことにした。

「夏葉、じゃあこれは……」

「……シルフの一種だと思われます」

「やっぱりか」

 シルフは、別名「生きた風」とも呼ばれる現象だ。精霊−−惑星の活動によって自然発生した魔力から構築される思念体−−が、自らの組織を大気に再構築することで起こる。

「異臭はあいつが持ってきたんだな?」

「そう考えて良いと思います」

「よし」

 夏葉の話を聞いて頷くと、司は踵をかえして、玄関に向かう。

「どうするんですか?」

「つかまえるんだよ。風を」

 司は笑ってそう呟いた。



「待てえぇぇぇェッ!」

 住宅地。屋根の上を疾走する司は、かなり近所迷惑だった。

 彼の前方には、灰色をした空気の塊。たくさんの臭気を取り込み、変色してしまっているようだ。それが、まるで逃げ回るようにせわしなく動き回っている。

 不安定な足場をかなりの速度で駆け巡り、垣根を飛び越え、シルフに肉迫しようと走る。

「司先輩! 次で曲がってください!」

「了解!」

 夏葉は指示を出しながら、てにしている携帯型の端末を操作している。

 司の息は切れ切れだ。何度も自らに重力操作を応用した加速の魔術をかけながら、疾走することによる疲労感は相当なものだ。

 魔力は、細胞の生命活動により生産されると言われている。魔法で魔力を消費することは、エネルギーを意図的に燃焼させているのと同じなのだ。

「夏葉っ! そろそろいいか!?」

 額に玉のような汗を浮かべながら、夏葉がいる方向に叫ぶ。

 「オッケーです!」と聞こえると同時に、司は加速の魔術を減速の魔術に変え、ゆっくりと立ち止まった。

「だ、大丈夫ですか?」

 屋根から飛び降りてきた司に、夏葉は飲み物を差し出す。

「ありがとう……でも、これどこから持ってきたの?」

「探偵は肉体労働だ、前に教わりましたから」

「優秀な助手をもって僕は幸せだよ」

「えへへ」

 素直にそうほめると、嬉しそうに笑った。

「で、データはとれた?」

「はい。バッチリです」

 そうだった、という表情で、端末の画面を見せる。画面には北区の地図が表示され、緑の線がほぼ円形に引かれている。

「これが、先輩が追っかけ回したことで算出されたシルフの行動範囲です」

「よし」

 シルフは、その土地と密接な関係にあるのは昔から知られている。俗にいう「地縛霊」のような存在で、一定の範囲から出ることが出来ない。その理由はいまだに分かっていないが、シルフが自らが生まれた土地に愛着を持っている、という説がまかり通っているくらいで、詳しい研究は行われていない。

「一気に行くぞ」

 司はもう一度、屋根の上に飛び上がると、辺りを見渡した。晩夏の日差しが照りつける。空ははっきりとした青を見せ、風は無い。

「よし」

 司は、腕の装置を軽く叩くと、表示されたいくつかのオプションメニューを選択する。

 導譜の詳細設定モード。展開領域、強度、展開時間などを設定する。シルフは我関せずといった風に、空を漂っている。


大気操作オペレート


 周囲にはじけるような閃光が走り、それは螺旋のようにうずを巻いた。

 来る。

 大津波のような轟音が聞こえ、遠くから木々が揺れる音が聞こえた。

 次の瞬間、強風が空間を殴るように押し寄せた。夏葉がスカートを押さえ、髪の乱れに必死にあらがっている。

 強風の中、うっすらと目を開けると、案の定シルフが外へ逃げ出そうとする度に、押し寄せる風の波にぶつかり、翻されるように、中央に押し戻される。

 そして、風が止んだころ。大気の壁によって球状に押し固められたシルフが、司にひれ伏すがごとく、司の前に差し出されていた。

「捕まえた」

 実体の無いシルフの体を撫でるように指を滑らせ、司は笑みをこぼした。



「とりあえず今はこうしとこう」

 押し縮められたシルフの入った瓶のふたをきつく閉めると、バックパックに閉まった。

「お疲れ様ですっ」

「どうも。夏葉も頑張ったね」

 夏葉の提案で、タクシーを拾わずに歩いて帰ることにした。なにやら用事があるらしい。

「まさかシルフが原因だとは思わなかったな」

「その子、どうするんですか?」

「まあこのままにしておけば、いつかは消滅するけど」

 シルフには寿命の概念が存在する。時間と共に思念体が磨耗し、消滅するといわれている。

「それに、こいつはかなり不純物を取り込んでるからな。そう長くは生きられんだろ」

「……そうですか」

 夏葉の感傷的な声を聞いて、自分が失言をしたことに気づく。

「ごっごめん! あまり良い表現じゃなかったな」

 慌てて謝る。司は、自分が他人の気持ちを考えずに発言をしてしまうことがあると思っている。軍隊にいた時も、それで大切な人と袂を違えてしまったことが思い出される。

「……いえ。私が気にしすぎなだけですから」

 夏葉の、自分に非があるような言い草が更にいたたまれない。

 遠くから鉄道が唸りを上げて進むのが聞こえてくる。昼過ぎの日差しは、雲一つない空を支配している。

「あと、一年だそうですよ」

 こらえきれなかったのだろう。夏葉の言葉が沈黙を破った。無理に明るい口調で話しているのが分かる。

 夏葉の母親、夏夜・霧読は夏葉と同じく、魔力探知の優れた能力を持つ魔法技師だった。首都空港の税関で遺憾なくその能力を発揮し、国際間の犯罪防止に大きく貢献した。

 しかし、その末路は文字通り未来への光を失うこととなってしまった。

 見る者を失明に陥れる光化魔術。遅効性のそれが仕掛けられた荷物−−税関を、魔力の光を感じ取る霧読家の人間を狙ったという見解がある−−によって、夏葉の母親は光を失った。それが原因で母親は心身に強烈なストレスを受け、心臓に病をもたらす結果になった。

「お医者様は、もっと気持ちを強く持ってほしいと仰っていました。でも、母親の一番の拠り所は目の持つ力だったんですかね?」

 小首をかしげて、司を見ながら尋ねる。今にも涙を流しそうな顔で。

 自分が嫌になった。彼女に何もしてあげられない自分が。彼女にこんな顔をさせてしまった自分が。

 司には、今にも倒れ込みそうな夏葉の涙を、胸で受け止めることしか出来そうになかった。



「ここは……」

「祈りの庭です。知りませんか?」

「……名前だけは」

 嘘だった。

 こらえきれないものを流しきった夏葉が連れてきたのは、周りを手入れされた花々で囲まれた場所だった。それは自然公園の敷地内に設けられ、花々が円陣を組むその中心に、小さな石碑が建てられていた。

 忘れるわけがない。あの日を。


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