魔族に命乞いされた勇者ですが、絶対「バカめ!」って攻撃してくるので、油断しないようにします
黒髪の精悍な若者である勇者ライルは、ある町を支配していた魔族ザンソンを追い詰めていた。
ザンソンは赤い眼と青い皮膚を持ち、人間以上の身体能力を持っていたが、ライルの敵ではなかった。
ライルは冷徹に剣の切っ先を突きつける。
「ここまでだ!」
「うぐ……!」
「さあ、トドメを刺してやる!」
すると、ザンソンは――
「ま、待ってくれ! 命だけは……!」
「!」
「お許しを! お許しをぉ~!」
情けなく命乞いを始めてしまった。
ライルは考える。
(こいつはこの町でやりたい放題していたが、殺すほどの悪事をしたわけじゃない。それに、こういう奴の行動パターンは決まっている。どうせ、俺が許したとたん……)
『バカめ!』
(……って攻撃してくるに違いない。よし、決めた。いったん許そう。で、攻撃してきたら、返り討ちにしてトドメを刺してやる。その方がこっちの後味もいいしな)
ライルは剣を納める。
「いいだろう。許してやる……」
「あ、ありがとう!」
しかし、ライルは油断していない。
(さぁ、来い。攻撃してこい! その時こそお前の最期だ!)
ザンソンは動かない。
(何をしている!? そうか、俺に隙がないから、攻撃できないんだな? だったらわざと後ろを向いてやる!)
ライルはザンソンに背を向ける。
(もっとも俺は背後の敵でも感知できるし、相手を振り向きざまに瞬殺できる“急旋斬”も会得してる! さあ、いつでも来い! 一撃で仕留めてやる! さあ、さあ、さあ!)
ところが、ザンソンは攻撃をしてこない。
(なんだと……!? こいつ、なんて警戒心が強い奴だ!)
冷や汗をかくライルに、ザンソンはこう言ってきた。
「なあ、勇者さん。オレはあんたの強さに惚れた! よかったら仲間にしてくれないか!?」
まさかの提案に、ライルは困惑する。
(仲間だと……!? そうか、こいつここでは奇襲を諦め、仲間になってから俺を仕留めようってんだな! 断ってもいいけど、その場合、またどこかの町で悪さする恐れもあるな……)
ライルは決心する。
「いいだろう。仲間にしてやる」
「あ、ありがとう……!」
(お前の魂胆は分かっているぞ……。仲間に加わったと見せかけて、隙を見て『バカめ!』って攻撃してくるつもりだろ。そうしたら、一瞬で返り討ちにしてやる!)
ライルはザンソンをパートナーとし、旅を続けることにした。
ただし、心の中では決して油断しないまま……。
***
ある日、ライルとザンソンは街道で夜を迎えることになった。
「今日はここで野宿しよう。テントを張るぞ」
「分かった」
ライルは思う。
(宿での宿泊と違って、野宿は襲いやすい。こいつはここで寝込みを襲ってくるに違いない。今夜が勝負だな……)
ライルは胸に剣を抱えたまま布団に入った。
(さぁ、来い! かかって来い! その時こそがお前の最期だ!)
しかし、ザンソンからの襲撃はないまま、朝になってしまった。
ザンソンはにこやかに話しかけてくる。
「おはよう。よく眠れたか?」
「……いや、あんまり」
「大丈夫か? ちゃんと睡眠は取った方がいいぞ」
誰のせいだ、と喉まで出かかったが、さすがに口にはしないライルであった。
***
ある夜、ザンソンがこんな提案をする。
「今日はオレが料理するよ」
「お、いいのか?」
「ああ、魔族の料理だから、人間の口に合うか分からんが……努力はするつもりだ」
「じゃあ頼むわ」
ライルはニヤリとする。
(俺を毒殺するつもりだな……。俺は毒をチェックする道具を持ってる。もし毒を盛っていやがったら、それを証拠として叩き斬ってやる!)
しかし、毒は入っていなかった。
ザンソンが感想を尋ねる。
「美味かったか?」
「ああ、美味かったよ! ごちそうさまでした!」
言葉とは裏腹に、なぜか不機嫌なライルだった。
***
冒険は佳境に入り、ついにライルは魔王に挑む。
横にいるザンソンをちらりと見る。
(とうとう二人でここまで来ちまった……だが、さすがにそろそろ裏切るだろ。この場面で裏切られると正直キツイが、返り討ちにしてやる!)
ところが、ザンソンは真面目に魔王と戦う。
ライルに比べると実力は低いが、的確なサポートで戦いを組み立てる。
「ダークトルネードォ!!!」
「む……! お、おのれ……!」
魔力で竜巻を起こす得意技で、魔王の動きを一瞬封じる。
「ライル、今だ!」
「……ああ!」
ライルは高く跳び上がり、魔王の脳天に剣を突き刺した。
恐るべき強さを誇る魔王も、さすがにこの一撃を喰らっては、ひとたまりもなかった。
「ウギャアアアアッ……!」
断末魔の叫びを上げ、魔王の肉体が消滅する。
ザンソンが「やった!」と喜ぶが、ライルは油断していない。
(こいつ、さては魔王の後釜になるつもりで、俺に協力してたんじゃあるまいな……。だとすると、なんて計算高い奴だ……!)
そう思っていると、ザンソンは意外なことを言った。
「オレはこの旅で人間たちの素晴らしさを学んだ……。だから、できれば人間たちと暮らしたい。いいかな……?」
ライルはきょとんとしつつ、こう答えるしかなかった。
「……お好きにどうぞ」
***
魔王を倒したライルは凱旋し、一躍英雄となった。
「勇者ライル万歳!」
「あんたはヒーローだ!」
「ライル様、素敵ーッ!」
やがて、ライルは名家の令嬢と結婚した。
魔王を滅ぼした勇者は、貴族の当主として、第二の人生を送ることになる。
一方、ザンソンは王都の片隅に居を構え、魔族由来の薬などを売って生計を立てた。
非常に効き目がよく、ザンソンの薬屋はたちまち評判になった。
この頃になると、ライルはザンソンを疑うことはほとんどなくなっていたが、それでも、
(いつか『バカめ!』と襲い掛かってくるかもしれない……)
という思いだけは心の隅に置いておいた。
***
数十年の時が過ぎた……。
老いたライルはベッドに横たわっていた。
かつてのように剣を振るうことはおろか、体を動かすこともかなわず、今や動かせるのは口のみ。
大勢の家族に囲まれつつ、ライルはこう告げた。
「みんな……ザンソンをここへ連れてきて欲しい。そして……二人きりにして欲しい……」
家族らは言う通りにした。
邸宅にザンソンが呼ばれる。
ライルに比べ、魔族であるザンソンはまだ若々しさを保っていた。魔族の寿命は人間の10倍とも言われるので当然といえよう。
「……ライル」
「ザンソン、か……。私はまもなく死ぬだろう……だから、最期に言っておきたいことがあってな……」
「なにを言う! お前はまだまだ……!」
「いや……聞いて欲しい」
ザンソンは押し黙り、ライルは絞り出すように言う。
「ザンソン、私はお前をずっと疑っていた……」
「……」
「命乞いをし、仲間になった時からずっと……。いつか、私や人間に『バカめ!』と攻撃してくるのではないかと……。なのに、お前は……そんな素振りは見せなかった……。お前を信じ切れず、すまなかった……」
ザンソンは笑みを浮かべ、返す。
「気にするな……ライル」
そのままゆっくりと告白する。
「オレも……最初はそのつもりだった。あの頃はまだまだ人間を見下していたし、とにかく助かりたい一心で命乞いをした……。ライル、お前にもいつか復讐してやろうとその首を狙っていた……」
ザンソンは天井を見る。
「だが、やはり実力差は大きいからズルズル先延ばしにしてしまい……。しかも、どんどん腕を上げるお前を見て『ああ、これはライルについた方が賢明だ』ってことで、とうとう一緒に魔王様まで倒しちまったよ」
ライルも口角を上げる。
「そうだったか……ふ、ハハハ……」
「アハハハ……」
笑い合う二人。
「私……いや、俺もお前も……お互いにバカだな……」
「ああ、バカだった……」
「最後に、打ち明けられて、よかった……。ザンソン、幸せに、な……」
「ライル……」
ライルの言葉はそれが最後となった。友の幸せを願いつつ旅立った。
ザンソンは肩を落とし、つぶやく。
「最後の時間を、オレなんかのために使いやがって……。バカめ……」
***
勇者ライルの名は、彼の死によって永遠のものとなり、今なお語り継がれている。
そんなライルの相棒だったザンソンはというと、今も王国の片隅で薬屋を続けており、一年に一回、友の墓参りを欠かさない。
毎年春頃になると、彼は墓標の前に花束を置き、笑いかける。
「いつか、そっちに行ったら……その時こそ『バカめ!』って攻撃してやるからな。覚悟しておけよ」
おわり
お読み下さいましてありがとうございました。




