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綿あめ

作者: 雪猫
掲載日:2026/10/12

屋台で、綿あめが売っていた。

買うべきか買わざるべきか。それが問題だ。


社会人一年目。慣れない仕事と人間関係に疲れ、

ふらっと太鼓の音に誘われて神社へ。屋台が並んでいた。


もうそんな時期か。


浴衣を着たカップルや家族連れ、学生達が眩しい。

子ども達の笑い声に癒やされ、少し疲れが取れた。

コンビニで済まそうと思っていたが、

いいや。祭りだ。


焼き鳥


焼きそば


ビール


揚げ芋


料金は高いが雰囲気税ということで、いつもの倹約を止め

豪勢に(当社比)買い食いする。



そして


綿あめを見つけた。



様々な色のキャラクターがプリントされた、

膨らんだ綿あめの袋。昔ながらの懐かしい光景だ。

俺は、綿あめの柔らかい雲のような独特の食感と

優しい甘さを思い出した。


数年ぶりに買おうかと踏み出して

足が止まる。


大人一人で買っている者はいない。


俺は急に恥ずかしくなった。


いい年した男一人が? 綿あめを? 無理だ。


帰ろうとした俺の目に

次々と子ども達の手にある

割り箸の先についたふわふわが飛び込んでくる。

子どもが顔をべたべたさせながら

美味そうに綿あめを食べている。


そうだ。誰が見る?売ってるんだから。大人が買ったって良いんだ。


俺は、綿あめ屋の前を数往復した。


子どもが買うか、子どものために大人が買うか、

時々カップルが買うか、そのどれかだ。

やはり男一人で買っている者はいない。


子どもが家で待っているフリをするか?

いや。祭りに連れて来いよ。

彼女がいるフリをして二つ買うか?

リスクが二倍になるだけか。


そもそも、なぜ大人用の綿あめがないんだ?

大人用も作ればいいじゃないか。


芥川龍之介の顔をプリントして

「蜘蛛の糸」とか、

太宰治の顔をプリントして

「人間失格」とか。



道の反対側で

幾つもの綿あめの袋がゆっくりと風に揺れている。

夢の中の光景のように。



俺は天を仰いだ。



その時、


大きな太鼓の音が、俺の中で轟いた。



そうだ。恥ずかしければ、隠せば良い。



お面だ。



幸い、お面で顔を覆っている子どもや学生達も

ちらほら見かけた。

お面を買うのも恥ずかしいが、綿あめよりマシだ。


俺は悩んだ末、由緒正しきバッタのヒーローの

系譜のお面を被った。


セーフだろう。これは。

少し人に見られている気がするが、たぶん気のせいだ。



俺は緊張しながら

綿あめ屋に向かった。


とにかく急いでいたので、何も見ずに

近くの綿あめの袋を指さした。

家族連れが後ろに並んだ。子ども達が数人騒いでる。


俺にピンク色の女児向けアニメの

伝説の女戦士達がプリントされた綿あめ袋が渡された。


いつの間にか横にいた子ども達が

目を見開きながら俺と綿あめを凝視した。

一人の子が親に、ひそひそ耳打ちしている。

別の子は俺のすぐ下からお面の中を覗こうとしてくる。


俺は大急ぎで料金を払い、綿あめを手に

人混みを縫うように走り、その場から逃げた。


離れた後、カバンの中からマイバックを取り出し

綿あめを中に入れ、お面をカバンに入れる。

これで誰にも気付かれない。

良かった。


ほっとして、くぐり抜けてきた鳥居を振り返る。


そこに、先程、

俺のお面の中を覗こうとしていた子どもが立っていた。



俺達は無言で見つめ合った。


そして、俺はカバンからお面を取り出し、

賄賂のように渡した。


子どもは、驚きの表情と笑顔を見せ

お面を手に、立ち去った。

俺は、その後姿を見送った。



危ない所だった。

何だか分からないが、とにかく危ない所だった。


俺は安堵の吐息を漏らし、祭りを背にして帰路に着いた。



綿あめは、懐かしい昔通りの味だった。

一人暮らしの部屋で、太鼓の音が遠くに聞こえていた。









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