2話、今井 満月
主要人物
・狩主 瑛人
・今井 満月
「手紙……だよな」
間違いないだろう。青色の、横に長い長方形の封筒。宛名は書いていないが、光に透かすと中の便箋がはっきりと見える。
転入早々、一目惚れで僕に恋文を送る馬鹿はいないだろうから、きっと悪戯だろう。でも、中身を見といて損はない。多分。
慣れない手つきで封筒の中から二つ折りの便箋を取り出し、開いてみる。するとそこには、
『初めまして。私は如月中学校の三年一組、今井 満月と申します。
唐突ですが、あなたに案内したい場所がありますので、
もしこの後用事がないのでしたら、
サンラフォーレ如月、205号室までお越しください。
お待ちしております』
と記されてあった。いや、本当に唐突だな。
如月中学校三年一組。つまり、僕のクラスメイト。だが、今井 満月などという名前はまったく聞き覚えがなかった。そもそも、満月ってどう読めばいいのか。まんげつ?
それと、このサンラフォーレ如月というのは、狩主家の住むアパートの名前だ。つまり、205号室というのは、ここ、206号室のお隣さま。
おそらくそこに、この手紙の送り主、今井がいるのだろう。その今井が、ここへ来いと言っている。
どうせすぐそこだ。行くだけ行ってみるか、と僕はダンボール箱から腰を上げ、玄関に向かった。男子生徒の悪戯という線も考えられなくはないが、それだったら思いっきり殴られればいい。今更どうってことないからな。
玄関の扉を開け、4月のややひんやりとした空気に包まれる。右隣の部屋の扉には、確かに「205」と記されたプレートが見える。ここで間違いないと思うが、違ってたら恥ずかしいな。
少し躊躇いがちに、僕は205号室のドアチャイムを鳴らした。
ピーンポーン……
待つこと二十秒。部屋の主は姿を現さない。
……あれ?まさか、本当に部屋を間違えた?いや、でもここ以外にサンラフォーレ如月なんて……
と少し心配になりかけたところで、目の前の扉がそぉっと20cmほど開かれる。その隙間から、こちらを覗く瞳。
その瞳は、先程の三年一組で見覚えのある、黒髪ロングの少女のものだった。僕の鞄を漁っていた、女子生徒。ということは、おそらくこの女子が、今井 満月なのだろう。
「あっぁ……す、すいません。聞き間違いかなぁ……と、思って」
今井は挙動不信な様子で、扉をちゃんと開ける。
「こんな、早く来てくれるなんて……あっ、違いますよぉ!嫌味じゃないですっ!」
つっかえつっかえで、しかもゆったりな喋り方。
どうやら、今井も人と話す事を苦手とするらしい。……いや、これは僕以上では?
「あの、怪我、してるから……そのぉ、は、入って下さい!」
今井は体を玄関の入り口から逸らし、「どうぞ奥へ」と僕を促す。
いや、なんで?
怪我していると、何故その奥へ誘われなきゃいけないんだ。一体何するつもりだ、この人。
「どっ……どう、しましたぁ?」
「なんで?」
「えっ……?」
だめだ、言葉が足りなかった。
「なんで、中に入らないといけないんだ」
「それは、カリス君の……顔に痣、とかぁ、そのぉ……」
……あぁ、そういうこと。僕が顔中痣だらけだから、手当てしてくれるのか。
「いっ、いいからぁ……ね?」
僕は黙って頷くと、お言葉に甘えて205号室にお邪魔した。
部屋の構造自体は、全く206号室と変わりがない。が、雰囲気が全く違った。
まず、とても良い香りがする。香水の様なキツイ匂いではなく、女の子らしい甘いイメージの香り。
そして、廊下がとても綺麗。ホコリ一つ落ちていないし、キッチンのシンクもピカピカ。
そういえば、今まで女子の家にお呼ばれされたことないな、僕。悲しい男だな、お前は。
廊下を進み、奥のスライド式の扉を開ける。
あぁ、これが女子の部屋と言うものか。なにもかも、それっぽいな。
これが部屋に足を踏み込んでからの第一印象。ピンクや水色、黄色。主に僕の目に映る色はこの三色。部屋の中には、ベット、ソファ、その上にクッションやぬいぐるみたくさん、TV、短足の丸机。
と、そこで丸机の上に大量の化粧品を発見する。
今井はそれを訝しげに見る僕に気づいて、
「ち、ちがうよぉ!おた、あたしのじゃなくてぇ、おねぇちゃんの……この部屋も、だから」
なるほど。この女の子な部屋はこの女子生徒の姉の趣味なのか。この化粧品の数を見ると、なんか化粧濃そうだな。……いや、この数でも普通なのだろうか。どうでもいいが。
僕はその化粧品がたくさん置いてある丸机の横にあぐらをかいて座り、今井は僕の真正面に正座して、隣に救急箱らしき取っ手の付いた白い箱を置いた。
「あぅ……わっ、言い忘れてましたぁ……あたしが、今井 満月ですぅ」
いや、分かってるから。というか、セーラー服着てる時点で分かるだろ。
それと、その名前まんげつじゃなくてみづきって呼ぶのか。
「さ、さっきの、教室の、あれはぁ……あたしじゃなくてぇ……あ、あたしですけど……うぅ~」
と、そこで今井がさっき教室であったことについて話そうとしていることに気づいた。
それについては、僕も今井に聞きたい事があったんだ。
「今井……さん。いとつ、聞いても良い?」
「え?あっぁ……どーぞぉ」
先程、英語の練習用ノートの落書きを見た際に、感じた違和感。
これは、あくまで予想だが。
「もしかして……えっと、僕の教科書とかノートの落書き……今井さんが、消してくれたのか?」
ちょっと長くなっちゃったかな?