探偵事務所
おはようございます作者です。
やっと主人公の他に、登場人物です
よろしくお願いします。
司は元連邦軍として一定の能力を持っていると自負している。とある事情で退役したあとも、自らに鍛錬を課してきたつもりだ。
事務所がある雑居ビルは三階建て。事務所はその二階にある。転落したとしても、上手く受け身の体勢がとれれば、大事にはいたらないはずだ。
しかし、今し方ぶつかった彼女のことも考えねばならない。
「くっ!」
ぶつかった反動で階段を踏み外し、こちらへ倒れ込んでくる少女の肩を掴み、正面から抱きかかえるように、引き寄せる。強張ってしまっている体が、淡い重量をかける。
「展開!」
司の背中が段に当たり、まさに転がり落ちる寸前、薄緑の光が溢れ出し二人を包む。
『重力操作』
導譜により、素早い魔術展開が可能になったが、それでも魔術の発動には、若干のタイムラグが生じる。魔法の性質、魔法装置の質、発動者の技術によってその長さは変わる。
「ふう……」
魔術の光は、司の背中で膜のように広がり、上方への仮想重力領域を展開。自然の重力と拮抗し、司はまるで空間に横たわったような状態で静止した。
「す、すみません……先輩。」
「……また、上の空だったね? 夏葉」
「う……はい」
潤んだ声がとてもいたたまれない。余程、落下の恐怖がひどかったらしい。
夏葉・霧読。うちの事務所でアルバイトをしている。
恐る恐るこちらに顔を向ける夏葉。いつもは可憐な花のような笑みを湛えるその顔は、涙や鼻水でぐしゃぐしゃだ。
「……とりあえず立てる? そろそろ魔法が消える」
「あぁっ! すみません」
慌てた様子だったが、危なげな仕草なく階段に降り立つ。いつまでも年頃の女の子を抱いているわけにもいかないし、いろいろ目のやり場に困る。
魔法を打ち消し、その場に降り立つ司。夏葉は顔を赤くし、俯いている。
彼女らしい、あまり首を締めないつくりの服。控えめな、それでいて妙に艶めかしい胸元が服の隙間から覗いていたことは、口外しないでおく。
「……」
俯いたままの夏葉は小柄なのも相まって、しょんぼりしている子犬を思わせる。
「夏葉が怪我しなくて良かったよ。とりあえず中、入ろう?」
「はい……」
頭をポンポンと叩いて、事務所へ入るように促す。中に入らないことにはどうしようもない。
「掃除、済ませちゃったんだ?」
「はい。いつも司先輩の手を煩わすわけにはいきませんから」
所長曰わく「気分が落ち着く」といわれている紅茶をすすめると、ようやく夏葉は落ち着きを取り戻した。まあ事務所に入って気分が高ぶる人は今まで見たことがない。
雑居ビルの二階にある「朝倉探偵事務所」は、あふれんばかりの花々の香りに埋め尽くされていた。赤から黄、白まで多種多様な花が植えられているにもかかわらず、花の香りが混ざって起こる息苦しさのようなものを感じない。
「残念だなぁ。夏葉と一緒に事務所掃除するの僕は好きだよ」
「ふぁ!? 何言ってるんですか!」
顔を赤くする夏葉。何か誤解されているようだ。
「いやいや、1日の始まりを一緒に迎えるのは仲間として当然じゃない?」
「……そ、そうですよね。あはは」
「今日は所長は?」
「リダートの商工会と会議だそうです」
夏葉はテーブルにあった情報端末を引き寄せ、律儀にも文面通りに読み上げた。
リダートは大陸の西端に位置する港町だ。首都から駆動車で向かっても半日かかる。相変わらずいそがしそうだった。
所長−ーリズベット・朝倉は、連邦産業庁のMT(Magi-Technology。魔法産業の事。)関係の要職に就いている。事務所に顔を出すことは殆ど無く、業務は基本的に司と夏葉、そして今日は一昨日から外勤でいないもう一人で行っている。
「今日は、二人だな」
「ですね……。10時に北区の住宅街で仕事です」
端末を自分の肩掛け鞄にしまうと、あはは、と控えめに笑ってみせる。
「ああ。『異臭の調査』だっけ」
「まあ、そうですね」
朝倉探偵事務所は、「魔法技師の探偵事務所」という触れ込みで、客数を水増ししている。それで素行調査や失せモノ捜し以外にも、魔法関係で何かと仕事が回ってくる、いわゆる「何でも屋」的側面を持つ事務所なのだ。
「役所の魔術対策課に頼めばいいのに」
「役所は取り合ってくれないそうです。役所の魔法技師が出向くと、異臭が消えるそうで」
「そんなの僕が行っても同じじゃないか?」
魔法科学が浸透しほぼ誰でも魔法が行使できる現代だが、もちろん知識や技術によって「魔法がうまい人」と「下手な人」の差ができる。しかし、国の研究機関や大学院、軍にでも勤めていない限り「上手い人」でもできることは限られてくるのだ。
司ができることは、役所の技師もできるといっても過言ではない。
「あとは、事務所のーー所長の前評判も、あるかもしれないですね」
「ああ、なるほど」
お互いに苦笑いする。
失敗して事務所の看板に泥を塗るわけにはいかないな。司は心の中でそう意気込んだ。
事務所を出るとすぐにタクシーに乗り込む。出勤時間は歩行者天国となる通りも、昼前には自動車が行き交うようになる。
北区へのルートを進むうちに、首都中央に差し掛かる。前時代に近い高層ビルが立ち並ぶ中に、常位魔法−ー継続的な魔力の提供があれば、半永久的に発動し続ける魔法だ−ーで敷地ごと空に浮いている建物がある。
連邦軍中央司令部。
司がかつて勤務していた場所だ。昔共に夢を語り合った仲間が、あそこで今もなお、戦っている。
一年半前の生活は今でも鮮明に思い出せる。東部で起こった内乱の鎮圧、冬の合同演習。
そして共に競い合った彼女、未央・橘のこと。
「……」
「……」
夏葉は司の目線を気になっているようだ。彼女は、司がどうして軍を辞めさせられたのか詳しい理由は知らない。理由を敢えて聞かないのは、人には隠しておきたいことがあることを彼女は幼い頃から知っているからだ。
「……先輩は強いですよ。」
「?」
夏葉は司の手を握り、語り始めた。
「先輩は魔法技術は強いです。それだけじゃないです……先輩は心が強いです。夢を亡くしてしまったのに、そこから立ち上がって頑張っている。兵隊さんなんかより、ずっと強いですっ! 」
「夏葉……」
それは彼女なりの、司への気遣い。とってつけたような拙い言葉だ。それでも、昔を思い出して沈んでいる司を見ていられなかったのだろう。
「す、すみません……。私、何も知らないくせに」
「いや、ありがとう」
夏葉の意を察した司は、笑みをつくると素直にお礼を言った。
自分には今の生活がある。そう思いながら。
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