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星の待つ丘  作者: 羽遊
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4話、自転車

主要人物

狩主(かりす) 瑛人(えいと)

今井(いまい) 満月(みづき)

「あ……ぅ、はい……」

 僕の質問に肯定の意を示す言葉。だが、それ以上今井は口を開こうとしなかった。

 言いたくないのなら、無理して言わなくても良い。どうせ今の質問も僕の好奇心によるものなんだから。 

 今井は気まずそうに顔を伏せ、僕も次の言葉が見つからず、再び部屋が沈黙に支配される。

「……」

「……」

 静かな部屋は好きだが、この部屋は別の意味で静か過ぎる。沈黙を打ち破らねば、とがらにもなく思ってしまう程だった。

「……で、案内したい場所ってどこ」

 今になって思い出した事を口に出してみる。

「……あっ……そ、そうでしたねぇ……じゃ、行きます?」

 違うって。どこ?って場所を聞いたんだよ。

 僕がそう述べると、

「い……行ってからのお楽しみですっ!」

 と今井は可愛らしく言ってみせた。……練習でもしたのだろうか。


 

 今井に続き部屋を出ると、すでに景色は夜へと変貌していた。先程より肌寒くなった風が僕の首筋を撫で回し、通り過ぎてゆく。

 無言で前を歩く今井の後ろにつき、僕もそのまま階段を降りて行った。歩いて5分ぐらいの場所を期待していたが、どうやらその予想はハズレらしい。自転車置き場へと向かっている事に気づいたからだ。

「カリス君は……あれ、自転車とか、って、持ってますかぁ?……」

 控えめに後ろを振り返った今井。緊張気味な表情は変わらず。

 自転車は故郷に置いてきた。学校なんて徒歩で5、6分程度だし、別に行くところも無いだろうから、持ってこなくてもいいと判断したのだ。

「ないけど」

 ぶっきらぼうに答える僕。

「……じゃ、じゃぁ、二人乗りぃ……とか、します?」

 とんでもない事を切り出す今井。ふ、二人乗り?

「歩いて行けないのか?」

 出来れば二人乗りなんてしたくない。もし同級生の誰かに目撃されてしまったら、明日には噂になっているだろう。目立つのは……ごめんだ。

「歩いても、いい、けどぉ……そぅ、時間が、かかっちゃいますよぉ?」

「どのくらい」

 今井は唇に指を押し当て、

「えと……2時間?3時間……いやぁ、4時間かも……」

 ちらちらとこちらの様子を窺いながら言ってきた。

 自分の自転車は無い。相手の自転車はある。だが二人乗りしたくない。だが自転車を使わないと時間がかかる……なんか面倒になってきたな。

「やっぱ僕、帰るから」

 そう言い残して、今来た道を戻ろうと進行方向を転換する。

「ま、まぅ、待ってぇ!」

 すると、後ろから大きな声で今井に呼び止められた。

「ぜったい、ぜったい、ぜったいぜったいぜったい……気に入るからぁ……お願い」

 どこからそんな自信が湧いてくるのだろうか。もしかしていかがわしい店にでも連れて行かれるのでは……と少し考えたが、この今井の性格というか人格からして、それは有り得ないと判断した。

 仕方なく振り返り、小さく頷いてみせる。

「もし、気に入らなかったら……怒るからな」

 すると、今井はその言葉を本気だと思ったらしく、小刻みに震え始めた。

「や……お、おお、怒らないでぇ……」

 ……さっきまでの自信はどうした。

 


 自転車置き場につくと、今井は所狭しと並んでいる自転車の行列から自分の自転車を引っ張り出し、道路の方へと車輪を転がしていく。

「かり……カリス君、後ろ、乗って」

 今井はさぁ乗ってとサドルの後ろの席をぽんぽんと叩く。後ろって……どうだろうか、それは。

「僕、前に乗るから」

 そう言ってサドルの上をぽんぽんと叩く。

 その言葉に今井は虚を突かれたように目を見開き、僕の顔を覗き込んできた。

「カリス君、あの、眼鏡ないけどぉ……大丈夫?」

 眼鏡……あぁ、あの眼鏡の事か。男子トイレに置いてきたままだった。

「あれ伊達眼鏡だから。ちょっと高かったけど」

 買う時、なんで伊達なのにこんな高いんだろうって疑問に思ったなぁ。

「なんでぇ……その、伊達眼鏡なんか」

 今井が自転車に視線を落としたまま聞いてくる。

 人と顔をあわせるのが余程苦手なんだろう。僕もだけどさ。

「……昔の自分を、捨てたかったから。結局、無理だったけど」

 僕はそこで話を切るべく、自転車のサドルに跨り、今井に「後ろに乗れ」と手で示す。

 そこはさすが今井、と言ったところか。空気を読み、僕の過去をこれ以上探ろうとはしてこなかった。

 自転車が微かに揺らぎ、今井が後ろから「じゃあ、道案内、するから」と囁くように言った。

 それから今井は少しうなる様な声をだして、

「つ……か、つかまっても……おっけい?」

 またもや控えめな声でそう確認してきた。おっけい、て。

「……勝手にどうぞ」

 半ば投げやりになっている僕。

 その僕の腰にそっと腕が回され、背中に人間のぬくもりとおもさを感じさせた。

 なんで寄りかかってるんだよ、今井。

「……じゃ、行くぞ」

「うん……まずぅ、右」


 ペダルに、足をかけた。


 

 

 


 

 


 

 

 

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